2018.07.13 Friday 17:11
4月末から始めた点滴の抗がん剤ですが、結局のところ効果はなく、癌の肝転移がさらに悪化したので、2サイクルで終了となりました。
高熱出して入院までしたのに……髪だって、一旦脱毛しちゃったら、「ベリーショート」くらいに回復するのに一年はかかるのに……。
まあでも、現在の癌の治療では、こういうこともあるってことで、仕方ないです。

薬は変わって、今は経口抗がん剤を服用しています。
さっそく下痢だの吐き気だのの症状に悩まされましたが、通院回数が減って、長時間の点滴から解放されたのはよかったかも。
でもって今度こそ、薬の効果がありますように。
効果のない薬の副作用に耐えるのって、なかなかにキツイものがありますですよ。

歯については、以前治療したところを再び治療し直すことになりました。
その治療に2、3ヶ月はかかるみたいで、「途中でやめるのは一番良くない」と言われていて。
なんとか3ヶ月後まで、歯科に通えるくらい元気に過ごしたいものです。


さて今回は、ちょっとブレークタイム。歯で思い出した話を。

前々から、歯磨きのときに使う、うがい用コップが欲しいと思ってたんですよ。
今使っているのは、かれこれ17、8年前から使っていて、そろそろ買い換えようかと思ったんですよ。
そんで、ドラッグストアとかスーパーへ行くたびに探していたのですが——どこにも売ってない。

大きめのスーパーの歯磨き用品コーナーにも、大きめのドラッグストアの歯磨き用品コーナーにも置いてない。店員さんに聞いても「ありません」と言われる。

えー、皆、歯磨きした後、口をすすぐよね?
まさか陶器のカップでうがいしてるわけじゃないよね?
とまあ、不思議で仕方なかったんですが。

あるとき、ふと家族が言ったんです。
「ダ◯ソーで売ってるんじゃない?」

さっそく近所の百円ショップで探してみたら——
ありましたよ。
色とりどり、様々な模様入りのうがい用コップがずらりと。
こんなところにあったのか! これは盲点でした。

正確に言えば、病院内の売店で、うがい用コップを見かけたんです。でも、白一色で何の模様もそっけもないコップで。もうちょっと可愛いのが欲しいなーと思っていて。

百円ショップには、様々な色や形のうがい用コップが並んでました。この品揃えは、おそらく百円ショップでしかあり得ないのでしょう。

しかし、このモノが溢れるようにある今の時代に、「百円ショップでしか手に入らないもの」が存在するとは……。
宇宙人もビックリですね。

無事、新しいうがい用コップを手に入れることができたのですが——実はまだ、それは仕舞ってあります。
だって今使ってるコップ、まだ使えるし。
プラスチック製のコップなんて、そうそう壊れるものではないから、使おうと思えば永遠に使えそうだし。

こうやって家にモノが増えていくんですね。
私は、ミニマリストにはなれそうにないです。






| ●月ノヒカリ● | 日記・雑感 | comments(6) | trackbacks(0) |
2018.06.23 Saturday 20:35
前回の更新から、また間があいてしまいました。
抗がん剤治療、なかなかにハードです。
まだ親知らずの件が解決していないというのに……というか、抗がん剤&骨転移の治療中に歯の治療をするのは難しいらしくて、どうしかものかと思案中です。

毎週のように病院通いが続くのはまあ仕方ないとして。
先日なんか、8時半〜17時過ぎまでずっと病院にいたという——昼食も抜きで。
血液検査→診察→抗がん剤治療→歯科受診で、丸一日かかったんです。最後の方はもう、意識が朦朧としていたような。
でも、入院するよりは、通院の方がまだマシかなあ。

前回のエントリにも書いたんだけど、退院したあと、かかりつけの精神科を受診したんですね。
で、精神科の主治医に、「こういう抗がん剤治療をやっていて、薬が効いている限り治療はエンドレス。でも、薬が効くかどうかはわからない」という話をしたら、すごくビックリされて。
そして、
「退院してすぐ抗がん剤の予定を入れられたけど、お願いして一週間延ばしてもらった」
と話したら、その精神科の主治医は、
「最近の医者って、そんなに患者の全身の状態を見てくれないの!?」
と呆れたように言ったのでした。

その言葉を聞いて、ちょっとドキッとしたというか、実は私自身も似たようなことを思っていたので、「う〜ん、精神科医から見ても、外科医の判断って、そんなふうに見えるんだな」と。

今の私は、ほぼ「治療のために生きている」ような状態で、ずっと微熱が続いていて、「自分の楽しみのために外出する」ことは本当にできなくなっていて。
でも、家で本を読んだり、好きな音楽を聴いたり、家事や身の回りのことはそこそこできるし、お風呂にも入れるから、入院するよりはマシだと思うけれども。

正直に言えば、「ちょっと抗がん剤治療を休みたい」という気持ちでいっぱいです。
でも、外科の主治医は、「余程のことがなければ抗がん剤は続行する」という立場で、なんだか怖くなりました。
もうね、「抗がん剤で殺されるんじゃないの?」という感じで。

もちろん、癌が転移した肝臓の状態がよくないから、外科の主治医としては抗がん剤治療を強く勧めるのだろう、というのは理解しているつもりなんだけれども。
そして、外科医は「画像診断や血液検査の数値を見て判断している」のだけど、精神科医はそうではなく、患者との会話の中で判断している。そこに差が出てくるのかな、とも思う。

私個人としては、当然「全身の健康状態ができるだけ良い状態で過ごしたい」わけで。
癌の進行は抑えられても、「寝たきりで食事もままならない状態」になるなら、抗がん剤治療の意味って何なの?などと考えてしまいます。

これで、抗がん剤が効いているならまだ良いんだけど、腫瘍マーカーは迷走中で、効果もよくわからない。

今後、遺伝子レベルの分析が進めば、「効く抗がん剤と効かない抗がん剤が、あらかじめわかるようになる」はずで——今の私のように、「抗がん剤が効くか効かないかは、実際に試してみないとわからない」なんてことは、将来的には無くなるのでしょうけど。
そういう時代が早く来てほしいですね。

悩みは尽きないですけど、今回はこの辺で。






| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(3) | trackbacks(0) |
2018.05.31 Thursday 11:35
入院してました。といっても、一週間ほどで済んだのですが。
その間、ものすごい不安に襲われたり、今後のことを改めて考えたり、そういった諸々のことをブログに書いておきたいのは山々なのですが……それをするだけの時間と体力が追いつかない状況なので、少しずつ書いていきます。

前回のエントリに書いた通り、4月末から抗がん剤治療を始めたんです。
とりあえず1サイクルは無事に終え、「今週は休薬だ〜」と喜んだのもつかの間。
38度を超える高熱が出て、前もって処方してもらっておいた抗生剤を飲んでも熱は下がらず、病院に電話したら「今から受診して」と言われ、受診。そして血液検査の結果、感染症の数値が高く、そのまま入院することになりました。

これまでの入院は、「手術のための入院」で、前もってちゃんと準備をした上での入院だったのですが……今回は「受診して、そのまま入院」という流れだったので、入院グッズの準備もなく、それはそれで大変でした。

で、高熱の原因は——生えかけの親知らずでした。
片頬がパンパンに腫れて、喉も痛くなり、ほとんど物が食べられず……最初は、「もしかしておたふく風邪じゃないの?」と疑ったのですが。

いや、私はこれまで、虫歯になったことはあるけど、歯が原因で「頬が腫れて高熱が出る」レベルの痛みを味わったことはなかったんです。
親知らずは過去に、斜めに生えていた3本は抜いたのですが、1本だけ残ってたんですね。それでもこれまで大きなトラブルはなかったので、あまり気にしてはいなかったんです。

でも、よりによって抗がん剤治療中に、生まれて初めて親知らずのトラブルを経験することになろうとは……いや、抗がん剤で抵抗力が落ちているからこそのトラブルなんだろうけど。

本来なら、治療を始める前に、親知らずは抜歯しておくべきだったんだろうなあ。
ランマーク(骨転移の治療薬)の治療開始前に、「虫歯は治しておくように」と言われたので、かかりつけの歯科に行って「ランマーク」治療提示カードを見せた上でチェックしてもらったんだけど……親知らずのことは、何も言われなかったんですよね。親知らずのリスクについて、本当なら治療前に知っておきたかったです。

骨転移の治療&抗がん剤治療中の今、抜歯するとなると、ものすごいリスクがあるらしいので、怖くてできないですよね……。

入院中、抗生剤の点滴を受けながら、「熱はちゃんと下がるのかなあ。もうこんな思いするのは嫌だ〜。もう抗がん剤やめる! そこまでして長生きしたいわけじゃないよ」などと眠れない夜の病室のベッドで考えていたのですが。

乳腺外科の主治医には当然のごとく抗がん剤治療を勧められ、口腔外科の歯科医師には「歯のことが理由で化学療法をやめるというのはあり得ない」と言われ……。

熱も下がって一週間で退院できたので、再び抗がん剤治療を始めることになりました。
主治医は、退院の翌日に、はや次の抗がん剤のスケジュールを入れていたのですが……入院生活で疲れ果てて、まだ頰の違和感も消えていないので、お願いして一週間延ばしてもらいました。

入院生活をしてしみじみ感じたのは、「病院にいると病人になる」ということです。
点滴は朝夕の2時間だけだったけど、点滴の針は腕に刺したままであまり動かせず、日課だったストレッチやヨガのポーズができない。これはかなりのストレスでした。

一方で、食事はすごく助かりました。喉も頰も痛くて、おかゆとジュースくらいしか摂取できなかったんだけど……さすが病院の食事は違う。おそらく高齢者用の、細かく刻んだり、ペースト状にされた、噛まなくても食べられる食事があって、味も悪くない。
とにかく細かく刻んであるので、元の料理がなんなのか、見ただけではわからないものも多かったけど、「この黒っぽいもの、なんだろう?」と口に入れてみて、「あ、ひじきだ〜」と味でわかるのも、なかなか面白かったです。

看護師さんは皆とても親切だったし、決して居心地が悪いというわけではなかったんだけど……やっぱり病院は病院なんだよなあ。あまり眠れなかったし。空気が乾燥していたせいか、肌はガサガサになったし。テレビはあるけど、普段テレビを見る習慣のない私には退屈で、ベッドの周辺でウロウロしてるしかなかったし。病院で過ごすって、やっぱり結構なストレスです。

家にいて、読みたい本が手の届く場所に置いてあって、好きな音楽が聴けて、お風呂に入れて、ヨガもできて、家の近くを散歩したり、買い物にも行ける。
これができるとできないとじゃ、生活の質はずいぶん異なるんだよなあ。少なくとも私の場合は。

う〜ん、書き始めると長くなるな。
退院後、かかりつけの精神科クリニックに行って、精神科の主治医に一部始終を話したら、すごく驚かれて、その先生が口にしたひと言が、ずっと引っかかってるんだけど……この話はまたにします。






| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(3) | trackbacks(0) |
2018.04.16 Monday 23:43
またもや腫瘍マーカーは上昇し、肝臓への転移も悪化し続けているので、新たな抗がん剤治療を始めることになりそうです。
初発の時の抗がん剤治療がめちゃくちゃつらかった記憶があるので、再発しても抗がん剤はもう嫌だ〜二度とやりたくないよ〜と、ずっと思ってたんですけどね。

でも今、肝臓への転移が大きくなっていて、いつ何が起こってもおかしくない状態らしいので。
迷った末に、また薬剤師さんに相談したら、候補に挙がった数種類の抗がん剤の一つを「すごーく奏功した事例を見てきた」からと勧められて、「とりあえずやってみたら?」ということになりました。

自分では、あんまり納得していないんですけどね。
というのも、実は乳がんになって以降、「癌の症状でからだがつらい」ということはほとんどなくて、だいたい「治療のせいでつらい」ことの方が圧倒的に多かったから。
唯一の例外は、骨転移の治療で。注射のおかげで、骨の痛みも軽くなったし、ちょっとした運動なら問題なくできるくらいの効果はありました。

でもそれ以外は、肝臓への転移についても、自覚症状はほぼないんです。
しんどいのは薬の副作用で、好中球が減少したせいか、しょっちゅう熱を出したり、体がだるかったり、皮膚への影響や脱毛もあり。

癌の遠隔転移がわかってから、いろいろ調べて、初めて知ったことがたくさんあります。
例えば、「無増悪(むぞうあく)生存期間」と「全生存期間」の違いとか(こちらのサイトに解説がありました)。
そして、これから使う予定の抗がん剤は、「無増悪生存期間は延長するが、全生存期間は延びない」という治療が多いらしい。
正直に言うと、「無増悪生存期間は延長する(可能性がある)けど、全生存期間は延びない」治療をするメリットが、私にはよくわかりません。

治療のおかげで、寿命は延びなくても、QOLを保てるとか、「元気に過ごせる時間が長くなる」というのなら、メリットはあると思っていたんですが……先に書いたように、私の場合は、これまでのところ、「癌そのものの症状」よりも「薬の副作用」の方が、ずっと苦しかったわけだから(骨転移治療の注射は除いて)。

こんな苦しい思いをしてまで、治療する意味ってなんなんだろう?
むしろ抗がん剤治療しない方が、元気に過ごせるんじゃないの?
ということは、考えてしまいますね。


その他にも、癌の治療をしてきて「意外と知らなかったあれこれ」について、メモ程度に書いておきます。


●「高いから」良い薬、「新しいから」良い薬、というわけではない

これは、考えてみれば当たり前のことではあるんだけど、なんとなく、すっごく高価な薬に対しては、すっごい効き目を期待してしまうのが人情といいますか。
概して「新しい薬」は高い。でも、それが効くかどうかは個人差がある。
言われてみればごく当たり前のことなんだけど、心情的には、「新薬」というと勝手な期待感を抱いてしまいますね。
実際に自分で使ってみたら、あの値段ほどの価値あるのかなあ? と思ってしまいましたが(あくまでも個人の感想です。効果も副作用も、人によって異なるはずなので)。


●腫瘍マーカーの値が「100」の人と「10,000」の人を比較して、「10,000」の人の方が症状が重い、というわけではない

これも初めて知ったとき、「え?そうだったの?」と意外でした。
腫瘍マーカーというのは、人と人とを比較するものじゃなく、一人の人の中での変化を見ていくものだということ。これは教えてもらわなければ誤解したままでした。
ついでに言うと、腫瘍マーカーが上昇し続けていても、画像診断上は病状変化なし、という例もあるのだそう。私の場合は、これまでのところ、腫瘍マーカーの上昇と画像診断の結果は連動していましたが。


こういう、「医師にとっては常識だけど、患者にとっては知ってびっくり」な話、探せばもっとありそうです。

これは患者仲間から聞いた話だけど、「化学療法中は、〈古典的な意味で〉栄養のあるものを食べた方が良い」という説もそうです。
つまり、「玄米菜食」的なヘルシーな食事は、元気なときなら問題ない。でも、抗がん剤で正常細胞も痛めつけているときは、ちゃんと動物性たんぱく質を摂取した方が回復が早い——という話は、薬剤師さんからも聞いて、信頼性はあると思います。

こういう豆知識、本やネットの情報を見ているだけでは、なかなか伝わってこないんですよね。

その他、また気づいたことがあれば、書いておこうと思います。






| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(2) | trackbacks(0) |
2018.04.04 Wednesday 00:16
「人生の残り時間を考えたら、つまんない本を読んでいる場合じゃない」
こういうけち臭い考え方、以前は好きじゃなかった。
「玉石混交」というのは大事だと思っていて、つまらない本から学べることだっていくらでもある。だから、いろんなジャンルのいろんな本に手を出してきた。

でも、再発癌の治療のために、読書に費やせる時間や体力が減りつつある今は、読む本を厳選せざるを得ない。体が弱っているときは、本を読むこと、PCで文章を書くこと、普段何気なくできていたことも、実はものすごく体力を必要とする営為だったんだ、とつくづく実感する。

続きを楽しみにしている漫画は当然読むんだけど、それ以外に、何を読むべきか。
「これはぜひ読んでおきたい」と思ったのが、石牟礼道子の『苦海浄土』だった。人類初の産業公害である、水俣病の患者に寄り添いつつ描かれた文学作品。

昨年5月のエントリにちらっと書いたけど、あの当時読んだ文庫版には第一部しか収録されていなくて、実は第二部・第三部もあると、読み終わってから気づいた。
というわけで、第二部「神々の村」・第三部「天の魚」も収録された池澤夏樹編集の世界文学全集版『苦海浄土』を購入し、ちびちびと読み進めて、先日やっと読み終わったのだった。

池澤夏樹が編集した全30巻の世界文学全集で、日本語作品として唯一選ばれたのが、石牟礼道子の『苦海浄土』だということ、私も小耳に挟んではいた。だから、『苦海浄土』は、「日本人なら、教養として読んでおきたい書物」と言えないこともない。
でも、今の私は、「教養としての読書」はもういいかな、と思ってて。
幾つになっても、教養を深めるのはいいことだ。ただ、今の私には、教養よりも他に求めるべきものがあるんじゃないかと、くどいようですが人生の残り時間を考えると、思ってしまうのである。


社会学者の鶴見和子さんは、脳出血で倒れた後、こんな短歌を作られたそうだ。

片身(かたみ)麻痺の我とはなりて水俣の痛苦をわずか身に引き受くる /鶴見和子

ご自身が半身麻痺になったとき、「水俣病の患者の痛苦」に思いを馳せた鶴見さんに倣って、というわけでもないのだけど、私もまた『苦界浄土』を、今の自分と重ねつつ読んでいた。
もちろん、当初は原因もわからない奇病と言われ、公害と認められるまでに辛酸を舐めつくさなければならなかった水俣病の患者の痛苦を、『苦界浄土』を読んだだけで勝手に共感するのは、あつかましすぎるというものだろう。

ただ、私自身も精神疾患を含む重い病気をいくつか体験してきて、今現在も治癒しないと言われている再発癌の治療中で、しかも病人に対する無理解や蔑視や偏見をまざまざと肌で感じてきて——そういうことがあった今だからこそ、『苦界浄土』に描き出された水俣病の患者の苦しみが、少しだけリアルに感じられる。病気そのものの苦痛のみならず、患者が受けた有形無形の差別や無理解を、かつてよりもリアルに受け取ることができる。そういう面は確かにあるのだ。

痛みを分かち合うための読書。
気分転換の読書、愉しむための読書とは別に、そういう読書も、人生の残り時間でできたらいい。


『苦海浄土』第一部の白眉とされる「ゆき女きき書」は、実際には「聞き書き」ではなく、患者の心の中の言葉、声なき声を聞き取った石牟礼道子が、文字に写したものだった。そうであっても、この「語り」の価値は損なわれない。報道や学術用語では表し得ない「なまなましさ」が宿っている。

そして「天の魚」の章、不知火海の描写が美しい。海で獲った魚を、舟の上で食べるのがいちばん旨いという漁師。その美しい海や魚が、チッソ水俣工場からの水銀混じりの廃液で汚染されているとは、漁師たちは思いもよらなかったのだろう。
この美しい描写があればこそ、公害で「何が失われたのか」が、ありありと迫ってくる。失われたのは、患者の命や健康だけではない。彼らの生業が、豊かな幸をもたらす海が、失われたのだ。


第二部以降には、水俣市民による、水俣病患者に対する有形無形の差別や蔑視も、容赦なく記されている。
「……あの病気にかかったもんは、腐った魚ばっかり食べる漁師の、もともと、当たり前になか人間ばっかりちゅうよ。好きで食うたとじゃろうもん。自業自得じゃが。会社ば逆うらみして、きいたこともなか銭ば吹きかけたげなばい。市民の迷惑も考えず、性根の悪か人間よ。あやつどんは、こう、普通の人間じゃなかよ。……」
 (『苦海浄土』世界文学全集版 p.250)

水俣病発生から二十年近くを経て、加害企業であるチッソを提訴した患者たちに対する、水俣市民の声を、石牟礼道子が記したものだ。
公害の加害企業であるチッソは、地域の経済発展に寄与した一大企業であった。その恩恵を受けている地域住民にとっては、公害の被害を訴える水俣病患者は、目障りな存在だったのだろう。

石牟礼道子は、水俣病の患者に寄り添い、加害企業であるチッソへの怒りも胸に抱きつつ、しかし声高に非難することはない。静かな筆致で、チッソや国の、無責任な体質を暴く。


水俣病患者とチッソ社長とのやり取りに出てきた、このような一言も、琴線に触れた。
……症状というのはね、被害のほんの一面にしか過ぎないんです。
  (同書 p.582)

この一言の意味は、例えば次のような、石牟礼道子による地の文に照応するだろう。
 チッソ資料による水俣病患者一覧表記載の「自宅でぶらぶら。歩行やや困難」とは、田上勝喜および、彼の発病によってひきおこされたこの一家の苦難について、失われた歳月について、ひとことも語り得ていない。ましてこの一片の記載が、患者や患家の生活資金と行政当局からみなされている「見舞金」改訂の資料となるならば、その酷薄さはまことに空恐ろしい。
  (同書 pp.378-379)

私自身も、癌や精神疾患その他の病気を長く患ってきたから、思うことがある。
例えば、医師の「カルテ」には、病気のごくごく一部分しか書かれていない、ということ。
患者には、カルテには表記されることがない「生活」があり、そこにはもっともっと大きな困難や不安や苦痛や、ときにささやかな喜びもあるということ。
石牟礼道子の筆は、後者の「カルテには記載されない、患者のリアルな生活」を活写する。


上野千鶴子著『〈おんな〉の思想』は、石牟礼道子に一章が割かれているのだが、そこでこんな分析がされている。
『苦海浄土——わが水俣病』は三種類の文体で描かれている。ひとつは著者の「わたくし」を主語とする地の文章。もうひとつは水俣の方言とおぼしいはなしことば。もうひとつは医師の診断書や役所の報告書。とりわけ後二者は互いに理解不可能な外国語であるかのように本文中に説明なく投げ出され、通常のドキュメンタリーのように事件を追っていくのはむずかしい。……
 (上野千鶴子『〈おんな〉の思想』単行本版 p.41)

……その三つの言語を理解できるからこそ、互いに異言語を語るゆえに通じ合えぬ者たちをつなぐ「通辞」を、彼女はみずからに任じた。
 (同書 p.56) 

利潤を追求する企業の論理、医学や行政の論理、そして患者の生きた言葉。まるで異なる母層から生じた複数の言葉のそれぞれの意味を、石牟礼道子はかろうじて理解できるが故に、彼女は「通訳」のような役割を果たすことになった。
だから読者は、患者の立場に寄り添って記された本書から、水俣病をめぐる全体を透かし見ることができる。

私もまた、当時の水俣市民であったなら、患者に対して無言の(あるいは小声での)非難を向けたかもしれない。
あるいはもし、自分が当時のチッソに勤務していたら、患者の訴えを矮小化し、会社の責任回避に加担したかもしれない。
そんなことを考える。
今現在も、こういった社会的不正は、日本の、いや世界のあちこちで行われているのだろう。

水俣病が公害病であり、チッソが加害企業であることを、私たちはすでに知っている。
だから、今の時代に『苦界浄土』を読むとき、読者は、患者の立場に身を寄せるだろう。公害企業であるチッソは、悪役のように見えるだろう。

では、現在進行形で起こっている、似たような出来事について、私たちは、同じようなものの見方ができるだろうか?
被害者を力づけ、加害者に対する告発を応援する、そのような行動が取れるだろうか?

加害者が居直り、嘘をついて誤魔化す。被害者が責められ、貶められ、被害を矮小化され、告発を妨害される。これが水俣病の現場で起こったことだ。
現在進行形の社会不正においても、同じようなことが起きていないか。
世論が「加害者の味方」であるケースすら存在する。そうであっても、私たちは真実を見抜き、きちんと被害者と向き合えるのだろうか。
水俣病の歴史から、私たちはちゃんと学んできたのだろうか。

残念ながら、とてもそうは思えない。今も似たような社会的な不正義が横行しているのみならず、被害者に対する差別や二次被害も繰り返されているように、私の目には映る。

今も形を変えて、世界のあちこちで起こっている社会的不正の原型のようなもの。
『苦海浄土』は、その生々しい記録だ。


蛇足ながら、『苦海浄土』の読書と並行して、日本中世史研究の泰斗である網野善彦の『無縁・公界・楽』を読んでいたのだけれども、そこで小さなシンクロニシティを感じた。
網野善彦が描こうとした中世の海民の姿が、『苦海浄土』の「天の魚」の章に出てくる漁師と重なったのだ。「海の上におればわがひとりの天下じゃもね。魚釣ってるときゃ、自分が殿様じゃもね」と語り、釣った魚を船の上で食べる。この、都市ではあり得ない贅沢が許される場所は、「苦海=苦界」ではなく「公界」であり、網野善彦が見いだそうとした、日本の底流に息づく「自由」だったのではないか。そんな妄想をしてしまった。


本書を通じて知ったことを、今後何かに活かせるだけの時間が自分に残されているかどうかは、わからない。それでも、死ぬ前に、知っておいてよかったと思う。水俣病の患者が受けた痛苦を、わずかにでも知ることができてよかった。そういう読書体験もあるのだ。









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