2010.06.13 Sunday 22:59
前回の話から引き続き、高橋源一郎さんのTwitter路上演奏から、政治の話。
高橋さんは、私たちが政治的な主張をする上で、心がけておくべきことを教えてくれている。
これはぜひ読んでほしい。6月3日のツイートからです。
(原文は、●にリンクしてあります。)

いまからツイートするのは、ぼくが「政治的アクション・政治的言論」に関して原則とすべき、と考えていることです。それは政治的事件や政策への批判、なんらかの提案、具体的な行動、等々、政治に関する関わりのすべてを含む政治的アクションを起こすにあたって、守るべきことと考えているものです。

原則1・「批判」は「対案」を抱いて臨むべし……政治的問題を批判する時、単なる批判ではなく、なんらかの「対案」を抱いてからあたるべきです。「××の〇〇という政策は愚か」ではなく「××の〇〇という政策で、△△は評価に値するが、□□は▲▲へ代替すべき」という語法で語るべきです。

原則2・「対案」は「原理的」「現実的」「応急」「思いつき」のいずれでも良し……政治的問題に「正解」はありません。ただ「最適解」が存在するだけです。必要なのは、「最適解」に至る材料を提出することです。「言わない」ことがいちばんまずいのです。なぜ、批判だけするのか。

原則2続・ぼくたちが「批判」だけして、「対案」を出さないのは、自分もまた「正解」を知らない、と思っているからです。「どこかに正解がある」と学校教育は教えます。けれど、政治的イッシューに「正解」などないのです。だからこそ、なんでも「言ってみる」べきなのです。

原則3・「自分の意見」は変わるべし…「対案」として「自分の意見」を提出しても、固執する必要はありません。というか、よりましな意見を目にしたら、「即座に変える」べきだとぼくは考えます。なぜなら、「対案」もまた「叩き台」にすぎないからです。一人より複数の智恵を参考にすべきです。

原則4・「対立する相手」の意見にこそ耳をかたむけるべし…もっとも本質的な批判は、対立者からのものです。だから、その意見にこそ耳をかたむなければなりません。同調者や支持者の意見は、耳に優しいものですが、自分の「対案」を、「よりまし」にする力にはならないからです。

原則5・「寛容」をもって臨むべし……「対立」する意見を持つ「対立者」を「敵」と考えてはなりません。「対立者」もまた、同じこの共同体を構成する、かけがえのない成員なのですから。だから、「非国民」「売国奴」「愚か者」のような言葉を決して使ってはなりません。

   (高橋源一郎氏のTwitterより。太字は引用者による)
全文はTogetterまとめにあります。続きの部分に、高橋さんがこの原則を採用するようになった理由も書いてあるので、よかったら読んでみてください。

ここに書いてある「原則」は、このブログにおける「ルール」としても、採用したいと思う。

政治」という言葉をきいて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?
ひとは普通、民主党政権とか外交問題とか、あるいは雇用対策や税制の問題を思い浮かべるのかもしれない。
でも私は、「政治」という言葉をもっと広い意味でとらえている。

私は、人が二人以上集まったら、そこには「社会」があると思っている。
そして、何人かの人が集まって、その中で何かを主張しようとしたり、あるいは集団の意思統一を図ったりするとき、そこに「政治」が存在する、というのが私の定義だ。

だから、例えばあなたが高校生だったとしよう。
そして「高校の学級会で、文化祭の出し物を決めるために話し合う」というのも、立派な「政治」のひとつなんだ。
みんな「あれがやりたい」「これがいい」と、てんでバラバラな意見を言って、なかなか出し物が決まらないかもしれない。
誰かが意見を言うたびに、文句ばっかり言って足を引っ張る奴もいるかもしれない。
それをまとめる学級委員長は大変だろうね。
でも文化祭は、「みんなで参加して楽しむ」ものだ。
「政治」っていうのも、本来そういうものなんじゃないだろうか?

高橋源一郎さんの「原則」は、「集団の中で自分の意見を主張する」ときに必要な条件を、とてもわかりやすく示してくれている。
たとえば原則1で述べていること。
批判だけするなら、2ちゃんねるでよくある「叩き」と同じだ。そんなことは2ちゃんねらに任せておけばいい。
だから「対案」が必要なんだけど。「対案」を言うのって、難しいよね。私にとっては、特に。
なんで難しいのかって考えると、「間違えるのが怖いから」だと思うんだ。
でも、「いつも正しいことばかり言う」なんて無理な話だよね。

だからここで、はっきり宣言しちゃおう。
月ノヒカリは必ず間違えます。
自分が「間違っていた」と感じたら、ためらわずに古い考えを捨て、新しい意見を採用できるようにしたい。
これ、言うのは簡単だけど、実際はすごく難しいことだと思うよ。
「自分の間違いを認める」のって、とても勇気のいることだもの。

それから原則4、5に書かれている、「対立者」への態度について。
これも宮台真司が書いていたことだけど、ラディカルデモクラシーは「“みな友達”の禁止」「抹殺の禁止 」という両立し難い2つの意味で「敵の抹消」を禁じている、という。
「対立する相手の意見も尊重する」っていうの、ある意味で当たり前のことだと思うけど、実際にはとても面倒なことだし、難しかったりする。でも、絶対に必要なことだ。

高橋さんの言うように、自分とは意見の異なる人を、「売国奴」だの「馬鹿」だのと軽々しく罵るのは、あまり褒められた行為ではないのは、確かだ。
ついでにもうひとつ。

「マスコミ」を「マスゴミ」と呼ぶのも、やめたい。
既存のマスコミにはいろいろ問題点もあるけど、やっぱり「ちゃんと取材して記事を書く」という意味では、ネット上で発言する私たちブロガーよりも信頼できる機関であると思う。
マスコミを「マスゴミ」と呼んで、必要以上に貶めると、その言葉は私たち自身に返ってきて、結局は自分たちの不利益になる(と、岡田斗司夫さんがおっしゃってましたw) 。

あと、ここでは紹介しないけど、ここにまとめてある憲法についてのツイートも、すごく大事なことが書いてあるので、できれば読んでほしいな。
「憲法に対して、こんなアプローチのしかたがあったのか!」と、目から鱗でしたよ。
ちょっとネタバレしちゃうと、「憲法前文を自分で書いてみる」という方法なんだけどね。
これ、すごくいいメソッドだと思う。私はまだ書いてないんだけど、「宿題」を出された気分だ。

こんなふうに、「私」から発して「公」へ至る道を考える、というのが本来の「政治」への関わり方だと、私は思ってるんだよね。
そんなこんなで長くなっちゃったので、ここで終わり。

☆一言まとめ:このブログでは、皆様からの批判・ツッコミも大歓迎ですよ♪

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2020.06.26 Friday 22:59
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