2018.04.04 Wednesday 00:16
「人生の残り時間を考えたら、つまんない本を読んでいる場合じゃない」
こういうけち臭い考え方、以前は好きじゃなかった。
「玉石混交」というのは大事だと思っていて、つまらない本から学べることだっていくらでもある。だから、いろんなジャンルのいろんな本に手を出してきた。

でも、再発癌の治療のために、読書に費やせる時間や体力が減りつつある今は、読む本を厳選せざるを得ない。体が弱っているときは、本を読むこと、PCで文章を書くこと、普段何気なくできていたことも、実はものすごく体力を必要とする営為だったんだ、とつくづく実感する。

続きを楽しみにしている漫画は当然読むんだけど、それ以外に、何を読むべきか。
「これはぜひ読んでおきたい」と思ったのが、石牟礼道子の『苦海浄土』だった。人類初の産業公害である、水俣病の患者に寄り添いつつ描かれた文学作品。

昨年5月のエントリにちらっと書いたけど、あの当時読んだ文庫版には第一部しか収録されていなくて、実は第二部・第三部もあると、読み終わってから気づいた。
というわけで、第二部「神々の村」・第三部「天の魚」も収録された池澤夏樹編集の世界文学全集版『苦海浄土』を購入し、ちびちびと読み進めて、先日やっと読み終わったのだった。

池澤夏樹が編集した全30巻の世界文学全集で、日本語作品として唯一選ばれたのが、石牟礼道子の『苦海浄土』だということ、私も小耳に挟んではいた。だから、『苦海浄土』は、「日本人なら、教養として読んでおきたい書物」と言えないこともない。
でも、今の私は、「教養としての読書」はもういいかな、と思ってて。
幾つになっても、教養を深めるのはいいことだ。ただ、今の私には、教養よりも他に求めるべきものがあるんじゃないかと、くどいようですが人生の残り時間を考えると、思ってしまうのである。


社会学者の鶴見和子さんは、脳出血で倒れた後、こんな短歌を作られたそうだ。

片身(かたみ)麻痺の我とはなりて水俣の痛苦をわずか身に引き受くる /鶴見和子

ご自身が半身麻痺になったとき、「水俣病の患者の痛苦」に思いを馳せた鶴見さんに倣って、というわけでもないのだけど、私もまた『苦界浄土』を、今の自分と重ねつつ読んでいた。
もちろん、当初は原因もわからない奇病と言われ、公害と認められるまでに辛酸を舐めつくさなければならなかった水俣病の患者の痛苦を、『苦界浄土』を読んだだけで勝手に共感するのは、あつかましすぎるというものだろう。

ただ、私自身も精神疾患を含む重い病気をいくつか体験してきて、今現在も治癒しないと言われている再発癌の治療中で、しかも病人に対する無理解や蔑視や偏見をまざまざと肌で感じてきて——そういうことがあった今だからこそ、『苦界浄土』に描き出された水俣病の患者の苦しみが、少しだけリアルに感じられる。病気そのものの苦痛のみならず、患者が受けた有形無形の差別や無理解を、かつてよりもリアルに受け取ることができる。そういう面は確かにあるのだ。

痛みを分かち合うための読書。
気分転換の読書、愉しむための読書とは別に、そういう読書も、人生の残り時間でできたらいい。


『苦海浄土』第一部の白眉とされる「ゆき女きき書」は、実際には「聞き書き」ではなく、患者の心の中の言葉、声なき声を聞き取った石牟礼道子が、文字に写したものだった。そうであっても、この「語り」の価値は損なわれない。報道や学術用語では表し得ない「なまなましさ」が宿っている。

そして「天の魚」の章、不知火海の描写が美しい。海で獲った魚を、舟の上で食べるのがいちばん旨いという漁師。その美しい海や魚が、チッソ水俣工場からの水銀混じりの廃液で汚染されているとは、漁師たちは思いもよらなかったのだろう。
この美しい描写があればこそ、公害で「何が失われたのか」が、ありありと迫ってくる。失われたのは、患者の命や健康だけではない。彼らの生業が、豊かな幸をもたらす海が、失われたのだ。


第二部以降には、水俣市民による、水俣病患者に対する有形無形の差別や蔑視も、容赦なく記されている。
「……あの病気にかかったもんは、腐った魚ばっかり食べる漁師の、もともと、当たり前になか人間ばっかりちゅうよ。好きで食うたとじゃろうもん。自業自得じゃが。会社ば逆うらみして、きいたこともなか銭ば吹きかけたげなばい。市民の迷惑も考えず、性根の悪か人間よ。あやつどんは、こう、普通の人間じゃなかよ。……」
 (『苦海浄土』世界文学全集版 p.250)

水俣病発生から二十年近くを経て、加害企業であるチッソを提訴した患者たちに対する、水俣市民の声を、石牟礼道子が記したものだ。
公害の加害企業であるチッソは、地域の経済発展に寄与した一大企業であった。その恩恵を受けている地域住民にとっては、公害の被害を訴える水俣病患者は、目障りな存在だったのだろう。

石牟礼道子は、水俣病の患者に寄り添い、加害企業であるチッソへの怒りも胸に抱きつつ、しかし声高に非難することはない。静かな筆致で、チッソや国の、無責任な体質を暴く。


水俣病患者とチッソ社長とのやり取りに出てきた、このような一言も、琴線に触れた。
……症状というのはね、被害のほんの一面にしか過ぎないんです。
  (同書 p.582)

この一言の意味は、例えば次のような、石牟礼道子による地の文に照応するだろう。
 チッソ資料による水俣病患者一覧表記載の「自宅でぶらぶら。歩行やや困難」とは、田上勝喜および、彼の発病によってひきおこされたこの一家の苦難について、失われた歳月について、ひとことも語り得ていない。ましてこの一片の記載が、患者や患家の生活資金と行政当局からみなされている「見舞金」改訂の資料となるならば、その酷薄さはまことに空恐ろしい。
  (同書 pp.378-379)

私自身も、癌や精神疾患その他の病気を長く患ってきたから、思うことがある。
例えば、医師の「カルテ」には、病気のごくごく一部分しか書かれていない、ということ。
患者には、カルテには表記されることがない「生活」があり、そこにはもっともっと大きな困難や不安や苦痛や、ときにささやかな喜びもあるということ。
石牟礼道子の筆は、後者の「カルテには記載されない、患者のリアルな生活」を活写する。


上野千鶴子著『〈おんな〉の思想』は、石牟礼道子に一章が割かれているのだが、そこでこんな分析がされている。
『苦海浄土——わが水俣病』は三種類の文体で描かれている。ひとつは著者の「わたくし」を主語とする地の文章。もうひとつは水俣の方言とおぼしいはなしことば。もうひとつは医師の診断書や役所の報告書。とりわけ後二者は互いに理解不可能な外国語であるかのように本文中に説明なく投げ出され、通常のドキュメンタリーのように事件を追っていくのはむずかしい。……
 (上野千鶴子『〈おんな〉の思想』単行本版 p.41)

……その三つの言語を理解できるからこそ、互いに異言語を語るゆえに通じ合えぬ者たちをつなぐ「通辞」を、彼女はみずからに任じた。
 (同書 p.56) 

利潤を追求する企業の論理、医学や行政の論理、そして患者の生きた言葉。まるで異なる母層から生じた複数の言葉のそれぞれの意味を、石牟礼道子はかろうじて理解できるが故に、彼女は「通訳」のような役割を果たすことになった。
だから読者は、患者の立場に寄り添って記された本書から、水俣病をめぐる全体を透かし見ることができる。

私もまた、当時の水俣市民であったなら、患者に対して無言の(あるいは小声での)非難を向けたかもしれない。
あるいはもし、自分が当時のチッソに勤務していたら、患者の訴えを矮小化し、会社の責任回避に加担したかもしれない。
そんなことを考える。
今現在も、こういった社会的不正は、日本の、いや世界のあちこちで行われているのだろう。

水俣病が公害病であり、チッソが加害企業であることを、私たちはすでに知っている。
だから、今の時代に『苦界浄土』を読むとき、読者は、患者の立場に身を寄せるだろう。公害企業であるチッソは、悪役のように見えるだろう。

では、現在進行形で起こっている、似たような出来事について、私たちは、同じようなものの見方ができるだろうか?
被害者を力づけ、加害者に対する告発を応援する、そのような行動が取れるだろうか?

加害者が居直り、嘘をついて誤魔化す。被害者が責められ、貶められ、被害を矮小化され、告発を妨害される。これが水俣病の現場で起こったことだ。
現在進行形の社会不正においても、同じようなことが起きていないか。
世論が「加害者の味方」であるケースすら存在する。そうであっても、私たちは真実を見抜き、きちんと被害者と向き合えるのだろうか。
水俣病の歴史から、私たちはちゃんと学んできたのだろうか。

残念ながら、とてもそうは思えない。今も似たような社会的な不正義が横行しているのみならず、被害者に対する差別や二次被害も繰り返されているように、私の目には映る。

今も形を変えて、世界のあちこちで起こっている社会的不正の原型のようなもの。
『苦海浄土』は、その生々しい記録だ。


蛇足ながら、『苦海浄土』の読書と並行して、日本中世史研究の泰斗である網野善彦の『無縁・公界・楽』を読んでいたのだけれども、そこで小さなシンクロニシティを感じた。
網野善彦が描こうとした中世の海民の姿が、『苦海浄土』の「天の魚」の章に出てくる漁師と重なったのだ。「海の上におればわがひとりの天下じゃもね。魚釣ってるときゃ、自分が殿様じゃもね」と語り、釣った魚を船の上で食べる。この、都市ではあり得ない贅沢が許される場所は、「苦海=苦界」ではなく「公界」であり、網野善彦が見いだそうとした、日本の底流に息づく「自由」だったのではないか。そんな妄想をしてしまった。


本書を通じて知ったことを、今後何かに活かせるだけの時間が自分に残されているかどうかは、わからない。それでも、死ぬ前に、知っておいてよかったと思う。水俣病の患者が受けた痛苦を、わずかにでも知ることができてよかった。そういう読書体験もあるのだ。









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2017.11.18 Saturday 00:02
大江満雄という詩人をご存じだろうか。
たぶん、知らない人が多数派だと思う。
私が大江満雄の名を知ったのは、瀬尾育生著『戦争詩論 1910-1945』の中で、「とても奇妙な戦争詩を書いた人」として一章が割かれていたからだ。
その奇妙な戦争詩を通じて、大江満雄という人物に興味を持ったタイミングで、この『来者の群像』が出版されたのを知り、これも何かの縁かと思って手に取ってみた。

私の好きなタイプの本だ。歴史の表舞台には決して登場しない、けれどもその時代や社会の限界とがっちり向き合った人々の、生きた証が刻まれている。

戦前はプロレタリア詩を書き、検挙され転向して、戦時中は多くの戦争詩を書くことになった大江満雄。
その大江が、戦後間もない頃、ハンセン病者と出会った。正確に言えば、ハンセン病療養所の入所者の詩作品と出会い、それから約40年、彼らの詩作に伴走し続けることになったのだ。
まだハンセン病への偏見の強い時代に、大江は頻繁に療養所へ足を運び、ハンセン病者と飲食を共にしたという。

タイトルにある「来者」という語は、大江による造語だ。大江は、『論語』微子篇にある「来者は追うべし」にヒントを得て、ハンセン病の詩人を(「癩者」ではなく)「来者」と呼んだ。私たちに未来を啓示する「来たるべき詩人」を、ハンセン病の詩人の中に見いだそうとしたのだ。

ハンセン病は、戦後に特効薬が発売されて以降もずっと、国による隔離政策が続いていた(隔離政策については、「ハンセン病 Q&A」の説明がわかりやすい。患者隔離を定めた「らい予防法」が廃止されたのは、1996年のこと)。
発症後、療養所から一歩も出ることなく生活しなければならなかった人々にとって、「表現すること」は、自らを救う行為でもあったのだろう。「ホームレス歌人」がそうだったように。

ハンセン病の詩人といえば塔和子しか知らなかったけど、この本には、他のハンセン病者の詩もいくつか紹介されている。
この本に紹介されている中で、私の一番好きな詩を、以下に書き写してみる。

  病める樹よ
島比呂志


永遠の中の
一年がなかったら
永遠は存在しないということを
樹よ
よく考えてみるがいい

どこからか吹いてきた悪病に
おまえの枝や葉が
変形し
醜悪になったからといって
絶望してはならない
なるほど
風が吹けば
おまえは
仲間以上の危険にさらされるであろう
雪が降れば
ひとしお寒さが浸みるであろう
けれども
全力を挙げて耐えるがいい
ありだけの生命の火を燃やすがいい
やがて
おまえの生涯が終り
板となり
柱となる日
苦しみに耐えて来た
一年一年が
いかに美しい年輪となり
木目となることであろうか

樹よ
悪病を歎くことなく
ありだけの力で生きるがいい
やがて摂理の銛にかかる日まで
血みどろに生きるがいい
樹よ樹よ樹よ樹よ
病める樹よ!


来者の群像』pp.202-205(初出は『愛生』1952年11月号)

私もまた、病気と闘っている最中であるせいか、この詩の言葉に深く響き合うものを感じた。

「生きるとは、年をとることじゃない。いのちを燃やすことや」
これは、ハンセン病訴訟の原告の一人であった中山秋夫氏が語った言葉だ。
隔離政策によって、社会の片隅に追いやられた人の、人生の底の底から絞り出された、生命力をもつ言葉たち。

彼らハンセン病詩人を励まし、詩作を導いたのが、大江満雄だ。
大江は、ハンセン病療養所の園内誌で詩の選評をしていたのだが、この選評からも、大江の「本気」が伝わってくる。大江の文学観のみならず、人間観をも垣間見ることができて、興味深い。いくつか引用してみる。
「詩は反対の立場の人をも納得させることが大切だ。〔中略〕文学というものは敵を(敵とはラテン語では自分のもたないものをもっている者をいう意味があるという)射るものであり、そして共感にまで高めるものでなくてはならぬ」

「現代詩人は感傷性をきらうが、私は、感傷的にならざるをえない立場にある人に、感傷性をもつなということは、雨の中を傘をささずに歩む人に、雨に濡れるなというにひとしいと思う。〔中略〕感傷性には貴重な宝庫があり、泉があると、いうことを知り、それを発見する努力をしなければならないと思う。感傷は感情の傷みだから、それを自らが、いやし、自らが創造的な力に高めてゆくということが大切だと思う」

「『エゴを死刑にしてやりたい』これは、なかなかおもしろいが、〔中略〕エゴというものは社会愛人類愛と切り離すことはできないものだと思う。作者の自己にきびしい態度には好感もてるが、エゴを虐殺すると社会愛とか人類愛の精彩がなくなると思う。自我は人間の表現的実際活動によって社会我世界我に成長するといいたい」

来者の群像』pp.48-49(栗生楽泉園園内誌『高原』大江による詩の選評)

私もまた、細々と短歌を作っているので、上記の大江の評に感じ入るものがあった。と同時に、これらの言葉はとても高い理想を謳っていて、そう簡単に手が届くものではない、とも思える(「敵」が「納得する」だけでなく「共感する」詩って、どんな詩なんだろう…?)。

大江はまた、ハンセン病詩人にこんなアドバイスを送ったという。
「ハンセン病であることを外に強調するな、人間として純粋なものをうたえ」

個人の痛みから出発しながらも、より広い視野でものを見ること。そういう態度があってこそ、普遍的な人間のもつ深みへと到達することができるのだろう。
大江の文学観に同意するにしろしないにしろ、私もまた、表現活動するとき、立ち返りたい原点だ。

この本の巻末の「参考文献」の欄には、ハンセン病療養所で発行された園内誌が列記されている。
もしかしたら、誰の目にも触れないまま、埋もれてしまったかもしれない「来者」の言葉たち。
彼らの生きた証を、今この時代によみがえらせてくれた著者に、心からの賛辞を贈りたい。






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2016.06.28 Tuesday 21:42
十年以上積読状態だった本を読み終わったので、久しぶりに読書感想の更新。
石光真清の手記4部作、『城下の人』『曠野の花』『望郷の歌』『誰のために』です。

実は一ヶ月前に、本は読み終えていたのです。その後、癌の再発がわかり、新たな治療が始まったため、この感想は、途中で中断しつつ書きました。先へ進むほど文章が雑になっていくのはそういうわけで、そこはご容赦を。

さて、石光真清とはどんな人物か。
明治元年に鹿児島に生まれ、少年時代に神風連の乱、西南戦争を間近に見て育つ。陸軍幼年学校へ入学の後、日清戦争が初出征。その後ロシア研究を志し、ロシアに留学。日露戦争前夜のハルビンで諜報活動に従事する。日露戦争後は、大陸での事業の失敗、内地での郵便局長を経て、齢五十にして、ロシア革命の年、シベリア出兵前夜の極東ロシアで諜報活動を行う。
冒険小説のような展開でありつつ、明治・大正期の一日本人から見た歴史の側面、生活史としても興味深い。 「波乱万丈の人生」というのは、この人のためにある言葉かもしれない。

この手記は、もともと発表するつもりで書かれたものではなく、著者は死期に臨んで焼却を図ったらしい。著者の長男である石光真人が編纂し、世に出たのがこの4部作。

以下一冊ずつ、個人的にツボったところを紹介します。


城下の人―石光真清の手記 1 (中公文庫)
石光 真清
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石光真清は、明治初年、熊本の下級武士の四男として生まれた。明治生まれなのに、髪を結い、刀を差して、忠君愛国の武士道教育を受けて育つ。
十歳の頃に、神風連の乱、西南戦争といった不平士族の反乱を間近で見て、激動の時代の始まりとともに、少年期を過ごした。

個人的に感銘を受けたのは、次のシーン。
洋学を勉強している真清の兄らが、旧態依然とした神風連を冷笑したとき、父はこう言ってたしなめたのだ。
「洋学をやるお前たちとは学問の種類も違っているし、時代に対する見通しも違うが、日本の伝統を守りながら漸進しようとする神風連の熱意と、洋学の知識を取入れて早く日本を世界の列強の中に安泰に置こうと心がけるお前たちと、国を思う心に少しも変りがない」
(中略)
「いつの世にも同じことが繰返される。時代が動きはじめると、初めの頃は皆同じ思いでいるものだが、いつかは二つに分れ三つに分れて党を組んで争う。どちらに組する方が損か得かを胸算用する者さえ出て来るかと思えば、ただ徒らに感情に走って軽蔑し合う。古いものを嘲っていれば先覚者になったつもりで得々とする者もあり、新しいものといえば頭から軽佻浮薄として軽蔑する者も出て来る。こうしてお互いに対立したり軽蔑したりしているうちに、本当に時代遅れの頑固者と新しがりやの軽薄者が生れて来るものだ。これは人間というものの持って生れた弱点であろうなあ……」
この真清の父の言葉に、私も胸を打たれた。明治初期の無名の人物の口から、今の時代にも通じる人間観が語られる。この手記は読む価値がありそうだ、という手応えを得た瞬間だった。

この後、父の死、陸軍幼年学校へ入学、日清戦争へ出征、そしてロシア留学を決めるところで、この巻は終わる。



曠野の花―石光真清の手記 2 (中公文庫)
石光 真清
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この巻はめちゃくちゃ面白かった。読みながら、「事実は小説よりも奇なり」という言葉が何度も頭をよぎった。

真清のロシア留学、まず最初にたどり着いたウラジオストックには、僧侶に扮して諜報活動を行っている人物が登場する。すっとぼけた坊さんかと思いきや、日露戦争時に再開した彼は、軍服を着て颯爽と馬を走らせたというのだから、映画のような話である。

その後の真清は、馬賊の首領と親交を結んだり、諜報活動の一環として、ロシアが占領の手を伸ばしつつある満州ハルビンで写真館を開いたり……その写真館は、ロシア東清鉄道の御用写真館となり、大繁盛したというのだから、これも度肝を抜く話だ。

また、お花、お君という、馬賊の首領の妻となって活躍する日本人女性も登場する。男装したお花が、戦乱を逃れて真清の元にたどり着く展開は、まるで山田風太郎の小説を読んでいるかのように錯覚した。

件の写真館には、ロシア文学者・二葉亭四迷も立ち寄ったというエピソードも、興味をそそられる。
一冊だけ読むとしたら、この巻がおすすめ。



望郷の歌―石光真清の手記 3  (中公文庫 (い16-3))
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日露戦争従軍記から始まり、戦争終結後は、満州で起業しては失敗、を繰り返す真清。
日露戦争時、陸軍司令部からの命令が「全滅を期して攻撃を実行せよ」という唖然とする内容だった、とか、戦場で数々の戦死体を見てきた真清が、自殺した老大尉の部屋を気味悪がるシーン、そして戦後、「若者よ満蒙の天地が待っている」などと煽られて大陸に渡った日本人の末路などなど、興味深いエピソードが多々記されていた。
事業に失敗した真清は帰国して、世田谷の小さな郵便局長として、家族とのささやかな生活に幸福を見出す。



誰のために―石光真清の手記 4 (中公文庫 (い16-4))
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1917年、齢五十を前に、ロシア革命が波及しつつあるアムール河流域の都市ブラゴヴェシチェンスクで諜報活動を行うことになった真清。
レーニンのボリシェビズムが、極東の地でどう受け入れられ、また反発を招いたか、という記録として興味深かった。

「誰のために」というタイトルは、日本軍の中途半端な軍事行動への批判を述べる真清に対して、「君は誰のために働いとるんだ、ロシアのためか」と怒りをあらわにした上官の言葉から来ている。
この後の日本は、泥沼のシベリア出兵に踏み出すことになるのだが、直接この手記とは関わりのない話なので割愛。
晩年の真清は、「自分の人生は失敗だった」と語り、失意の日々を送ったようだ。


手記のあらすじはだいたいこんな感じでした。
以下は、全巻を読んで、個人的に連想したことなど。

石光真清という人は、私利私欲を超えたところで、「国のために」尽くした人物だ。
とはいえ、この手記からは、ガチガチの愛国者という印象は受けない。真清は馬賊やロシア人の懐に飛び込んで、彼らの信頼を獲得している。諜報活動をする人には、そういう「人なつこい」一面が必要なのだろうか。

ここで注目したいのは、真清がハルビンに諜報目的の写真館を開く際、軍籍を退き、「一民間人として国に尽くす」道を選んでいることだ。
この「軍籍を退いて、国のために諜報活動をする」という真清の決断に対して、反対の言を述べたのが、参謀本部の井口少将だった。その井口少将の言、なかなか興味深いので、引用してみる。
「なんで君は現役をやめたんじゃ。俺には理解出来ん。普通の手段では働けんから、身を犠牲にして丸腰になって大いに軍のために働こうというのだろう。それは駄目だよ。君が現役を退いた以上は、誰が一体君に命令するんだ。戦時職務は勿論あるが、平時はなんの責任もない商人一疋だからな。一体どんな成算あって、こんな乱暴なことをやったんじゃ」
(中略)
「……しかし、君考えて見給え、軍人といえども国家に対する責務を持てば、その反面、権利を与えられるのが当然じゃ。その点は軍人も文官も商人も皆同じことじゃ。君が現役を退けば、軍としては君に与うべき何ものもない。(中略)報酬もなく、地位もなく、ただ国家に対して、軍に対して、片務的に君が義務を負うという理由がわしにはわからん」

今の時代に生きる私たちの目は、この井口少将の見解の方が、「合理的」に映るのではなかろうか。
対する真清の答えは、「それは初めから覚悟しております」というものだった(『曠野の花』302〜303ページ)。もしかしたら、若さゆえの血気に任せた決断だったのかもしれない。だが真清は、命令ではなく、「自発的に」国に尽くし、「片務的に」義務を果たす道を選んだのだ。はっきり言ってお人好しすぎる。
当時の真清は「生涯この決断を後悔しない」と心に誓ったものの、後になって、民間人として職にあぶれ、不遇に甘んじることになった時、この井口少将の言葉が心に蘇ったようだ(『望郷の歌』91ページ)。

この手記を読む限り、真清は、国にいいように利用されたのではないか、という感想を抱いてしまう。
でも一方で、私利私欲で動くのではなく、個人の利害を越えた何かのために身を捧げる真清の生き様は、どこか眩しく映るのも事実だ。

人は、ただ単に、「自分一人の快楽のために」生きることは、実はそんなに楽しいことではないのだと思う。

快楽については、『望郷の歌』の末尾に、象徴的なエピソードが登場する。
真清が世田谷で家族との穏やかな生活を享受している時代、浮浪者となった古い知人が訪ねてくるのだ。放蕩生活の末、一文無しになった谷口という男の話は、含蓄に富んでいる。
「遊んで遊んで遊び呆けてから死のうと決心した人生行路だったが、実際にやってみると与えられた快楽や金で買った逸楽などは、過ぎてしまうと跡形もなく消えうせて、これで満足して死ねるという境地には、どうしても到達できなかった」というのである(『望郷の歌』218ページ)。

自分一人の快楽を求める生き方は、虚しい。
しかし、「お国のために」という生き方は、戦後日本では、さっぱり流行らなくなった。もしかしたら今後、「国家のために生きよ」という思想が強化されるのかもしれないけど、戦後ずっと長い間、「お国のために」という言葉は忌避されてきた。

「自分一人のため」ではなく、「国のため」でもないとしたら、人が、自分の利害を超えた活動をするのは、何のため、あるいは誰のためなのだろうか。

答えを言ってしまうようだけど、「家族のために」というのが、今の時代の落としどころになっている、みたいだ。
先日会った、とあるリベラル左翼系の学者の口から、「自分一人のために闘おうとは思えないけど、家族のためなら闘える」という言葉を聞いて、そう実感した(もっとも、左翼の場合、闘う相手は「国家権力」になるわけだけど)。

しかし「家族のため」という言葉が、すんなり受け入れられるのは、恵まれた家庭を持つ者だけだ。
今の日本には、家族を持たない、持てない人が、いくらでも存在する。

「自分一人のため」ではなく、「自分の家族のため」だけでもなく、「お国のため」でもない形で、個人の利害を超えた「公」に通じる道は、あるのだろうか。

これは、私にとって、ずっと前から引っかかっているテーマだ。
この手記を読んでも答えは出なかった。でも、これからもずっと、「誰のために」というテーマには、引っかかりを持ち続けるのだと思う。


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2015.10.13 Tuesday 23:11
前回の続き。
10月10日「お気に入りの本を紹介し合うオフ会」で、ブログ主が紹介した本について。
オフ会では話しきれなかった部分も付け足しつつ、本の紹介をここに記録します。


オープンダイアローグとは何か
斎藤環
医学書院
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フィンランド発の新しい精神医療「オープンダイアローグ」。
薬物療法が必須と考えられている統合失調症に対して、薬を使わずに「対話」だけで治してしまうという、画期的な治療法らしい。

魔法のようなメソッドがあるのかと思いきや、実際の内容はとてもシンプル。
精神疾患の急性期にある患者(あるいはその家族)から依頼の電話を受けたら、24時間以内に、2人以上の専門家(医師、看護師、心理士等)がチームを組んで患者に会いに行き、患者とその家族、あるいは患者にかかわる重要な人物を集めて、ミーティングを開くのだ。 そこで行われるのが「開かれた対話」。 ミーティングでは、「専門家が指示し、患者が従う」といった上下関係はなく、治療に関するあらゆる決定は、本人や家族がそろった場で、対話の中で決められるのだという。

私も統合失調症患者として興味をそそられる話で、昨年からずっと情報を追いかけてきたのですが、今年6月に待望の書籍化。私も発売と同時に購入しました。

この本の前半は斎藤環による解説で、後半はオープンダイアローグの第一人者セイックラ教授の論文が収録されている。

全編どこを取っても面白いんだけど、とりわけ興味深かったのは、オープンダイアローグで予後良好だった事例と、予後不良だった事例、それぞれの対話の一部が紹介されているところ。私には、専門的な分析はできないんだけど……ざっと読んでみた印象として、予後良好だった事例の会話は「妙につかみどころがなく、不思議な流れだな」と感じたのに対して、予後不良だった事例の会話は「意味がはっきり読み取れて、通常の診察の会話に近い」と感じたのだった。もしかして、通常の診察の場で行われるやりとりというのは、精神面においては、あまり治療的ではないのだろうか――などと考えてしまった。

両者の違いについては、斎藤環の解説部分にあった「精神分析が言葉をメスとして用いるというのなら、オープンダイアローグは言葉を包帯として用いる」(p.52)という一節に象徴されているように思う。

オープンダイアローグは、単なるメソッドではなく、生き方や考え方のようなものだという。
最近注目を集めている認知症のケア技法「ユマニチュード」の創始者イヴ・ジネスト氏もまた、「ケアには哲学が必要」と語っているのだけど、両者には通底するものがあるのではなかろうか。



ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)
藤子・F・不二雄
小学館
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つい先日、ブレンディのCM動画がネットで炎上したの、ご存じでしょうか? あの“卒牛式”CMで「ミノタウロスの皿」を連想した、という意見を目にしたので、読んでみた作品(炎上したCMはこちら)。
ちなみにオフ会参加者のうち、この炎上CMを知っていたのは、5人中2人(ブログ主を含む)だけでした。この炎上事件を知ってる人は「ネット廃人」ってことで決まりだね!

ドラえもんの作者、藤子・F・不二雄先生は、SF短編の名作を多数残していて、この「ミノタウロスの皿」もその一つ。
人間と家畜の立場が逆転した世界。食用として供される予定の少女・ミノアのセリフが圧巻。「ただ死ぬだけなんて……なんのために生まれてきたのか、わからないじゃないの。あたしたちの死は、そんなむだなもんじゃないわ。おおぜいの人の舌をたのしませるのよ。とくべつおいしかったら、永久に大祭史に名がのこるのよ。」
永井均の『マンガは哲学する』でも取り上げられている一節だ。私たちは、彼女を救うための、説得するための言葉を持っているのだろうか?

その他にも、可愛くて邪悪な「ヒョンヒョロ」とか、大人になった正ちゃん達が同窓会をする「劇画オバQ」とか、この文庫に収録されている作品は、なかなかの粒ぞろいです。



『KIDS!』(写真集) KIDS 絶版本なので、写真でご紹介。
海外の有名作家や俳優等の、子ども時代のポートレートを集めた小さな写真集。

個人的な一押しは、ユング少年(6歳)です。りりしい! ユング 他にも、ナボコフやヘミングウェイ、ピカソにトロツキー、ダイアナ妃やジョン・トラボルタ等の子ども時代の写真、みんなすっごくかわゆいのです。



13日間で「名文」を書けるようになる方法 (朝日文庫)
高橋源一郎
朝日新聞出版 (2012-04-06)
売り上げランキング: 356,180

一風変わった、というか、かなりヘンテコな文章教室だな、という印象。著者が大学で行っている「言語表現法講義」が元になっているようだ。

ここに引用されている文章は、短いながらどれも印象的。スーザン・ソンタグに荒川洋治、ハーヴェイ・ミルクやヴァーツラフ・ハヴェル(チェコの元大統領)の演説、どれもこれもかっこいい。ル・グィンの「左利きの卒業式祝辞」は、何度読み返したかわからない。数年前まではときどきTwitterに流れてきた、高橋源一郎氏による深夜の連続ツイートの原型は、ここにあったみたい(このブログの過去記事、このエントリこちらのエントリを参照)。

とりわけ感銘を受けたのは、大塚英志が編集した『私たちが書く憲法全文』にインスパイアされた高橋氏が、学生に「憲法前文を書く」という課題を出す部分。学生さん達の書いた憲法前文もすごく面白いんだけど、それ以上に、その課題の根底にあるポリシーの部分に、深く共鳴してしまった。

人は、いきなり「公的」なことを語るべきではない。文章は、「私的」ななにかから、書き始められるべきである。きわめて個人的な出来事から出発した言葉こそが、遠くまで届くのだ――これは、私がブログに「公的」な問題について書く際、自分に課していることでもある。

この本には、バラク・オバマの名を一躍有名にした、2004年の民主党大会での演説も登場するのだけど。オバマはこの演説で、まず自分のルーツから語り始めているんだよね(参照→http://d.hatena.ne.jp/krhghs/20080421/p1)。 公のことばでありながら、個人的なことばでもある。私が惹かれる文章は、あるいは自分が書きたい文章は、そういうものだ。

ちょっと自慢になっちゃうけど、つい数日前、拍手コメントで、当ブログの黒バス事件のエントリを褒めてくださった方がいたんですね。そのコメントには、「何かを語るとき、(素人の分際で)大義や倫理に照らして語ったり、評論的に距離を置いた書き方をしがちだけど、でも本当は体験に裏打ちされた表現こそ説得力を持つし、かつ傾聴に値するのだと思う」という一節があって。もう本当にその通りっていうか、自分がめざしている表現を理解してくれる人もいるんだなーと、嬉しかったです。

・・・ということをね、語りたかったんですよねー本当は。時間が足りなくて、オフ会ではほとんど話せなかったけど。



ふしぎな図書館 (講談社文庫)
村上 春樹 佐々木 マキ
講談社
売り上げランキング: 29,034

数年前、初めて読んだ村上春樹作品。ハルキはずっと食わず嫌いだったけど、この本読んで、「あれ、ハルキってけっこういいじゃん?」って思ったのでした。
「新月の夜は、盲目のイルカのようにこっそりとしのびよってきた。」とかね、これが噂の春樹レトリックかーと。
そして読後に残された一抹の孤独と寂寥。これが村上春樹だというなら、私はけっこう好きかもしれない。そう感じた作品でした。
佐々木マキさんのイラストも、ファンタジー調で可愛いです。
ちなみにこの小説には複数の版があって、昨年出版された『図書館奇譚』は、もっとダークなイラストで、ホラーっぽい。
短めの小説であっという間に読めるので、ハルキ食わず嫌いの方にオススメです。


あと、エフェメリス(占星天文暦)も持って行って、参加者の皆様のホロスコープを作って占っちゃおう! と思っていたのですが……そこまでの時間は残されていなかったのです。残念。


というわけで、最近ロクに本のレビューも書いてなかったので、がんばって紹介を書いてみました。
オフ会に参加されなかった皆様にも、おすすめしたい本たちです。






| ●月ノヒカリ● | 読書感想 | comments(6) | trackbacks(0) |
2014.10.01 Wednesday 23:06
伊藤 洋志
東京書籍
---
(2012-07-02)
コメント:非バトルタイプの働き方

ネットで発信するようになってから、気づいたことがある。心身の病気で休職中だとか、事情があって仕事を辞めて今は無職という人が、思いのほか多いということだ。

そんで、自分も含めて、無職の人は、一度くらいは考えたことがあるのではなかろうか。「雇用されるのではなく、仕事を自分でつくることはできないものか」と。

今どき「仕事は自分でつくれ」系のビジネス書(『月3万円ビジネス』とか)なんて、さほど珍しくないのだろう。
そんで、普通の人がそれを読んで実践しようとしても、まず挫折するのが定石だ。

仕事を自分でつくれる人って、そもそも優秀で、社交的な性格で、健康な人なわけですよ。
とりたてて取り柄のない、人嫌いのヒキコモリ病人が真似しようとしても、無理があるわけで。
だから多くの人は、自分の心身を削ることになるとわかっていても、雇用労働に戻るしかないのが現状です。

そういうことを多少は理解しているから、私は、安易にこの手の本を礼賛するつもりはない。 『ニートの歩き方』のphaさんが健康で優秀な男性であるのと同じく、この『ナリワイをつくる』の著者もまた京大院卒、経歴を見たら「常人には真似できないレベルの優秀な人」で、凡人が夢を見すぎるのは危険だとは思う。

でもここに書いてある内容には、かなりシンパシーを感じてしまったのも事実だ。
『ナリワイをつくる』で提唱されているような、「自分自身が楽しく働けて、人の役に立ってるという実感が持てて、かつ心身の健康を損なわない働き方」って、多くの人にとって理想的な生き方ではなかろうか。でも実際のところ、そういう働き方ができてる人って、どれほどいるのだろう?
私が今の雇用労働に疑問を感じるのは、自分が経験してきたそれが「誰の役にも立っていない仕事」としか思えなくて、しかも「心身の健康を損なうほど苦痛」だったからだ。

そんなわけで私は、こういう『ナリワイをつくる』的な生き方、実践は難しいと思いつつ、捨て難いものを感じてしまうのです。

まず、「ビジネス」ではなく「ナリワイ」と呼ぶところがいい。「自分の生活からまれる」、仕事であり生活であり同時に遊びにもなり得る働き方、それを著者は「ナリワイ」と呼ぶ。じんわりとした味わいのある言葉だ。

この『ナリワイをつくる』とは対極的な視点に立つ本がある。ベティ・L・ハラガンの『ビジネス・ゲーム』だ。
『ビジネス・ゲーム』は、1977年にアメリカで出版され、 翻訳初版は1993年。今年4月にアナウンサーの小林麻耶さんが朝日新聞の書評欄で絶賛したため再び脚光を浴びた、働く女性のための「男社会であるビジネスの世界のルールを解き明かした本」だ。

ビジネスゲームのルールの基本は、「会社というのは、ピラミッド型の軍隊組織」ということらしい。こういうこと、男性なら当たり前に知ってることなのかもしれないけど、女性にとっては未知の世界、「暗黙のルール」みたいなもので、だから女性が会社で働くときに戸惑うことが多いみたいだ。『ビジネス・ゲーム』の解説を書いているのは勝間和代さんなんだけど、彼女のようなキャリアウーマンを目指す女性には、きっと得るものがたくさんある本なのだろう。

この『ビジネス・ゲーム』が正規の軍隊だとするなら、「ナリワイ」は、ゲリラ型のネットワーク形成を志向する働き方だ。
一つの会社の中でキャリアを積むのではなく、普段の生活の中から小さな仕事を見つけるという働き方。一つの仕事だけでは収入が足りないけど、複数の仕事を組み合わせれば生活できる。それでも生活費が足りないのなら、支出を減らせばいい。いちばんお金がかかるのは住宅費だから、家を自分で建てちゃえばいい!――とまあ、ここまで言われると、普通の人は「無理無理無理無理……」ってなりますよね。私もそうです。でも、そういう実現困難なことは横に置いておいて、とりあえず「余計な支出を見直す」「生活するのにどれくらいお金が必要か把握する」ことなら、今すぐにでもできそうだ。

「ナリワイ」に厳密な定義はない。「自分自身が熱望するものをつくる」「売り上げよりも内容を重視」「個人で始められる」「提供する人、される人が仲良くなれる」といった大まかな方向性はあるものの、「弱いコンセプト」に過ぎない。会社なら「詰めが甘い!」と叱られそうなものだが、そういうゆるい考え方の中でこそ、実践できることもあるのだという。

「ナリワイ」のコンセプトで、個人的にいちばん感銘を受けたのは、「お客さんをサービスに依存させない」というポリシーだ。
ナリワイでは、自分もお客さんも生活自給力をつける方向を目指す。だから、「お店」よりも「ワークショップ」に近い。それも「募集開始すぐに満席」ではなく「ぼちぼち人が集まる」ようなワークショップ。それが例えば「自分で家を建てるためのワークショップ」なら、「お客さんが自分自身で家を建てられるようになる」ことを目的とするのであって、「お客さんの代わりに家を建ててあげる」のではない、ということだ。

著者がこれまでに実践してきた代表的なナリワイとして、「モンゴル武者修行ツアー」と「木造校舎での手作り結婚式」が挙げられている。(著者のナリワイウェブサイトにも概要が掲載されている。)

モンゴル武者修行ツアー」はそもそも、著者自身が「観光地をスタンプラリーのように回る従来のツアー」に不満を抱いていたことから、産まれた企画だ。
そう、「自分自身が違和感を持つこと」や「困った経験」こそが、ナリワイの種になるのだ。そして、プロではないからこそ、専業の人にはできない、より本質的な仕事ができるのだという。
専業の旅行会社では、ホテルやお土産屋からのキックバックで、低価格のツアーを実現している。しかしお客さんにとっては、行きたくもない土産物屋に連れて行かれるのは、不本意だろう。
それに対して著者は、効率やスケジュール重視ではなく、自分自身が好きな場所・やってみて面白かった活動を、お客さんに体験してもらう。そういう趣旨に同意する人だけが参加できるツアーなのだ。
「モンゴル武者修行ツアー」のサイトを見ると、ものすごく注意書きが多く、参加者のハードルを上げまくっているのが見て取れる。それもこれも「アクシデントを歓迎するような本来の旅の醍醐味を生み出すためには、受け手側の協力が欠かせない」という著者のポリシーから来るのだろう。

木造校舎での手作り結婚式」というナリワイもまた、専業のウェディングプランナーを抱えるブライダル業界ではないからこそ、さほど高価格ではなく、凝った内容の結婚式を実現できる。司会者はプロではなく、新郎新婦の知り合いから探す。それこそが「友人・知人が集まって新郎新婦を祝う」という本来の結婚式の趣旨に沿うの会になるではなかろうか。その代わり「ノーミスでスケジュール通りの結婚式」にはならない。その点は、新郎新婦にもリスクを負担してもらうのだという。

こういう感覚――つまり、「サービスの受け手にもリスクを負担してもらう」「良い仕事の実現のためには、お客さんの側の協力も必要」という考え方は、一般の接客業にも必要とされているのだはなかろうか。
「お客さんの要望には全て応えなければならない」という接客態度はどこか歪だし、モンスタークレイマーの温床にもなり得る。
「ゲストになるのも資格が必要」という感覚、今のサービス業でも、もう少し考慮されてもいいように思う。


一方、この本を読んでいて最も抵抗を感じたのは、「友達」とか「仲間」という言葉がさらっと出てくるところかな。
「飲み会するお金が無ければ、料理上手な友人に頼んでホームパーティを開けばいい」とか、「一緒に仕事をすれば仲間が増える」とか、コミュニケーション弱者のヒキコモリからするともう「どこの世界の話だよ」って感じで。

これについては、元ひきこもりの上山和樹さんのブログ記事を思い出したので、ちょっと引用したい。
しかし私はむしろ、その「仲間」こそが難しい。つながろうという願望はどこかで多くの人が抱えていても、実際につながろうとすると、作法が分からない。仲間というのは、「集まればできる」ものではないでしょう。人の集まりには、仲間よりはむしろトラブルがあります。

 目指すべき包摂性のスタイル(Freezing Point)
ひきこもり経験者とかコミュニケーション弱者なら、上山和樹さんに共感するのではなかろうか。

実際、「仲間をつくる」のって、難しいんですよ。
さらに言えば、ボランティアやお手伝いなら可能でも、それを仕事にして収入を得ようとすると、ハードルが一気に高くなるんですよ。
まあでもそれについては、「サッカーをするとき、いきなり公式試合に出るのは無謀で、まずはボールを触るところから始めよう」という著者のアドバイスは正しい。今の自分に無理なくできることから始めるしかないのだろう。


ただ本当に、自分がネットで発信し始めてから見えてきたことだけど、ネット上で見かけるひきこもり経験者には、「人の役に立つことをして、収入を得たい」と望んでいる人が多いように感じる(自分も含めて)。私たちがそう望むこと自体は、決して間違ってないはずだ。
なのに、雇用労働の場では、「人の役に立っている」という実感を得られる人は、そんなに多くはない。しかも今の雇用労働は、就職するまでもした後も、競争が苦手な非バトルタイプには厳しすぎる戦場だ。

もちろん、日本企業がグローバルな競争力を高めることは、必要なのでしょう。ビジネスゲームに向いている人もいるでしょう。
でも、明らかに適応できない非バトルタイプの人間までも、ビジネスの戦場に引きずり出すのは、さすがにおかしいのではないか? と私は感じてしまう。そうしたところで、誰も幸せにならないのだから。

今の安倍政権が主張する「女性の活躍推進」というスローガンに、私は何とも言えない違和感を持ってしまうのだけれども……その違和感の一つは、女性に「ビジネスゲームへの参戦」を促しているように感じるところだ。
しかし現在、男女を問わず、ビジネスゲームの場で「心が折れた」とか「体を壊した」結果、ドロップアウトした人も、たくさんいる。そういう人たちの中には、優秀な人、キラッと光るものを持つ人、「人の役に立ちたい」と望んでいる人も多い。

今の日本にも、「眠っている人材」って、存在すると思うんです。
女性だけではない。非バトルタイプで、競争が苦手で、ビジネスゲームに適応できなかった人たち。そういう人たちを再び戦場に追いやるのではなく、心身の健康を損なわない範囲で「人の役に立つ仕事」を模索できるようにすること。そういう方向性も、日本の未来のために必要なのではなかろうか。

例えば、「経済的な理由で塾に通えず、学校の勉強についていけない子どもに勉強を教える」とか、「外出が困難な高齢者のための買い物代行」とか、そういう小さな仕事。そのために「NPO法人を設立しなきゃいけない」とか「資格取得が必要」となると、一気にハードルが上がってしまうので、もっとナリワイ的なゆるい感じの仕事にすれば、働ける人も増えるのではないか。その結果、社会問題も(一部)解決してしまうという、一挙両得の働き方とならないだろうか。

それなら「まずお前がやれよ」などと言われそうだけど、行動力のない病気持ちのコミュ障には難し過ぎて、今の私には、「とりあえずブログに書いてみる」ことしかできないのだけれども。
でも、そういうナリワイ的な生き方、もう少し受け入れられてほしい。戦うのが苦手な人も、それなりにお金を稼げるようになるといい。心からそう願っている。

手近なところでは、このブログも、「ナリワイ」的な方向性でやっていきたいと、ひそかに考えている。 「頑張ってアクセス数を増やそう」とはせず、自分が本当に面白いと思えることだけを追求し、読んでくれる人も私自身も共に成長していけるように。
(まあ、そうしたところで、このブログの収益なんて月収数百円なのですがorz)

「自分で仕事をつくる」なんてそんな簡単ではないとわかっているけど、それでも自分なりの働き方を模索している人を、私は応援したい。
そういう人たちには、「一緒にがんばろうね」って言いたい。
ナリワイ的な生き方をするために、今自分にできることを、ちょっとずつでもやっていけたらいい。
『ナリワイをつくる』を読んで、改めてそんなことを考えたのだった。


ビジネス・ゲーム 誰も教えてくれなかった女性の働き方 (光文社知恵の森文庫)      




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