2009.10.16 Friday 22:29
えーと、以前WEB拍手レスで書きましたが、栗本薫の東京サーガ完結編『ムーン・リヴァー』、私は読まないつもりでした。
翼あるもの・下巻』と『朝日のあたる家』(II巻まで)は、本当に大切な大切な作品なので、『嘘は罪』を読んだときのような、ガッカリ感を味わいたくなかったから。

でもね、森田透を愛する方からコメントいただくと、「これは私に読めってこと? 読めってことなの?」みたいな圧力をひしひしと感じてしまって(いや、決して悪い意味ではないのですが)。

結局『ムーン・リヴァー』買うことにしました。
といってもどこの書店探しても売ってないので、某ネットショップでポチりましたが。
届くのはもうちょっと先のことだし、届いてもすぐに読むとは限らないし、読んでも感想書くとは限らない(というか書けないかも)のですが。
たとえネットショップであっても、普通「お買い物」って、もっとワクワクするものなのに、こんな憂鬱な気分になる買い物は、初めてです……。

それでも、今から20年以上前に出版された小説の登場人物が、今でもこんなに愛されているっていうのは、すごいことだと思います。

森田透に対する愛は、今でいう「萌え」とはまったく異なるものだ。
「恋愛感情」でもない。
ただ彼は、本当に「特別な人」だ、としか言いようがない。
ここまで小説の登場人物に思い入れするのって、そういう経験のない人には「気持ち悪い」というか、ドン引きされたりするんですが。
ブログって、思う存分「愛」を叫んでも許されるから、好きです。

それをちゃんと表現するためには、『翼あるもの・下巻』と『朝日のあたる家』を再読して、感想を書くべきなんですが……この二作品は、今でも皆に愛されていることがわかっているので、私が書くこともないのかな、と。

ただ、『終わりのないラブソング』は、ちゃんと評価されていないように感じるんですよ。あの作品はつっこみどころも多いんですが、やっぱりリアルタイムで、すごく感情移入しながら読んできた読者として、ちゃんと評価しておくべきではないか、と思ってるんです。
でもそれを語る前に、まず『JUNE』について語らなくちゃいけなくて。

今でも待ってくれてる人がいるかどうかわかりませんが、来週あたりから、「なぜやおいが好きなのか」の答えをちょっとずつ書いていこうと思ってます。
延び延びにしてきたけど、やっと語る気になりました。
でも、ちょっとずつ、ボチボチって感じでやっていく予定ですので、まあ気長にお付き合いいただけると、ありがたいです。

「なぜやおいが好きなのか」について読みたい人って、いるんでしょうか?
| ●月ノヒカリ● | 栗本薫(中島梓) | comments(4) | trackbacks(0) |
2009.08.21 Friday 22:23
「私にとっての栗本薫」、ちょっと遅すぎる追悼文であり、私から薫への最初で最後のファンレターでした。
これで薫から卒業できるかなーと思ったんですが、甘かったです(笑)
私の中には、梓遺伝子がすでに組み込まれていることを再確認しただけでした。
中二病って、一生治らないものなんですね。あーあ。

で、今回、薫(梓)について書いていて思ったこと。
とりあえず、神楽坂倶楽部の過去ログが消されていてよかった。
もう、もうね、あれはファンとして悲しかった。
交信、いや更新日記と称する意味不明の文章が、毎日毎日毎日毎日、約8年間、増殖し続けたこと。あれは怖かった。ホラーだった。
とにかくアレは「プロの作家」が書く文章ではなかった。
アレが現存してたら、私の薫への愛は、半減、どころか消えてなくなります。
過去ログを梓が逝く前にスッパリ消したのは、ナイス判断だったと思う。
梓グッジョブ!!
更新日記と称する駄文も、油ぎった料理レシピも、すべて「なかったこと」にしてしまおう。そうだ、そうすればすべて丸くおさまるのだ!

というわけで、栗本薫についてはこれでおしまい。にするつもりだったんですが、今回いろんな方からコメントやメッセージをいただいて、すごくすごく嬉しかったし、楽しかった!です。
やっぱり私、今でもグインサーガ好きです。
だからまた、好きだったシーンの思い出話とか始めるかもしれません。
そのときはぜひ、薫ファンの皆様また遊びにきてくださいね。
っていうか私は、グイン123巻で止まったままなんですが、続き読まれた方、どんな感じだったか教えてください。
拍手コメントへのレスは、後日改めてさせていただきますので、もうしばらくお待ちくださいね。
拍手いただいた皆さん、コメントくださった皆さん、本当に本当にありがとうございました!!

私の「やおい」をめぐる旅は、まだまだ続く予定です。このあと、「私にとってのJUNE」、『終わりのないラブソング』について、それから「なぜやおいが好きなのか」の答えを順に書いていこうと思います。
実は、結論めいたものはすでに私の中にあります。
ただ、それを最初に書いてしまうと、このブログは終わってしまいます(笑)
なので、まあ順番にってことで。
でもね、このテーマ真面目に追究するのって、結構疲れるんだわ。今回、なんか体重減ったし。
っていうわけで、次回からちょっとテーマ変えます。

月ノヒカリは常に拍手に飢えています。
拍手がゼロだと、本気で泣きたくなります。
拍手はブログ主を幸せにします。
クリックひとつで、一人のダメ人間を幸せにできる。素晴らしいことだと思いませんか?
拍手及びコメントは、24時間年中無休で受け付けております。
どうか皆様、遠慮なくベシベシ拍手クリックしてやってください。
では私はこれから、「のだめ」の新刊を読みます。やっと読めるわー。

メンヘラに愛を!ダメ人間にもっと光を!
| ●月ノヒカリ● | 栗本薫(中島梓) | comments(2) | trackbacks(0) |
2009.08.19 Wednesday 21:17
『コミュニケーション不全症候群』を読んだ当時、十代だった私は、「あとがき」に書かれた以下の文章が、胸に突き刺さった。
私が一番怖いのはマトモな人です。(中略)そういう人、つまりは由緒正しいお父さんとお母さん軍団のために私たちはこんなに苦しまなくてはなりませんでした。私たちは誰だって本当は父殺し、母殺しを夢見ている子供部屋の奴隷たちだったのではないでしょうか。かわりに女高生を監禁したかもしれない。かわりに幼女をバラバラにしたかもしれない。父を殺し、母を殺す金属バットを持つ力がなかったのだから。そういったら父や母はどれほど驚くでしょう。そして叫ぶでしょう。<我々の何が間違っていたのか>と。そう、彼らはきっと間違っていなかったからいけなかったのでしょう。父よ、母よ、あなたたちはいつだって正しかったのだから。
   (『コミュニケーション不全症候群』P.333)

『コミュニケーション不全症候群』のJUNEに関する考察の中で、中島梓は、こういうJUNE的な作品を描いた作家たちについて、自分の知る限り、いわゆる「欠損家庭」の出身者が一人もいない、と述べている。
私自身も、両親そろって健在で、おそらくごく普通の「幸せな家庭」に育ったと思っている。
ただもう、私もはっきり言っちゃうね。
「幸せ家族」は地獄でした。
ものすごく息苦しかった。
昔も今も、ときどき十代の子どもによる「親殺し」の事件が起こるけど、新聞報道ではたいてい「ごく普通の、仲のいい家族だった」って言われている。
それ、すごくわかる気がする。
なぜ「幸せな家庭」に育ちながらこんなにも息苦しいのか、その答えを求めて、私は90年代後半に、社会学者である宮台真司の著作を読みあさったりするのだけど、それはまた別の話。


『コミュニケーション不全症候群』のあとがきは「遠くにいる友へ」という副題をつけられ、以下のような文で締められている。
もっと勇敢に、もっと目障りに、もっとアナーキーになりたいと私はいま切実に願っています。自分の勇気のなさがとても悲しいです。私の怒りがもっともっと燃え広がればよいと思っています。そうしたらその火はきっと孤独のなかでとざされているあなたをあたためることができるだろうから。あなたにはきっとおだやかなぬくもりなどではなく、激烈な火こそが最初に凍りついたそのからだをとかすために必要であろうと思うから。私はここにいます。そうしてあなたにとって私がここにいて、そして同じ怒りを胸にいまなお苦しまなくてはいけないことが、何かの助けになるなら私の苦しかったことにもよかったことはあるなあと思ってます。これはそういう<あなた>にあてて書いた最初の本なのです。
   (『コミュニケーション不全症候群』P.333-334)

中島梓は、裕福な家庭で、何不自由なく育ちながら、自分を「抑圧された不幸な弱者」だと感じていた。
私もまた、決してお金持ちではないけれども、ごく普通の、恵まれた家庭で育った。
でもずっと苦しかった。
息苦しくて、生き苦しくて、でも自分を苦しめているものの正体がわからなくて、だからこそ余計に苦しかった。

でも寂しくなかった。
あなたがいてくれたから。
あなたが私をあたためてくれたから。

どこにも居場所のなかった十代の私を、受け入れ、育ててくれた栗本薫=中島梓に。




        そばにいてくれて、ありがとう。








とりあえずこれで一区切り。感想等いただけたら嬉しいです。
| ●月ノヒカリ● | 栗本薫(中島梓) | comments(7) | trackbacks(0) |
2009.08.18 Tuesday 20:48
男同士の恋愛をテーマにした小説やマンガ―――しかし現実の同性愛とはかけ離れた女性向けファンタジー作品―――を扱った異端の雑誌『JUNE』は、1978年に創刊された。
JUNE的なテーマの小説を書き、同時に「小説道場」を『JUNE』誌に連載しながらJUNE作家を育てた栗本薫=中島梓は、この雑誌を生み、育てた偉大な功労者の一人だ。

私が『JUNE』のリアルタイムの読者だったのは、1988年〜96年頃にかけてのことだった。
その当時であっても、『JUNE』という雑誌を買うのは、かなり後ろめたい、恥ずかしいことだった。
友達にも『JUNE』を読んでるなんて簡単には言えなかった。
これは現在の腐女子も事情は同じだと思うけど、カミングアウトする相手は、慎重に、よくよく選ばなければならなかった。
十代だった私は、そんな思いをしてでも、『JUNE』を読まずにはいられなかった。それほどまでに切実に『JUNE』を必要としていた。
当時のすべての読者が、そこまで切実だったとは思わない。

ただ私が『JUNE』を読んでいた当時、読者欄にしばしば拒食症、あるいは不登校の少女からの深刻な内容の投稿があった。
1988年から1995年にかけて『JUNE』に連載されていた栗本薫の「終わりのないラブソング」もまた、そういった少女たちの絶大な支持を得ていた。
私自身は、拒食症も不登校も体験していないけど、そうならずにすんだのは『JUNE』という居場所があったからだと思っている。

当時『JUNE』は、一部の少女たちにとって、この社会で息もできなくて窒息しそうになっていて、でも『JUNE』という場でかろうじて息ができる。ここに来てはじめて、「私は生きていていいんだ」って思える。そんな場所だった。
『JUNE』は、この社会の中でどこにも居場所を見つけられなかった少女たちにとって、大切な、かけがえのない居場所だったのだ。

栗本薫=中島梓は、「小説道場」において、あるいは『終わりのないラブソング』等の小説作品を通じて、『JUNE』を切実に必要とする少女たちを育て、導いてきた「母」のような存在だった。


| ●月ノヒカリ● | 栗本薫(中島梓) | comments(0) | trackbacks(0) |
2009.08.17 Monday 20:30
(「私にとっての栗本薫3」からの続きです。)

栗本薫=中島梓は、この社会の中で「一見してわかりにくい弱者」の存在に、敏感だった。
そのことが、『コミュニケーション不全症候群』の冒頭で語られている。

戦後、日本は豊かになった。医学も発達した。貧しい社会なら「間引き」あるいは「自然淘汰」されていたであろう「弱者」であっても、生きてゆけるだけの経済的なゆとりができた。
だがそれは、そのままでは生きる力を持たない、自分の居場所を自力で確保することもできない「弱者」にさえも、自力で生き延びることを強いる、地獄のように生き苦しい社会のはじまりだった。

中島梓は『コミュニケーション不全症候群』P.37で、「満員電車で人のことを考えてあとに引き下がっている人間はたぶんどんどん電車に乗り遅れるであろう」と表現している。
現代は、満員電車で他人に先を譲りがちな、気の弱い、言い換えればむしろ心優しい人間にとって、とりわけ生きづらい。

そして栗本薫自身もまた、「一見してわかりにくい弱者」だった。
栗本薫は、裕福な家庭に育ち、お嬢様女子校から一流大学を卒業し、若くして作家デビューした、一見して「恵まれた存在」だ。
なぜ彼女が自身を「抑圧された不幸な弱者」だと感じていたか、疑問に思うのも当たり前だと思う。

しかし、栗本薫には、重度の障害者で、寝たきりの弟がいたという。これは全く私の憶測だが、そのことによって幼い子ども時代の薫は、様々な「我慢」を強いられたのではないだろうか。
今でこそ、「障害児をもつ家庭では、健常者の兄弟姉妹への心のケアも必要」などということも言われているが、当時はそんな発想なんてなかった。
たぶん彼女は、「お姉ちゃんだから、健康なんだから我慢しなさいね」というようなことを言われながら育ったのではないか。
障害をもつ子どもが家庭にいる場合、両親は健康な子どもに割く時間よりも、より多くの時間を、障害を持つ子どもの方に割かざるを得ない。
薫は、「もっと私を見てほしい。もっと私を愛してほしい」と訴えていたのではないか。

あるいはまた、薫は一家のただ一人の跡取り娘として、両親の期待を一身に背負っていたと想像できる。それは、彼女にとって「重荷」ではなかったか。

そして彼女もまた、社会不適応者だった。彼女は大学卒業後、作家デビューするまで、定職に就いていないはずだ。彼女はその並外れた小説の才能があって初めて、やっと社会の片隅に居場所を得られる、そんな存在だった。(それでもまあ、人に誇れる才能のひとつもないブログ主から見れば、羨ましい限りですが。)

そんな彼女が、「これを書かなければ生きてゆけない」という切迫した気持ちで生み出したのが、『真夜中の天使』や『翼あるもの』といったやおい(JUNE)作品だった。


何かいろいろ勝手なこと書いてます。間違いがあれば指摘してください。
| ●月ノヒカリ● | 栗本薫(中島梓) | comments(0) | trackbacks(0) |
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