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2020.09.12 Saturday
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2017.10.19 Thursday 23:17体調を崩してから、ブログでの短歌の発表はお休みしていたのですが、短歌自体は、たまーに、ぽつぽつと作っていました。
今回は、これまでに作った短歌をちょっとだけ、ここに公開します。
まずは、秋になったので、この歌を。
すずやかな銀杏並木が黄水晶(シトリン)のしずくを散らすあきかぜの道
ツイッターで相互フォローしていた、あきかぜさんのお名前を短歌に詠み込んでみました。ツイッターで短歌を発表していたとき、ふぁぼってもらえたのが嬉しかったので、お礼の気持ちを込めて。
この短歌、実際に作ったのは今年の4月頃だったんですが、秋になるのを待って公開することに。
イチョウの葉が色づくのはもう少し先ですが、家の近くにも銀杏並木があるので、いずれ黄色に染まった並木道の写真を撮れたらいいなーと思ってます。
水に舞う瑞鳥の羽(はね)はろばろと来世を照らせ紫苑いろの灯(ひ)よ
折句のような形で、人名を詠み込んでみました。
以前、当ブログで実施した「短歌クイズ」のような読み方をしていただくと、とある方の名前が出てきます。
もう一首だけ。
背中には翔べないままの泣きそうな翼があった ここだけの呪詛
これも折句の形で、とある方の名前を詠み込んだ歌です。
こういう折句の短歌をサラサラーと作れたら、もしかしたら商売として成り立つのかなあ——などと考えないでもないのですが。
ただ、ハンドルネームでもペンネームでも実名でも、人の名前を短歌に詠み込むのは、多少なりともその人に対する親愛の情を抱いていなければイメージが湧いてこないので、量産はできそうにないんですよね。残念ながら。
ところで、人名を短歌に詠み込んだ例で思い出したのですが、こんな歌があります。
塚本邦雄の『新撰 小倉百人一首』の冒頭に掲げられた序歌です。
きらめくは歌の玉匣(たまはこ)眠る夜の海こそ千尋やすらはぬかも /塚本邦雄
文庫版の解説によると、この歌には、親しい編集者の箱根裕泰(はこね・ひろやす)氏の名前が詠み込まれているとのこと(「玉匣(たまはこ)眠る」に「はこね」、「千尋(ちひろ)やすらはぬかも」に「ひろやす」が隠されています)。
こんなふうに、人の名前を短歌に詠み込めるテクニックがあれば、表現の幅も広がりそうですね。私もいずれ、こういう短歌も作れるようになりたいなあ。
ところで、上に引いた歌の意味ですが、文庫版の解説には、〈古典和歌という「歌の玉手箱」の中から、夜も眠らずに、珠玉の和歌ばかりを百首選んだ、という自讃の歌〉と書いてあったんですけど……私は、そんなふうには読めなかったんですよね。
私の解釈は、こんな感じです。
「きらきらした歌のたくさん詰まった宝箱が眠っている、深い深い夜の海。それを思い浮かべると、心がはやって気持ちが休まるときもない——」
実際、この『新撰 小倉百人一首』には、きらきらした和歌がたくさん詰まっていて、たまにページを開いては、うっとりしています。
話が前後しますが、この本の内容をさらっと説明しますと。
前衛短歌の巨人・塚本邦雄は、藤原定家が選んだといわれる「小倉百人一首」の歌を、「凡作ばかり」と一刀両断してるんです。
古典和歌にも造詣の深い塚本が、百人の作者一人一人にとって「これぞ真の代表作」という一首を選び直したのが、この『新撰 小倉百人一首』です。
この本を読んでいると、塚本邦雄に洗脳されて、百人一首の歌が本当に「凡作ばかり」に見えてくるから怖い。
旧かな旧漢字表記の美文調なので、読みやすくはないのですが、一度ハマると癖になります。
今回はこの辺で。
※10/21(土) 短歌を少し修正しました。
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