2010.05.01 Saturday 17:31
評価:
宮地 尚子
大月書店
¥ 2,160
(2010-01)

ジェンダーとかセクシュアリティとかトラウマを専門とする精神科医によるエッセイ集。
「傷を愛せるか」というタイトルに目を惹かれて、読んでみた。

「傷」に対応する言葉といえば、「治す」「癒す」、あるいは反対に「えぐる」という動詞などが思い浮かぶ。
じゃあ、「傷を愛する」ってどういうことだろう?
いきなり結論を書くようだけど、この本には、心をふわっと包み込んでくれるような優しいフレーズがちりばめられていたので、以下に引用。
 傷として名づけること。手当てされた風景を残すこと。それでも「何にもならないこと」もあるという事実を認め、その「証」を残すこと。
        『傷を愛せるか』P.164

「傷を愛する」とは、あるいはこういうことかもしれない。
 傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当をし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。
        『傷を愛せるか』P.165-166

私もまた、傷を抱えた人間だ。
たぶんここを読んでくれているあなたも。
傷は痛々しく、醜く、みじめなものだ。
傷口を見せられると、目を背けたくなる。自分の傷に振り回されたりもする。
ただ、「傷のある風景が残りつづけることによって、人はときに癒される」と著者は言う。この本は、そんな風景を切り取ったイメージ画のようなものかもしれない。

この本に収録されたエッセイのうち幾つかは、対義語を連ねた言葉をタイトルにしている。「開くこと、閉じること」「宿命論と因果論」「弱さを抱えたままの強さ」「捨てるものと残すもの」etc.……。
人間はその両極の、どっちか一方だけがあればいいというわけではなくて、両方を揺れ動きながら、つりあいの取れる場所を探りつつ、生きているのだろう。でもそれこそが、なかなかに難しい課題でもあるんだ。

私は、「弱さを抱えたままの強さ」という言葉が好きだ。
弱さを克服するのではなく、弱さを受け入れ、慈しみながら、同時にそれと闘い続けること。
今の社会の、公的な場は「強い男性」仕様になっている、と著者は指摘する。弱音を吐かず、助けを求めず、「鎧」を着込んで、強くならなければこの社会では生きていけない。

一方で「感情労働」という言葉があり、仕事の場で自分の感情を押し殺し、コントロールしなければならない職業も多い。
泣いたり、怒ったりすること。自分のなかの弱い部分。そういうネガティブなものを表出することは、公的な場では禁じられている。といっては言い過ぎかもしれないけど、少なくとも歓迎はされない。抑え込まれた感情は、いったいどこへ向かうのだろう?

精神科医でもある著者は、そういった人間の、ごく小さな悲鳴のような声も聞きのがさずキャッチできるような、繊細な感受性を持った人なのだろう。そういうものを感じとってしまうのは、ある意味しんどいことではあるのだけど、医療者としてはとても大切なことだと思う。

宮地尚子の、小さな違和感を捨てずに大切にする姿勢は、例えばPTSDについて語った次のような部分にも表れている。
PTSDという疾患概念は、ベトナム帰還兵の研究から始まったという。現在、米国ではイラク戦争に参加した米兵の多くがPTSDを患っている。しかし、米兵のPTSDについての研究は米国で盛んに行われている一方で、著者は「イラクの人たちのPTSDについては調査どころか、言及さえされない」と疑問を呈する。

確かに、空爆を受けたイラクの人たちの受けた傷は、米兵の比ではないだろう。でもそれに気づける人が、いったいどれほどいるだろう?

医療者というのは、こういう「か細い、小さな声」を聞きのがさない存在であってほしいと思うのは、贅沢な望みだろうか。
しかし病気や傷、障碍、老いといった領域には、「強い男性」仕様の社会とはまったく別の、弱さを認める価値観こそが、必要とされているのではないか。誰もが、いずれそこを通るはずなのだから。

著者の医療に関しての話で、書き留めておきたい部分があったので引用。
 日本にも強く波及しつつある米国のネオリベラリズム(新自由主義)が危険なのは、弱みにつけ込むことがビジネスの秘訣として称賛されることで、弱さをそのまま尊重する文化を壊してしまうからだとわたしは思う。そして医療をビジネスモデルで捉えるのが危険なのは、病いや傷を負った人の弱みにつけ込むことほど簡単なことはないからである。
        『傷を愛せるか』P.104
これは私も同感だ。医療に採算を求めるのは、実は不合理なのではないか?と常々思ってきた。それを書き出すと長くなるので、ここでは語れないけど。

傷を語ることは難しい。人は、本当につらいこと、苦しいことは、言葉にできないものだから。それを乗り越えることができて初めて、振り返るように語ることができるのだと思う。

ここを読んでくれているあなたも、そして私も、いつの日か自分の傷を受け入れ、傷を愛することができますように。

| ●月ノヒカリ● | 読書感想 | comments(2) | trackbacks(0) |
2017.09.15 Friday 17:31
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Comment
2010/05/05 10:17 PM posted by: 村野瀬玲奈
>『傷を愛せるか』P.104

月ノヒカリさん、こんにちは

これはまた重要なことが書いてある本ですね。

>医療をビジネスモデルで捉えるのが危険なのは、病いや傷を負った人の弱みにつけ込むことほど簡単なことはない

そうそう、その通り!
怪しい効能をうたった壺だの心霊療法だのも、そういう人の弱みにつけこんだ手口の悪しき応用だと思います。

B級グルメの記事も楽しいですけど、こういう本の紹介をもっとお願いしていいですか?

あ、のだめのキャラ萌えネタも。(しつこい。笑)

...って、のだめのオペラ編というのも出ていたじゃありませんか!
2010/05/06 12:07 AM posted by: 月ノヒカリ
玲奈さん、こんばんは〜。
いつもありがとうございます。

>怪しい効能をうたった壺だの心霊療法だの

そうですね。
弱ってる人に大金を払わせる怪しげな治療法は、確かに批判されるべきだけど、代替療法がすべて間違っているかというと、そうでもないと思うんですよね。
グレーゾーンのものが世の中には多いです。

ただ私は、幸いにも大金を持ってないので、引っかからずに済みますけど(笑)

本の紹介・・・といえるほど、本を読んでないですからね〜。
のだめオペラ編は、意外と面白かったのですが、まだ序盤なので……気長にお待ちください〜(笑)

コメントありがとうございました〜。
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