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私は自殺者が多い世の中が嫌です。
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2009.11.22 Sunday 21:29自殺についての記事にコメントをいただいたこと、ブログ主として感謝しています。
ただ、やっぱり自分の言葉は伝わっていないのかな、と感じたので、もう少し書き足します。
「自殺について」というカテゴリをつくってまで、自分が過去に何度も自殺を考えたことがあって、他人事ではないと思っているからです。
私は、「自殺」に無関心ではいられない。
そりゃ私だって、いちいち個々の報道に反応することはないです。
でも、自分と同じ三十代の人が、仕事もなく病気になって、誰にも助けを求められず死んでいったというニュースを聞いたら、平静で入られない。胸が痛くなります。
私は、自殺者がこんなに多い今の世の中は、ひどいと思う。
こんな世の中、私は嫌です。
こんなこと大声で叫ぶのは、子どもじみているかもしれない。
実際に、私は死んでいく人たちのために何もできない。
無力な自分が悔しいです。
「自殺志願者に、同志として告ぐ」の記事は、誰にも助けを求めることなく、死んでいった人たちに、言いたかったことだ。
あるいは、助けを求めても得られなかった人に。(過去の自分自身も含めて。)
そして今現在、苦しんでいる人に。
過去に、どうしようもないところまで追いつめられてしまったことがある人に。
もしかしたら将来、そうなるかもしれないとおびえている人に。
自殺する人って、どうしようもないところまで追いつめられていたんだと思う。きっと頑張った人だと思う。頑張って、頑張って、それでも駄目だったから、絶望したんだと思う。
人が死んでいっているのに、見て見ぬ振りをする世の中、私は嫌いです。
「自己責任」とか、「しょうがない」とか、そういうふうに冷めた考えをする人が、大半だと思う。
実際に、私も自分の責任だと思ってました。
だから、自分で何とかしたいと頑張ってきた。
で、もうこれ以上は無理です。
だからこそ今、私はあえて言います。
自殺者が多いのは、「社会」が悪い!
「自殺」なんていう問題に「関わり合いになりたくない」という気持ち、わからなくもない。
でも私は、やっぱり嫌だ。
何よりもまず、見て見ぬ振りをする自分が嫌だ。
何もできない無力な自分が嫌だ。
もう少しだけ、皆が真剣に考えれば、少しは何かが変わるんじゃないかって、希望を持ちたいんだよね。
だから、「ありふれた親切をちょっぴり多めに」とか、書いてみたりしたんだよね。
困っている人に、自分にとって無理のない範囲で、ちょこっとだけ手を貸すことができれば、それだけでこの世界は少し明るくなると思うんだ。
自分が本当に弱い人間だから、ダメな人間だから、欠陥だらけの人間だから、だから私は、弱い人を責める気持ちにはなれません。
ひとまずこれで。
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ふたたび「障碍」について
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2009.11.20 Friday 18:21もう2ヶ月近く前のことだが、「障害者? 障がい者? 障碍者?」という記事を書いて、以後私は「障害」ではなく「障碍」という表記をします、と宣言した。
なぜか、そう宣言した途端、新聞その他のメディアに出てくる「障害」「障害者」という表記が、やたら気になるようになった。不思議なものだ。
私は、いわゆる「障害者手帳」を持っているわけではない。
でも、実際の私には、生活していく上で、いろいろな「障碍」がある。
そういう人、案外多いんじゃないかって思うんですよ。
公的に認められた「障碍者」ではないけれども、「障碍者」に近い位置にいる人。
本当は、完璧に健康な人間なんてどこにもいなくて、人間は誰でも、どこか病んでるんじゃないかって気もする。
中島梓が『コミュニケーション不全症候群』に書いたのと同じように、私にとって一番怖いのは「まともな人」だ。っていうか、自分を「まとも」だと信じて疑わない人。
それで、私は自分のことを「障碍者」に近い存在だと思っているので、よけいに「障害」「障がい」「障碍」の違いが気になってしまう。
以前書いたように、「碍」は「さまたげる」、「害」は「そこなう」という意味を持つ漢字だ。
だから、私は「碍」の字を使う方が、日本語として「正しい」と思った。
でも今、「障碍」という表記が「正しい」だけじゃなく、「好ましい」と感じる。
「障碍」は、私の行く手を「さまたげる」ものであっても、私自身を「そこなう」ものではない。
最初の記事に引用した福田恆存の言葉を借りれば、「障碍」は、自分が自分であることをしみじみ実感するために、存在するものなのだ。
そう考えると、「障碍」も、そう捨てたもんじゃないなって、ぱあーっと目の前の扉が開いて、光が差し込むような気持ちになるのです。
言葉には、不思議な魔力がある。
漢字を一字置き換えるだけで、こんなにも世界が変わる。
でも、だからと言って、世の中のメディアがすべて「障害」→「障碍」に変えるべき、とは思わないなあ。私は。(現在、「碍」の字は常用漢字に入ってないから、公文書には使えないらしい。)
自分がブログ上で「障碍」と書ければそれでいいです。
私が「障碍」という表記を選んだのも、しょせんミーハー的な福田恆存スキーのこだわりに過ぎないのだし。
ま、私は今のままでいいです。
世の愚民どもは永遠に「障害」と書き続けるがいい!ふはははははは!!!(冗談です。)
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『絶望に効くクスリ』を読んで、かえって絶望が深まった件
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2009.11.17 Tuesday 23:11『絶望に効くクスリ』という漫画、ご存じでしょうか?評価:

山田 玲司
小学館
¥ 650
(2004-05)
コメント:かえって絶望が深まりました……
漫画家・山田玲司氏が、各界著名人にインタビューしてそれぞれの人生の軌跡を尋ね、最後に「希望のライム(言葉)」をもらう、という構成の漫画作品。
一巻(2004年)の帯には、「一日平均86人が自殺するこの国で、希望はいったいどこにある?」というコピーが書かれていて、自殺者が増えている時代への問題意識を持って始められた作品だと思われます。(実際には、山田玲司氏ご自身が、”絶望に効く薬”を必要としていたそうですが。)
現在15巻まで出ているようですが、私は今のところ6巻までしか読んでませんゴメンナサイ。
この作品に登場する著名人一覧はこちら(wiki)にあります。
これ、漫画作品としては、すごく面白い。
著者の山田玲司という人、個人的には嫌いじゃない。むしろ、こういう熱い兄ちゃん、好きです。だから、本当はあまり悪く言いたくない。
けど、この漫画が、「絶望」に効くかというと……効きませんでした。私の場合。
私こそ、”絶望に効く薬”を求めて読んだのですが、かえって絶望が深まりました。
まず、この漫画のコンセプト「成功者の、苦労した時代の話を聞くと元気が出る」というスタンスが、私には「違う」と感じました。
私は別に「成功」したいのではない。ただ普通に暮らしたいだけなのです。普通に生きていくことができないから、苦しいのに。
「成功者」って、作者の山田玲司氏も含めて、ちゃんと「夢」を持ってるんですよね。羨ましいです。「夢」なんて特にない人間にとっては、「ただ生きる」ことしかできなくて、それすら苦痛でしょうがない現実。「夢」があれば、つらい現実にも耐えられるかもしれない。でもその「夢」すらないから、毎日が苦しいのに。
読んでいて、山田玲司氏は本当にバブル世代の人なんだなあ、と感じてしまいます。(山田玲司氏1966年生まれだそうです。)
発想がバブル世代のものなんです。まったく共感できないんです。
例えば、6巻の辻井喬(堤清二)氏の回で書かれた、以下の言葉。●なんだかんだ言ってもこの国は まだ金とブランドの病人ばっかだし(P.101)
マジですか!? あり得ねえ!!
●なぜならいまだにこの国の人の多くが「大金持ちの権力者になること」が人生の成功だと思っているからだ…(P.110)
この6巻が描かれたのは、2005年のことですが、「この国の多くの人」って、そんなに「大金持ちの権力者」になりたかったのでしょうか?
少なくとも私は「NO!」です。
ごく普通に、人並みに生活できれば、それでよかったのに。
頑張っても、普通の生活が送れないからこそ、「絶望」しているのに。
大金持ちになりたいなんて、まったく思ったことないし、そんなもの望んでいません。私は。
あと、自慢じゃありませんが、私はブランドものにまったく興味ないです。「無印良品」はわりと好きですけど。(自慢にならんなw)
「普通に生活したいのにできない」という絶望を抱えた人間は、山田玲司氏の視界には入っていないようです。
でも、私たちポストバブル世代の抱えている「絶望」って、「上の世代が当たり前に享受してきた『普通の生活』に、自分たちはこんなに努力しても到達できない!」という苦しみだと思うんです。
それ、本当に、上の世代には、理解されていないんだなあ。
っていうか、バブル期の人たちって、「金」と「ブランド」と「権力」しか頭になかったんでしょうか?
それが「成功」だと思ってたんでしょうか?
それなら、ポストバブル世代として言わせてもらいます。
なんて貧しい人たちだろう!
「金」や「権力」を持つことには、責任も義務も伴うはずなのに。そういう認識はまるでなかったのでしょうか?
『絶望に効くクスリ』自体は、決して悪い作品ではないんです。ただ、そういうバブリーな発想がこの作品のあちこちに見え隠れして、そのせいで私としては、かえって「絶望」してしまうんです。
ただ、この作品には、1巻だけでも、超人気漫画家、占い師、カリスマホストまで、様々な分野で活躍中の人が登場し、それぞれの人生を背負った言葉からは、学べるものがたくさんあります。
個人的には、2巻に登場する荒俣宏さんの、
「人生は飛車角落ちの将棋です!! 負けるのがあたり前!!」
というセリフがツボでした。荒俣さん、カコイイ! 惚れ直しました(笑)
絶望には効きませんでしたが、面白い作品ではあります。
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ありふれた親切をちょっぴり多めに。
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2009.11.15 Sunday 22:43いきなり日記。
もう昨日のことですが。
えーと、わたくし月ノヒカリは、普段の移動はたいてい自転車です。
そんで昨日の午後、駅まで自転車に乗って行ったときのことです。自転車置き場に入れようとしたら、隣の自転車に触れて、その横の自転車数台を将棋倒しにしちゃったんですよね。
こういうこと、ないですか? 私はたまにやります。
で、困ってたら、たまたま通りかかった人が、自転車起こすの手伝ってくれました。
こういう「ちょっとした親切」って、結構うれしいです。
最近は、黙って通り過ぎる人が、ほとんどですから。
「あ、こんな親切な人って今でもいるんだ」って、ちょっと感動しました。
こういう「ありふれた親切」が、もう少しだけ多くなったら、この世の中、かなり住みやすくなるんじゃないかと思うんですが。
それは、そんなに難しいことではないと思うんですが。
ちなみに、「ありふれた親切をちょっぴり多めに」という言葉は、カート・ヴォネガットの『スラップスティック』からの引用です。SFの世界が現実になるのって、良いことかどうかわからないけど、『スラップスティック』の「拡大家族」が現実になったら、ちょっと楽しいだろうなあ、と空想してしまいます。
ありふれた親切=拍手のこと(『月ノヒカリ辞典』の定義による)
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自殺志願者に、同志として告ぐ
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2009.11.13 Friday 23:50私は二十年以上、自殺願望を持ち続けてきた。
「自殺願望」から自由になれたときもあったけど、それは本当に短い間だった。
いつも「死」は私の頭からはなれなかった。
ただ、私はこれまで自殺未遂とかは、全くしたことないです。
死ぬならスッパリ一度で死にたいから。
で、今現在は、とりあえず「死にたい」と毎日のように考えてる、ということはなくなった。でも将来もずっとこの状態が続くとは限らないし、やっぱり今でも、最後の手段として「自殺」という選択肢は「あり」だと思っている。
ただし、やっぱり自殺は「最後の手段」である。
本当にどうしようもなくなったとき、最後の逃げ道として、確保されるべき手段、それが「自殺」です。
だから私はやっぱり今も、自分を自殺志願者だと考えている。
そんで、自殺志願者として、同じく自殺を考えている人に、言いたいことがある。
まず、自殺を実行に移す前に、もう一度自分に問うてほしい。
思い残すことはないか?
この世でやり残したことはないか?
もしあなたが行き詰まってるとして、本当に出口はないのか?
もう少し「待つ」ことはできないか?
まだ何か引っかかるものがあるなら、待つべきだ。
「ある朝目が覚めたら窓が開いていて、自分が長いあいだ待ち望んでいたものの中にいることに気付くんです。」(by伸たまき)
そういう日が来るかもしれないってこと。
それでもなお「死にたい」という気持ちがキリキリと突き刺さるように消えないという人は、「本気で自殺を考えている」のだろうな。
そういう本気で自殺を考えている自殺志願者に、同志として言いたい。
黙って死ぬな。
せめて言いたいことは全部言ってから死のうぜ。
私は弱音を吐かない人が好きだ。
愚痴をこぼさない人が好きだ。
黙って耐えてる人が好きだ。
だから私も、そうありたいと思っていた。
だけどさあ、あんたが黙ってたら、奴らは永遠に気づかないんだよ。
なんであんたが苦しんでるのか、誰にもまったくわからないままなんだよ。
だから、言いたいことは全部吐き出せ。
泣け。わめけ。叫べ。
誰かが気づいてくれるまで、でっかい声で泣き続けろ。
私が本気で自殺を考えている自殺志願者に、同志として、まず言いたいのは、それだ。
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自殺願望について
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2009.11.11 Wednesday 23:43人生で一度も自殺を考えたことがない人って、いるのでしょうか?
私自身、中学生の頃から、「自殺願望」とは友達だった。
それが普通だと思ってました。
だから、「一度も自殺を考えたことがない」という人が存在すると知ったとき、本当に、心底、びっくりしました。
「自殺願望」がない人っているのか!
いや、でも自殺を考えている・過去に考えたことある人って、結構いるんじゃないかって思うんですよ。そっちの方が多数派じゃないですか?
ちょっとここで中学生時代の私の恥ずかしい過去の話。
私、中学一年生の頃、「このまま生きててもしょうがないな」とか思って、「18歳になったら死のう」と決めてたんですよね。
何で18歳って決めてたのかというと、たぶんその頃の私にとって、18歳っていうのは「ギリギリ子どもでいられる年齢」だと感じていたからじゃないかと。
中学生時代って、今思い返したら、そんなに苦しい時代ではなかった気がする。どちらかというといじめられっ子だったけど、友達もいたし。学校はあんまり楽しくなかったけど、普通に行ってたし。
ただ「息苦しい」感じはすごくあった。「終わりなき日常を生きろ」的な息苦しさ。でも今思えば、それも贅沢な悩みだったなあと。「日常には終わりがある」と知ってしまった今となっては。
結局18歳で死ななかったのは、途中で「やっぱりもう少し生きてみようかな」と思ったから。
さて、ここからが恥ずかしい話。
いや、私、中学生時代に、結構たくさんの友達に「私、18歳で死ぬから」とか言ってたらしいんです。それで、卒業してから再会した友人に、「18歳で死ぬって言ってなかったっけ?」とか聞かれて、「わああああ。そんなにたくさんの人に話してたのか!」って。「穴があったら入りたい」って、こういう気持ちなんでしょうね。
で、学生時代に、そういう話をしてたら「私は15歳で死ぬつもりだった」とか、「私は幼稚園の頃に自殺を考えてた」とかいう友人もいて、上には上がいるもんだなあと感心しました。
「人生の最後は自殺で終えたい」とか言ってる人もいたし。
学生時代は、今よりずっと気楽だったんでしょうね。
今は「自殺」なんて口にしたら、シャレにならない。本当に今にも死にそうなとき、「自殺」なんて話題にできませんよ。
でも、それが逆に息苦しくさせてるのかも、と思うんです。
「自殺」について、表に出てくる反応は、ほぼ二つ。
「無関心」か、あるいは「自殺はやめよう・なくそう」の二種類。
それって、「発想が貧しい」と思うんですよね。
もっとこう、別のアプローチもあると思うんですよね。
その二つの間に、もっとたくさんの葛藤があるはずなんです。
それを言葉にしてみたら、どうなるだろうか。
だからあえて、学生時代の「気楽さ」をちょっとだけ思い出して、「自殺」について、そんなに息苦しくなく語ることができたら―――もう少し風通しが良くなるかもしれない。そういう期待があります。
そんなに「重い」話はしないつもりだし、していないつもりです。
普通に考えたことを書きたいだけなのですが、さてどうなることやら。
コメントは遠慮なくどうぞ♪
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Memento mori 〜死を想うこと〜
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2009.11.10 Tuesday 23:44「自殺について」というカテゴリをつくった。
こんな不穏当なカテゴリをつくってまで、自殺について語りたいのは、私自身が自殺志願者だからです。
まあでも今すぐ死のうというつもりはないので、「死んではいけない」とか、そういうコメントはナシでお願いします。まだ書きたいことがあるし。
私自身、中学生の頃から自殺願望を持っていた。
もう二十年以上、自殺願望を持ち続けたまま、よくここまで生きてきたなあ、と自分でも不思議なくらいです。
あの頃は、自分が三十歳まで生きられるとは思っていなかった。それが今や三十をいくつも過ぎてしまった。自分は長生きし過ぎたのかもしれない。などと時々思ったりする。
で、二十年以上考え続けた結果、今現在の私は、人生の最後を「自殺」で終える、という選択肢は「あり」だと思ってます。
ただ、やっぱり私は、未成年は自殺してはいけない、という信念みたいなものがあります。
二十代で自殺する人にも、「まあ待て」と言いたい。
とりあえずもう少し生きてみろ、と言うのは、私が三十代だからですが。
私は「生きている実感がわかない」とか「生きている意味がわからない」とか、そういう理由で自殺する人の気持ちがわからない。
いや、わからないと言ったら嘘になるかな。ちょっとはわかるかもしれない。中学生の頃の私は、そうだったかもしれない。
でも私がずっと自殺願望を持ち続けてきたのは、
「こんなに苦しい思いをするなら、死んだ方がマシ」
という思いだった。
今、国内の自殺者は、11年連続して3万人を超えたという。
今の世の中、「自殺者が増えている。何とかしなければ」という発言は、新聞とかその他メディアでよく見かけます。
でもその対策とか、自殺を止めようとする人の発言が、ほとんどが的外れのように感じてしまうのです。私にとっては。
自殺の理由として、「経済的理由」があげられることが多い。
実際、経済的な理由で自殺する人は増えているのだろう。
で、私は、「経済的な理由」で自殺するなんて、馬鹿らしいと思う。そんな理由で死ぬことはない。「経済的な理由」なら、必ず解決の方法があると思うのだ。経済的な理由で自殺する人がいなくなるように、それは「社会」が何とかしなきゃいけない問題だと思う。
でも、あまり言われてないけど、自殺の理由はずっと、「病気・健康問題」が不動の一位なのである。
私が「死にたい」とずっと思い続けてきた理由もこれ。
この世には、「死んだ方がマシ」というくらいの、地獄のようにおぞましい肉体的苦痛が存在する。
そんな体験を何度もしてしまったら、それ自体がトラウマになる。
もちろん、生き地獄に等しい精神的苦痛も存在する。
こういう苦しみに対する処方箋って、あまり聞いたことがない。
あったら教えてほしいです。
そんなわけで、じゃあ自分が書いてみるかってことで、今まで「自殺」について考えてきたことを、いくつか書いてみよういう試みです。
一応補足。
「死」って、私にとって結構重要なテーマです。
「死」について思いをめぐらすことは、「生きることの意味」を問うことと同じです。私にとっては。
「いかに死ぬか」を考えることは、「いかに生きるか」を考えることとイコールなのです。
ただ、私が考えたいのは、「他者の死」ではなく、あくまでも「自分の死」です。
人間は誰でも必ず死ぬ。この一点においてのみ、すべての人間は平等である、と私は考えてます。
メメント・モリ(死を忘れるな)という言葉は、いつもいつも私の胸にある。
それが出発点です。
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福田恆存 『私の幸福論』
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2009.11.08 Sunday 23:55私は「人生論」というものが好きではない。
「人生論」に限らず、「○○論」というものが好きではない。
個々の人間には、それぞれ異なった状況や認識があって、それを一般化しようとする行為は、すごく傲慢だと感じてしまう。
それでも私が「人生論」を読むとしたら、それは「書いた人が魅力的な人物」だから、ということになる。
私にとって、「人生論」を読んで感動するくらい「魅力的な人物」は、福田恆存と橋本治だけだった。
といっても私は、福田恆存の著書は『私の幸福論』以外たいして読んでいないのですが。
「すごい人だ」としか言いようがない。
福田恆存は「保守」に分類されるのだろうけど、いまどき「保守」だとか「左翼」だとか、どうでもいい。すごいものはすごいのだ。
この本の初版は昭和31年なので、今ではさすがに時代に合わないと感じる部分もある。しかし古びていない部分も確実にある。
中でも特に感銘を受けたのは「教養について」の章かな。
この章は最初から最後まで素晴らしいので、書き始めたらきりがないのですが。
例えば、本は、問うたり、答えたりしながら読まねばなりません。要するに、読書は、精神上の力くらべであります。本の背後にある著者の思想や生きかたと、読む自分の思想や生きかたと、この両者のたたかいなのです。
これは、私にはすごく納得のいく言葉だった。
『私の幸福論』「教養について」P.84
その上で、福田は「あとがき」で、「この本に書いてあることは理想論で、そうは立派に生きられぬという人がいるかもしれない」と述べ、それに対する答えを次のように書いている。
著者は著者、自分は自分、そういうふうに距離をおいて、この本にたいして自分を位置づけてください。無条件な信従より、私はそのほうをずっと信頼します。
こういうことを言ってくれる人は信頼できるな、とかえって心酔したくなっちゃう私は困ったものですが(笑)
同書 あとがきP.223
また、福田の「知識を増やすことには、責任がともなう」という考え方は、私には初めて聞くものだった。
人々はなにかを知るということによって、より高く飛べるようになると思っているようです。いままで知らなかった世界が開けてくると思うのでしょう。が、それは半面の真理にすぎない。(中略)
なにかを知るということは、身軽に飛ぶことではなく、重荷を負って背をかがめることになるのです。
同書「教養について」P.81-82
これを読んだ当時、私にはこの言葉の意味をよく理解できなかった。数年後に、重い実感を伴いながら理解することになった。「知識」は重荷だ。
この本は単なる人生訓にとどまらない。「自分や人間を越える、より大いなるものを信じる」という、信仰のようなものが、福田恆存の思想の根底にある。
これは、福田が多大な影響を受けたというD・H・ロレンスの黙示録論『現代人は愛しうるか』の末尾に書かれた、「私は大いなる全体の一部である」「まず日輪と共に始めよ」といった言葉に対応するものだろう。
自分や人間を超えた「大いなるもの」への信頼―――それこそが、福田恆存を単なる保守系評論家ではない、戦後思想の巨人たらしめているのだ(なんつって)。
この本の中で、福田恆存は「幸福とはこういうものだ」「こうすれば幸福になれる」とは、ひと言も語っていない。
ただ、「幸福とは何でないか」を述べているだけだ。
しかしそれこそが、私たちが「幸福である」ための前提条件であり、出発点ではないだろうか。
世間一般でいう「不幸」とは、ただ「快楽」が欠けているということにすぎない、と福田は言う。私たちは、その意味での「不幸」であっても、なおかつ「幸福」でありうる。「幸福」と「快楽」とは、別物なのだ。
この本に出会ったのはもう十年程前だけど、それから私の隣には、いつも福田恆存がいた。
今でもときどき読み返して、勇気をもらう。
いつまでも読み継がれてほしい本だ。
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日本橋ヨヲコ 『少女ファイト』1〜6巻
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2009.11.07 Saturday 23:38新刊(6巻)読んだら、無性に感想書きたくなった。といってもたいした感想書けないけど。
『少女ファイト』は今いちばん好きな漫画かもしれない。
6巻の表紙はルミコ。帯を外したらルミコの太ももが……まぶしすぎる〜!
もしかして知らない人のために。この漫画は、高校生女子バレー(バレーボールの方ね)漫画です。青春です。いいなあ。
体育会系女子って、こんなにキラキラしているものなの?
ブログ主は運動音痴のバリバリ文化系なので、まったく縁の無い世界ですが、憧れます。こんなに爽やかな女の子同士の友情ってあるのか!
私、女子校って行ったことないんですが、「女子校文化」みたいなのに憧れがあるんですよね。ほら、女子校のボーイッシュなタイプの女子に人気が集まって、女の子同士だけどバレンタインにチョコを渡すとか、そういうの。現実の女子校で、そんなこと実際にあるのかどうか知らないけど。
この漫画で私が「チョコを渡したい相手」は、鏡子先輩です。喘息持ちで試合にはほとんど出られないけど、後輩に対するフォローは完璧。おいしいところはしっかり持っていく人だ。カッコ良すぎる。マジで惚れた。
いや、この作品の舞台である黒曜谷高校は共学だし、普通に男女の恋愛も描かれているのですが。
むしろ「女の子同士の友情」の方に、胸がキュンとなります。
主人公の練(ねり)は、小学校時代に人間関係で失敗したトラウマがあって、人に心を開かなくなった。小学校の同級生だった小田切学(女の子です)は、練が好きで、練のことが大切だから、練に近づきたいから、運動音痴なのに高校からバレーを始めることを決意する。
バレーを通じて、二人の心が通い合っていくところが、すごくいい!
最初は学が一方的に練LOVEだったのに、6巻ではすっかり両想い。
練にはシゲルという彼氏がいますが、本命は学でしょう!と言いたくなる。
この漫画、特に女の子のキャラが魅力的すぎる。「青春」だけど、嫌みじゃない。青臭いけど、説教臭くない。
あと、学というキャラはかなりツボです。
学は秀才だけど運動音痴で、だからこそメモを取ったり、バレー教本を読み込んだり、不器用に努力しながら上達していくのを見るのは、すごく楽しい。
語るべきものは特に何もない、暗い高校時代を送ったブログ主には、眩しすぎる世界で、だからこそ愛おしい作品です。
でもこれ、「イブニング」掲載なんですよね。うっかり少女漫画と間違えそうなんだけど、青年誌なんですよね。
ルミコの「好きな人を好きな自分は大好きだね」なんてセリフ、青年誌で通用するのか? 最近の青年誌はわからん。
この作品、『G戦場ヘブンズドア』(全3巻)と繋がっています。こちらはルミコの「好きな人」の高校時代を描いた「漫画家マンガ」です。
日本橋ヨヲコ作品、まだ読んだことない方は、ぜひこの機会にお試しください。
表紙は1巻=練 2巻=学 3巻=厚子 4巻=奈緒 5巻=志乃 6巻=ルミコ です
みんな可愛いしカッコいいよね
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山野一 『四丁目の夕日』
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2009.11.05 Thursday 21:11ずっと疑問に思っていたことがある。
麻生前首相は、本当に漫画を読んでいたのだろうか?
私はオタク第二世代に当たるのだろうが、子どもの頃から親に「漫画ばっかり読むな」と怒られながらも、「漫画も教養の一部」という反発というか自負のようなものがあった。
「教養」には「基礎」があるはずで、やっぱり24年組を知らない人に少女漫画を語ってほしくない。と同様に、いい大人の男が漫画好きを自認するなら、ガロ系の漫画は押さえておいてほしいよなあ、と思うのです。
そんなわけで、麻生前首相にはぜひ、山野一の『四丁目の夕日』を読んでほしかった。まあ読まないだろうけど。
『四丁目の夕日』は、1985〜86年に『ガロ』に掲載された漫画だ。
私が持っているのは扶桑社文庫版(1999年)なので、おそらく十年近く前に読んだのだと思う。
陰惨、としか言いようのない作品だった。
でもってその当時、私は精神的にどん底状態だったのだが、この漫画の読後に不思議なほど爽快感を感じた。こんな残酷としか言いようのない作品に「爽快感」を感じるなんて、自分でもどうかと思って、その後読むことはなかった。
それを、十年ぶりに再読しました。
やっぱり陰惨、凄絶、残酷としか言いようがない。
『四丁目の夕日』というタイトルは、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の原作漫画を意識してつけられたのではないかと思う。
この作品は、もう一つの『三丁目の夕日』だ。
しかし『四丁目の夕日』は、『三丁目の夕日』のような懐古趣味とは、全く別の次元にある。
主人公の別所たけしは、零細印刷会社の、成績優秀な長男として、両親の期待を背負っていた。
しかし、母・マス江が事故で寝たきりになり、父・富茂は、過労の末、印刷機に巻き込まれて死亡。この死体の描写が凄まじい。「ぐっちゃんぐっちゃん」なのだ。
たけしは、弟妹を養うため、高校を中退して働かなければならなくなった。
たけしは父の残した印刷工場を継ぎ、懸命に努力するが、すぐに会社はつぶれた。努力はまったくの徒労だった。
その後、工場従業員として過酷な労働を続けることになる。「人間」として扱われない、非情な労働環境の中、たけしは次第に精神を蝕まれ、かつて優等生だったとは思えないような「奇行」がはじまる。それでもたけしは、家族のために真面目に働き続けた。
たけしと弟妹の三人で、ささやかな誕生日パーティーを行っている最中、事件は起きた。アパートの下に住むキ●ガイ老人がいきなり現れ、斧で弟妹を惨殺する。このシーンの描写が、あまりにも凄まじい。
たけしは完全に狂気に陥り、老人から奪った斧で、彼を惨殺。その後外へ出て、出会う通行人を、片っぱしから斧で斬りつける。13人を惨殺、25人が重軽傷を負う。
たけしは警察の取り調べにもまともに応じられない錯乱状態にあり、弟妹の殺害を含むすべて殺人が、たけしの発狂による凶行としてかたづけられた。
たけしは精神病院に入院を義務づけられる。三十数年後、治療の効果が認められ、「社会復帰」を果たす。
このラストシーンを読んで、あなたは「救い」を見出すだろうか。
それとも「絶望」を感じるだろうか。
これを単なる「フィクション」として読める人は、幸せな人だ。
私には、日常のすぐ隣にある世界に感じられた。
まあ私は工場労働者だった経験はないし、陰惨な殺人現場に居合わせたこともないのですが。
それでも、この作品に描かれた「悲惨」は、案外「よくあること」なんじゃないか、と思うのです。
まじめに働けば働くほど、報われない。そして「狂気」へ向かわざるを得なくなる。
ここには、人生の最初から定められたとでもいうような、抗いがたい「格差」がある。人生そのものの格差、とでも言おうか。
この作品が描かれたのが、80年代バブル期だったのが、興味深い。
バブル期なら、この作品を「フィクション」として楽しめたのだろうか?
でも、秋葉原で通り魔事件が起こったのは、2008年。
『四丁目の夕日』の世界は、もはやフィクションではなく、今この時代の「現実」なのかもしれない。
本当に精神的にどん底状態にあるとき、私は「心温まるハートフルストーリー」をどんなに読んでも、ただ空しいだけだった。
救いようのない絶望を描いた作品こそが、私を救ってくれた。
万人にお薦めできる作品ではないけど、ぜひ読んだ感想を聞いてみたい作品だ。
あなたはこの結末を、「救い」だと思えますか?
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