2010.05.09 Sunday 22:48
評価:
アレハンドロ・アメナーバル,マテオ・ヒル
ポニーキャニオン
¥ 3,649
(2006-07-19)

宮台真司『<世界>はそもそもデタラメである』と、宮地尚子『傷を愛せるか』の両方で言及されていた映画で、興味を持ってDVDで見てみた。

結論から言うと、素晴らしい作品だ。
ハリウッド的な“泣ける”映画ではなく、心の奥深い部分に問いかけるような感動がある。

そして「見ておしまい」ではなく、見終わった後も、なにか宿題を出されたような、考えさせられる映画だ。「尊厳死」の問題、さらに言えば「生と死」について。

この映画は、スペインで尊厳死を求めた実在の人物ラモン・サンペドロの手記をもとにしてつくられた。
ラモンは25歳のときに、海の事故で首から下が不随となり、寝たきりで過ごしていた。事故から26年後、「今の状態で生きるのは尊厳がない」として死を望むが、四肢麻痺のため自力では死ねない。
ラモンは尊厳死支援団体や弁護士の力を借りて、尊厳死の合法化を求めて裁判に訴えるが認められず、複数の友人の協力を得て自殺する。


こんなふうにあらすじを書いちゃうと、すごく暗い映画かと思われるかもしれないけど、決して重苦しい作品ではないです。とても美しい作品だし、後味も悪くない。登場人物は皆、魅力的で生き生きとしているし。

ただ、複雑な問題を孕んだ話だ。
尊厳死について一般に語られているのは、「治る見込みがなく、耐えがたい苦痛を伴う末期患者」に対する「消極的安楽死」レベルの話だ。でもラモンが望んだ尊厳死は、「積極的安楽死」の問題になる。 (wikiの安楽死の項を参照。)
宮台の言うように、積極的安楽死を認めることは、自殺の容認に近づく。 だから今の日本ではあまり受け入れられていない考え方だ。

尊厳死の問題については、宮台の映画評に詳しいので、そちらを見てもらった方が話が早い。
以下は映画を見て思った個人的感想です。
いきなりだけど私、(自己決定による)積極的安楽死について、かなりラディカルな肯定派なんですよね。オランダの安楽死とかね、いいなあと思うんだよね。
でも、積極的安楽死肯定の立場をとることに、ためらいや戸惑いもある。

法律とか公的な文章には、「ためらい」とか「戸惑い」なんて存在しない、してはいけないみたいだけど。
でも、ためらうのが当然の話じゃない? だって人の「死」に関わることなんだから。
ひとの心に当たり前に存在する「ためらい」や「戸惑い」を、すくいとって表現できるのは、文学や映画といったアートの分野に期待するしかないのだろう。この映画は、正面からその期待に応えてくれた。

私がこの映画で、もっとも感情移入したのは、主人公ラモンだ。
もちろん私は、四肢麻痺で26年間寝たきりの生活を体験したわけでもないし、その苦痛は想像するしかない。想像するのと実際に体験するのとでは、天と地ほども異なるものだけど。

冒頭でラモンは「今の状態で生きるのは尊厳がないから」と死を望むことについて、「他の四肢麻痺患者が聞いたら怒るかもしれない。でも僕は生きたい人を批判しない。だから僕を批判しないでほしい」と語る。

一般的な基準でいえば、ラモンは「治る見込みがなく、耐えがたい苦痛を伴う末期患者」ではない。しかしラモンはあくまでも、「<この僕>にとっては耐えがたいのだ」と主張する。これ、とてもよくわかる。
自分が感じている苦痛を、他人は体験することはできない。だから苦痛は「主観」によるものだ。

「客観的に」見て、この映画で描かれているラモンの生活は、寝たきりであることをのぞいては、深い愛に満ちた、素晴らしい人生であるように感じられる。
ラモンは魅力的な笑顔、人を笑わせる軽妙な話術、詩を書く文才に恵まれている。しかも家族に愛され、女性にモテまくっている。

兄嫁マヌエラは献身的に介護してくれる上、ラモンの自死の願いも「本人が望むのだから」と尊重する。 (この人、地味なキャラだけど私は好きだ。)
ラモンの尊厳死を支援する女性弁護士のフレアとは、お互いに惹かれ合い、かけがえのない時間を過ごす。
そして工場で働く子持ち女性ロサもまた、ラモンを愛し、はじめはラモンに「生きていてほしい」と望むものの、やがてラモンの死の願いを聞き入れ、自死を手助けする。
兄ホセとは、ラモンの死の願いをめぐって争いがあるものの、ホセはラモンを愛するがゆえに、ラモンに生きていてほしいが故に怒るのだとわかる。
甥のハビもラモンを慕い、ラモンの詩の清書を手伝ったりする。

この映画を見る限り、ラモンの人生は「愛に満ちた豊かな人生」だと表現したくなるし、そう感じられる。
しかし、この映画のラスト、ラモンの自死直前のビデオ映像で、ラモンは
「私の人生は尊厳とは無縁でした。生きることは“権利”のはずですが、私には“義務”でした。思い起こしても私の人生に楽しいことなどありませんでした。」
などと滔々と語るのだ。見る者は、「ええ?嘘でしょ?」と心底、驚愕してしまう。

「客観的に」見て、愛に満ちた生活を送っているのに、本人の主観では「尊厳を欠く」という不可思議さ。ここに、この映画の本質(というよりは人生の本質)があるのではないか? 一般論ではなく、あくまでも「この私」=ラモン・サンペドロの思いを汲み取ってほしい、という。

ラモンを愛するロサが、「あなたを愛しているから、生きていてほしい」とラモンに言うシーンがある。しかしラモンは「僕を愛するなら、僕の意志を尊重して、僕の死の願いを受け入れてほしい」と言い返す。
これ、ものすごい難問を突きつけられた気がする。どちらの言い分も理解できるから。
この映画は実際、どちらの立場も、いやあらゆる登場人物の立場を、すべて肯定しているように見える。こういう表現は、映画だからこそ可能なのかもしれない。

ちょっと興味深いのは、この映画で唯一「悪役」として登場するのが、ラモンと同じく四肢麻痺で、車椅子の神父であることだ。
神父はラモンに生きるよう説得を試みる。「命は我々のものではなく、神に属するものだ。人生は生きるに値する」と。
神父の言ってることは正論のように感じられる。その正論を語る人物が、尊大で鼻持ちならない人物に見えてしまう、というあたりに奇妙な味がある。
(ただ、監督の話によると、実話として、教会が「ラモンが死を望むのは家族の愛が足りないからだ。ラモンは注目されたがっているのだ。」という声明を出し、ラモンと彼の家族を傷つけたという事実があるらしい。)

とても魅力的な人物として描かれるラモンだが、その苦悩を感じさせるシーンがいくつかあった。
「なぜいつも笑顔なの?」と尋ねられたラモンが、「他人の助けに頼るしか生きる方法がないと自然に覚えるんだ」と答えるシーン。
そしてただ一カ所だけ、ラモンが泣くシーンがあった。「なぜ皆のように自分の人生を肯定できないのか? なぜ自分は死を望んでしまうのか?」と。

考えさせられる映画だけど、やり切れなさや重苦しさを感じないのは、ラモンがとても堂々と、自ら死を望むことを主張しているからだと思う。「死」について語ることに、すごく風通しがいいのだ。

ラモンが法廷に現れたとき、ラモンの尊厳死を支援する人たちが、そろって「生きることは権利だ。義務ではない」と唱和するシーンがある。
また、ラモンの尊厳死を支援する団体もある。この団体で働くジェネという女性は、とてもチャーミングで生き生きとした魅力に溢れている。ジェネは言う。「私たちは決して死を推奨する立場ではない。安楽死を望む人に、法的なアドバイスと精神的なケアをするだけ。苦しみ悩む人たちに、この世を去れなんて言わない」と。

なんというか、とても羨ましいです。今の日本には、ここまで「死」についてオープンに語れる土壌がない。日本では、「死」について語ること自体タブー視されている気がする。

私には、ラモンの死に方は、決して悲惨なものではなく、むしろ理想的な死に方ではないか、と感じてしまう。
実際、この映画でラモンが死へ赴くため、愛する家族と別れるシーンは、とても美しく感動的だ。
私はこのシーンを見て、いま私たちの生きる社会とは別様の「死への態度」があり得るのではないか、「生」と「死」について別の存在様式があり得るのではないか、と思い描かずにはいられなかった。

ラモンは言う。「生」が苦痛に満ちたものであり、「死」こそ甘美な安らぎだ、と。その感覚は、私にはとてもよくわかる。それに同感する人はもしかしたら少数派なのかもしれないけど。

私は決して、「死」について語ることが、後ろ向きな行為だとは思わない。「死」を語ることは、「生」を語ること、よりよく生きることとイコールだと思っている。
尊厳死の問題、「死」に関わる問題は、誰もが避けて通れない、大切な問題であると思うんですが。

『海を飛ぶ夢』は、この問題を重苦しくなく、しかし人それぞれ異なる複雑な思いをきちんとすくい取っている、素晴らしい作品だと思う。
見てよかった、と心から思える映画でした。

| ●月ノヒカリ● | 音楽・映画 | comments(6) | trackbacks(9) |
2020.07.30 Thursday 22:48
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Comment
2010/05/22 1:51 AM posted by: 月野
この映画、私も見ました。
ちょうど今日みたいに、眠れない夜にテレビを付けていたらやっていたので・・・。

内容は確かに深かったですね。
神父以外のすべての人の気持ちが、全て肯定できる・・・これ、本当に共感です。
誰が正解とも言えないし、誰が不正解とも言えない。

別の言い方をすれば、正解とか真実って、それぞれの人にそれぞれ一つずつあるような気がしますね・・・。

まあ私は眠れないようなぼやけた頭で見てたので、ラモンが弁護士のフレアに惹かれていて、子持ちのロサには恋するまでいかないところが、どうも気になってましたが。

フレアに出会う前にロサに出会っていれば、ラモンはロサに恋したのかなとか、フレアは頭が良くて美人だから、やっぱり無理かなとか。
下世話ですね(笑)。
2010/05/22 11:06 PM posted by: 月ノヒカリ
月野さん、こんばんは〜。

『海を飛ぶ夢』、単純な答えを押しつけず、深い余韻を残してくれる作品でしたね。

>正解とか真実って、それぞれの人にそれぞれ一つずつある

そう、その通りだと私も思います。
どうも私たちは「正解は一つだけ」とつい考えてしまう傾向がありますけど、実際は人によって異なるものですよね。

「それぞれ異なる人の気持ちをすべて肯定する」なんて、現実には難しいですけど、この映画は、それをうまく表現してくれたなあと。


>ラモンが弁護士のフレアに惹かれていて、
>子持ちのロサには恋するまでいかない

確かに、ロサとは最後まで距離がある感じでしたね〜。
ロサも魅力的な女性だと私は思いますけど……。
フレアは、ラモンの「詩の世界」を共有してくれる女性だから、余計に惹かれ合ってるのかもしれません。
どっちにしろ、ラモン美女にモテモテ!ハーレムじゃん!とか思っちゃいますけど(笑)
この映画に出てくる女優さん、魅力的な女性が多かったです。

コメントありがとうございました〜。
2015/05/06 9:54 PM posted by: はと
映画を見てから月野さんの文章を読みました。この映画を考えるのにとても役立ちました。 人間は誰でも死すべき「不治の病」に罹っているし、誰でも人に依存して生きているわけで、「今の状態には尊厳がない」と感じている人は一般人でも多いでしょう。貴乃花関が「相撲をやっていて楽しいことなんか一つもなかった。」と言っていたのを思い出しました。商売している人なら「俺だって、他人にと商売するために、仕方なく笑い顔を作るんだ」というでしょう。安楽死というテーマに加え、「生きることを肯定できない自分」というのが隠れたテーマかなと思います。「なぜ皆のように自分の人生を肯定できないのか? なぜ自分は死を望んでしまうのか?」障害が無い人でも、一見幸福そうな人でも言いそうなセリフですね。書き込みなんて3年に1度しかしないのですが、月野さんの文章が素敵なのでお邪魔しました。
2015/05/08 11:32 PM posted by: 月ノヒカリ
はとさん、はじめまして。
古い記事を読んでくださってありがとうございます。
えーと、この記事にコメントされている「月野さん」は、別のブログを書いてる方で、ブログ主は「月ノヒカリ」と名乗ってますので、そこんとこよろしくです。


>安楽死というテーマに加え、「生きることを肯定できない自分」というのが隠れたテーマ

なるほど、もしかしたら、「安楽死」と「生きることを肯定できない」というのは、近接するテーマなのかもしれませんね。
ラモンのように寝たきりの生活を送っていない「一般人」でもあっても、「自分の人生を肯定する」のは、そう簡単ではないのかもしれません。ただ、多くの人は、普段はあまり意識していない問題じゃないかという気もします。あるいは「死」という避けられないものを現前に据えたときに初めて、直面するテーマなのかもしれません。

あと、自分の少ない体験に照らしても、「自力で動けない」、とりわけ「自分でトイレに行けない(排泄の世話を人にしてもらう)」というのは、かなりのストレスでした(病気で手術した直後のことですが、ベッドから起きあがることを禁止されていたので)。
なので、「寝たきり」の状態で尊厳を維持するのは、自由に動き回れる状態にある人よりもハードルが高くなるのかな、ということは感じます。
尊厳、安楽死というのは、今後も考えていきたいテーマですね。

同じ映画を見た方の感想を聞けて嬉しかったです。コメントありがとうございました。
2015/05/28 11:26 AM posted by: はと
月ノヒカリさん、

名前を間違えてしまい申し訳ありませんでした。名前を間違えるなんて、尊厳にかかわることですね。コメント読んで頂いてありがとうございます。
2015/05/29 11:45 PM posted by: 月ノヒカリ
はとさん、こんばんは。
名前を間違えるのが尊厳にかかわるなんて、大袈裟ですよ(笑)
どうか気になさらないでくださいね。
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