2019.02.27 Wednesday 22:30
年明けからずっと短歌の発表ばかりだったから、たまには普通のブログ記事も書いてみようと思う。

ここ10年くらいで自分が変わったことといえば、「怒り」という感情を受け入れられるようになったこと、かもしれない。

私は、もともと感情を出すのが苦手だった。幼児期は別として、小学校の頃からずっと、人前で泣いたことはない。ずっと自分の感情を抑圧してきた。
「感情をあらわにしない」というのは、日本人にとっては美徳の一つだったように思う。いまはそういう美徳は、もう古いのかもしれないけど。
でも、抑圧された感情は、澱のように溜まっていって、なかなか成仏してはくれないのだ。
だから、感情は適切に表出されなければならない、ということは、わりと前から気づいてはいた。

喜怒哀楽の中でも、特に「怒り」は苦手だった。
自分が怒りをあらわにすることも苦手だったし、「いつも怒っているようにみえる人」はちょっと怖かった。
でも徐々に、「怒り」という感情も、大事な役割を果たしているんだ、と納得できるようになった。

初期仏教の本なんか読んでいると、いつも穏やかな気持ちでいなければいけない、と思い込んでしまうんだけど……あのティク・ナット・ハンでさえ、「相手に危害を加えられた場合でも、怒ってはいけないのか」という質問に対して、「そういうときはガツンと言ったほうがいい」と回答していたからね。
ちなみに、ティク・ナット・ハンはベトナム出身の僧侶で、ベトナム戦争のとき、爆撃で殺された死体を担ぎながら、それを瞑想の修行とした人ね。

何年か前に、「非暴力」の政治活動をしていた人たち(キング牧師とかガンジーとか)について書かれた本を読んだんだけど、彼らは決して「穏やかで、波風が立たない状態」を選んだ人たちではなかった。物理的な暴力は使わないけど、直接の抗議はきっちりしていて、むしろ緊張状態をつくりだした人たちだった。

「怒り」について、もう一つ思い出したこと。
このブログでも何度か取り上げた泉谷閑示の『「普通」がいいという病』に、こう書いてあった。
深いところにある感情、本人も意識していないような井戸に沈んでいる感情を表に出そうとするとき、必ず「怒」→「哀」→「喜」→「楽」の順番に出てくる、というのが、氏の臨床経験から導き出された所見だなのだと。

つまり、一番に「怒」というネガティブな感情を出さないことには、次の「哀」もでてこないし、「喜」や「楽」といったポジティブな感情は、さらにその後からしか出てこないのだという。

怒りを適切に表出するのは、大事なことだ。特に、自分が危害を加えられたときには、はっきりNOと言うために、ときに怒ることも必要だ。
しかし、難しい課題ではある。

怒りをあらわにしている人を見て、「怒りの矛先が間違ってるな」と感じることがある。
自分が何に対して怒っているのか、ちゃんと理解していないのかもしれない(私自身もこういう間違いをすることはあると思う)。

一方で、表ではまったく怒らず「丸く収めよう」とする人が、裏では陰湿な陰口や差別を愉しむ人だった例も知っている。「礼儀正しく柔和な差別者」も存在するのだ。

自分の感情を大切に、丁寧に扱うこと。
次に、適切に怒りを表現すること。

怒りは悪い感情ではない。時に、自分を前進させてくれる、大事な感情の一つだ。
まずは、それを受け入れることから始めたい。


ちなみに、短歌の解説については、もう気が済んだというか、解説なしでもいいかなと思うので、これで一区切りとします。
未公開作品の発表は、noteはてなの短歌ブログで、今後も公開していくつもりです。よかったら、たまに短歌のサイトも覗いてもらえると嬉しいです。






| ●月ノヒカリ● | 非コミュ | comments(2) | trackbacks(0) |
2019.02.17 Sunday 13:02
「時間製造工場」と題した連作短歌を、noteはてなの短歌ブログで公開しています。

■【連作短歌】時間製造工場 へのリンク


以下は、恒例の自作解説です。
解説なんて読みたくない、という方は、ここで回れ右。


現代の短歌には、しばしば「コンビニ」が登場します。
コンビニを詠んだ歌は数多ある中で、私もコンビニをテーマにするとしたら、やはり「自分にとってのコンビニ」を描くしかないのだろうなあと。
というわけで、できたのがこの連作です。
かなり実話が入ってます。

近所のファミレスやらスーパーやらがつぶれた後、跡地にコンビニが建つという例、ここ十数年くらいの間にいくつも見てきました。
特にセブンイレブンが多い。そりゃあ今からコンビニに参入するなら、業界第1位の傘下に入りたいと思うのが人情なんだろうけど……それにしても、セブンイレブン多すぎ。家から歩いて行ける範囲に、4、5軒はあります。
郊外で、ファミレスやスーパーの跡地にコンビニができるから、やたら駐車場が広いんです。

そしてその一つ一つが24時間営業で、夜通し店員さんがいる。
これって必要な労働なんだろうか?
セブンイレブンという店名の由来は、「もともと朝7時から夜11時までの営業だったから」という話を聞いたことがあるんだけど、それでは駄目なんでしょうか?

ただ、私の住んでいる地域は、ちょっとコンビニ多すぎな感じですが、もっと田舎の方では、「家から一番近いコンビニに行くのに、車で30分かかる」という人もいるようです。こういうことは、ネットやってて初めて知ったことです。

人によって、地域によって、コンビニの位置付けは異なるんだろうなーと思うからこそ、「私にとってのコンビニ」を描くことに意味はあるのかな、と。

でもって、私は普段「コンビニで買い物をしないヒト」です。
コンビニに行くのは、「通販の代金を払うため」だったりします。
そして、通販の代金を払ったら、そのまま何も買わずに店を出ます。

こういう客って、コンビニにとっては「旨味のない客」だと思うんですよね。だってコンビニというのは、そりゃ手数料収入もあるだろうけど、それで儲けているわけではなく、「通販の代金を払うついでに、何か商品を買ってもらう」ことで成り立ってるビジネスモデルだからです。
ちなみにうちの両親なんかは、「コンビニで通販の料金を払って、何も買わずに店を出るなんてできない。おにぎりとかサンドイッチくらいは買うことにしている」らしいです。

私はケチ倹約好きなので、コンビニではまず買い物はしません。家から一番近いのはコンビニだけど、少し歩けばスーパーがあって、そっちの方が安いし。もう少し歩けばドラッグストアもあって、お菓子や日用品なんかはスーパーよりさらに安いから。

私のような「旨味のない客」でも、コンビニの店員さんは、とても丁寧な接客をしてくれます。
これってすごいことだと思うんですよ。
コンビニの時給って、最低賃金+αくらいだと思うですが、それなのに、挨拶も行き届いていて、丁寧な接客をしてくれるって……日本はいつからこんなすごい国になったの?
いや、20〜30年くらい前は、銀行でも役所でも「不愛想な店員」や「カンジワルイ応対」って、あったと思うんです。
そういう「不愛想な接客」って、今の日本では絶滅寸前な気がします。

私は海外生活をしたことがないので、海外のことはよくわからないのですが……アメリカなんかには、「すっごくやる気のなさそーな店員」がいると聞いたことがあるんですけど。

今の日本は、消費者として過ごすだけなら、とても居心地がいい国だと思う。
でもって、この「消費者としての居心地の良さ」と、今の私たちの生きづらさって、同じコインの裏表というか、表裏一体の関係にあるんじゃないかと。
もちろん働く側にとっては、「最低時給+αで、ここまでの接客を求められるのか…」という大変さもあるでしょう。
「行き届いたサービス」を受ける方は気持ちいいけど、サービスを提供する側はとんでもなく神経を使って給料以上のレベルを求められる。そういう「接客態度」のようなものが、生活の隅々にまで行き渡った世界。

今の私に見えているコンビニ(をめぐる今の日本社会)は、こういう世界です。

そんなことを考えながら、この連作を作りました。
——というのは微妙に違っていて、出来上がった連作を眺めながら、「ああ、私は普段こういうことを考えながら生きているんだなあ」と、改めて気づいた、という方が正しいです。

既発表作の公開は、今回で一区切りです。
次からはまた、未発表作の公開をしていく予定です。






| ●月ノヒカリ● | 短歌 | comments(3) | trackbacks(0) |
2019.02.02 Saturday 16:35
えっと、前回書くのを忘れていましたが、自作短歌についてコメントくださった皆様、ありがとうございます!
短歌の感想をもらえるの、とっても嬉しいです。
あなたの声、ちゃんと私の胸に届いてます! ありがとう。

さて、恒例の自作短歌発表、今回からはしばらく既発表作の公開になります。
公開した「働くことは尊い」は、紙媒体で発表済みですが、ネットでは未公開だったので、今回改めて掲載しました。

■【連作短歌】働くことは尊い へのリンク


恒例の自作解説、いきまーす。

この連作は、自分の体験及び当ブログに寄せられたコメント、ツイッターのフォロワーさんのつぶやき等を集めて、再構成したものです。

もう本当に、自分自身もいろいろ病気があって働けない人間で、似たような人が集まっただけかもしれないけど……それにしても、死にたがってる人、多すぎ。
それも、どうやら「働くこと」が、「死にたい」という気持ちの源泉になってる人が多い印象で。「職場でパワハラにあった」とか「適応できなかった」とか「そもそも病気で働けなくてつらい」とか。

「働いて稼ぐお金よりも医療費の方が高い」というのは、私自身の体験でもあるけど、そういう声は他にもありました。
そして、働いた結果、病気になったり死に追いやられたりした人も、今の日本では決して少なくはない。

本来は、「生きるために働く」はずなのに、「〈働くこと〉が原因で、死に追いやられる」ってどうなってるの? おかしくない?

いや、世の中には、消防士とか、自衛隊員とか、場合によっては殉職の可能性もある危険な職業もありますよ。でも、今の日本にあるたいていの仕事は、死ななきゃならないような仕事じゃないはずでしょ。

でもって、こういう切実な叫びって、「仕事にやりがいを感じている人」とか、「そこまで追い詰められることなく、なんとかなっている人」には、まったく通じないらしい。それもまた、絶望の源であって。

ISについては、女性や子どもに酷いことをしているのは知っているし、私も決してISを支持するつもりはありません。
ただ、数年前、ISに入るためにシリアに渡航しようとした北大生がいましたよね。当時、あの事件を「就職への絶望」と結びつけている論者がいて、とても共感したんです。

自分はISを支持しないけれども、世界のごく普通の若者がISに身を寄せてしまうという、その底にある絶望。その絶望については、共有できるように感じるんです。

私自身は、「働きたくない」という気持ちはあまりなくて、むしろ真っ当な仕事をしたい、という思いが強いです。真っ当な仕事というのは「普通の会社員」という意味ではなく、「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」という意味で。

でも、過去に自分が働いてきた職場は、「シジフォスみたいな無意味な仕事」もあったけど、それ以上に「この仕事、むしろ社会にとって有害じゃない?」というものもありました。
私は、「給料がもらえればそれでOK」とは思えなかった。

人は、働けるなら働いた方がいいと思うけど、それは必ずしも「給料をもらうこと」とイコールではない。
「生きるために働く」のであって、「働くこと」が原因で死ぬ必要はない。
この「当たり前のこと」がちゃんと当たり前に通じる社会になってほしい。
そう心から願ってます。






| ●月ノヒカリ● | 短歌 | comments(2) | trackbacks(0) |
2019.01.25 Friday 17:46
noteはてなの短歌ブログに、「星の時間を生きる」と題した連作短歌を公開してます。
今回のは、完全新作です。

■【連作短歌】星の時間を生きる へのリンク

例によって、蛇足ながら解説をば。
解説なんて邪魔、という方は、以下は読まないでくださいねー。


この連作は、私が大好きな星占い(西洋占星術)の世界を表現してみました。
惑星が出てくる短歌はたくさん存在しますが、占星術的な意味と連動している短歌は、私の観測範囲では、まだ見たことがないです。
なので、自分で作ってみました。

西洋占星術というのも、どうも誤解されがちなジャンルらしくて……雑誌やTVで見かける「12星座占い」のイメージが強すぎるのかな。
自分でホロスコープを書いたことがある人ならわかると思うけど、本格的な西洋占星術は、もっと奥が深い、独特の世界観を楽しむ高度な「遊び」なんです。

ホロスコープとは、黄道十二宮に、太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、各天体の配置図を描いたもの。
それぞれの天体には占星術的な意味があるのですが、今回の連作は、惑星のみ取り上げました。

水星は、西洋占星術において、コミュニケーションや知性を司る星とされています。
占星術は「天動説」の世界なので、惑星は周期的に(地球から見て)逆行する時期があります。水星の逆行期は、占星術的には、コミュニケーションの行き違いが起こりがちな時期であり、また過去を振り返るのに良い時期とされています。

金星は、ヴィーナスの名が示すように、楽しいこと、美しいもの、愛や恋などを象徴する星。

火星は、闘争や情熱を。

木星は、発展・拡大の星。
西洋占星術では、木星が自分の太陽星座(いわゆる12星座占いの星座)に入る時期は、一般に「幸運期」と言われています。

土星は、制限・遅延をあらわす星。
占星術的にはネガティブなイメージの星ですが、今回は、「時間をかけて学ぶべきこと」と解釈して歌にしました。

天王星は、旧体制の変革、独創を象徴する星。

海王星は、夢、幻想、お酒、ドラッグなどをあらわす星。

冥王星は、破壊と再生を司る星。

これらの惑星の占星術的なイメージを、そのまま短歌にしてみました。
占星術師によって微妙に解釈が分かれる部分もありますが、ここに書いた天体の解釈は、それほど外してはいないと思います(……そうであることを願う)。

私も占星天文暦(エフェメリス)を持っていて、ちょくちょく眺めてるんだけど、「今、金星は射手座にあって、火星と120度の位置にあるんだな」と知ると、何でもない日がちょっと違って見えるんです。

日常にちょっとだけ豊かな色が加わる、占星術の世界。
そんな「星の時間を生きる」ような愉しみを、多少なりとも共有してほしくて、この連作を作りました。






| ●月ノヒカリ● | 短歌 | comments(0) | trackbacks(0) |
2019.01.15 Tuesday 22:24
2016年にツイッターで「野菜の短歌」として投稿した4首に新作をプラスして、「Wonderful Vegetables(素晴らしき野菜たち)」という連作にして、noteはてなの短歌ブログに公開しています。

■【連作短歌】Wonderful Vegetablesへのリンク


えーと自作解説というのは、こういう世界では「野暮だ」「読者の連想を妨げる」として嫌われがちだけど、私はしゃべりたくて仕方ないので、書いちゃいます!

最初の4首は、ツイッターに投稿した時、クイズ形式にしたんですよね。
「この中で事実を基にして作られた短歌が一つだけあります。さて、事実はどれでしょう?」という。
答えは、「にんじんジュースに飛び込んで溺れた蠅がいる」でした。本当にいたんですよね。そんな間抜けな蠅が。
にんじんジュース、私は毎朝飲んでます(カゴメのですが)。

O157騒動でカイワレが野菜売り場から消えたのは、今調べたら平成8年でしたね。当時の菅直人厚生大臣がカイワレを頬張るパフォーマンス、今も覚えている人はいるでしょうか。

グリーンピースは、ずっと昔、家庭菜園で栽培していた時期がありました。そのときはたくさん採れたので、グリーンピースご飯だけでなく、ひすい煮にしたんですよね。グリーンピースのひすい煮、もちろん食べても美味しいけど、色がとても綺麗なんです。宝石みたい。
今は、グリーンピースは買わなきゃ手に入らないんだけど、結構お値段高めの食材なので、ひすい煮にするほどは買えません。ご飯に入れるだけですね。

キュウリは、私にとっては「特に味のない野菜」でした。
でも、子どもの頃、田舎の祖父母の家に遊びに行ったとき、家の裏でキュウリを栽培してたんですね。売り物のようにまっすぐに育ってはいないんだけど、もぎたてのキュウリはすっごくみずみずしくて、「キュウリってこんなに美味しいものだったのか!」と目から鱗でした。
あんなに美味しいキュウリは、あれ以来食べてません。

ニンニクは、料理に使うのは好きなんですが、聞くところによると、海外ではニンニクを生のまま丸かじりする文化もあるとか。
私も試しにひとかけら口に放り込んで、かじってみたんですけど、「ぐぅええええぇぇえええーー」となりました。口から火を噴くかと思うほど、刺激が強かったです。

そんな野菜への思いを、短歌にしてみたのがこの連作です。






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