2010.06.17 Thursday 23:32
たぶん2ちゃんねる発祥だと思うけど、何度か見かけたコピペが秀逸―――というかあまりにも自分の状況と合致していたので、ここに引用。
社会「働けクズ」
ぼく「じゃあ働く」
企業「クズは働かせません」
ぼく「じゃあ死ぬ」
社会「自殺はやめよう」
ぼく「じゃあ死なない」
社会「でもクズって生きてる価値ないよ」
ぼく「もう死ぬ」
両親「お願い死なないでちゃんと働いて」
ぼく「じゃあ働く」
企業「クズは働かせません」
ぼく「なるほど」

う〜ん、自分のここ十数年って、まさにこんな感じだったなw
いや、笑いごとじゃないんですが。将棋でいえば「詰んでいる」状態だし。

でも、雇う側が「使えない奴はいらない」と考えるのは、当然の話だと思うんだよね。
雇う側にとって「使える人間」というのは、対人関係や事務処理能力や、ほか様々なスキルがある人のことを言うのだろうけど、やっぱり一番必要とされているのは「健康」だと思う。
「健康で、なんでもやります」という人なら、仕事はそれなりに見つかるんじゃないかな、と思うんですが。

でも私は、これまで「健康な人と同じように働く」のを目指して、まあ無理だったわけ。
対人関係、その他のスキルも、自分なりに努力した結果がこの程度なわけ。
私は、たぶん健常者と障碍者の中間くらいに位置するんだと思う。
今の私の健康状態なら、もしかしたら申請すれば「精神障害者手帳」をもらえるのかもしれないけど、それはそれで抵抗があるし。

そういう問題を抱えている人、あまり表に出ないけど、自分以外にも存在するはずだと思ってる。だからこうして、本当はあまり人に話したくない病気のこととかもブログに書いてるわけです。
今はまだ、両親が健在で、私も家に住んでいられるから、何とか生きてはいるんだけど。私自身、いつホームレスになったり、その辺で死んでてもおかしくない存在なんだ。

でも今現在、経済的に困窮しているわけじゃないから、自分の問題をどう言葉にすればいいのかわからなかったんだけど。
社会的排除」という概念を知って、あ、そうか、自分の抱えている問題はこの言葉を使えば説明できるのかも、と気がついた。

社会的排除」と、その対概念である「包摂」という言葉は、先日の菅直人首相の所信表明演説にも登場して、ちょっと有名になったのかもしれない。
私は、社会学者である宮台真司の著書で初めて知った言葉なんだけど、1990年代以降のヨーロッパでは、「貧困」に代わって「社会的排除」が、社会政策上のキーワードになっていたらしい。
「社会的排除」という言葉、実はかなりあいまいなもので、はっきりした定義は存在しないみたいですが。一応自分なりにまとめた定義。
「社会的排除」とは
現代社会における不平等の問題を、所得・経済状況という一面だけではなく、労働市場・教育・ジェンダー・世帯状況・地域環境・健康状態など、多次元的な指標を用いて判断される概念。
(詳しくは、はてなキーワードの説明がわかりやすい。)

「社会的排除」という概念を使えば、単なる経済状態だけに着目するこれまでの「貧困」概念よりも、社会的な問題をより多面的に、深化させる視点を与えてくれる。
「貧困」と「社会的排除」の違い等については、また後日書く予定です。

今ひとつ、言えること。
以前、私は小飼弾の『働かざるもの、飢えるべからず。』のレビューで、「ベーシックインカム構想が実現したところで、ユートピアになるとは思えない」と書いたんだけど。
そう思った理由は、月5万円程度のベーシックインカムを与えられただけで、排除された人が排除されたまま、放置されるのではないかという懸念があったからだ。

人が生きていくのに、お金は必要だ。
でも人は「お金さえあれば生きていける」ものなのか?
「社会的排除 social exclusion」の対概念は、「社会的包摂 social inclusion」だ。
「社会的包摂」というのは、「社会的に排除された人たちを、再び社会に参入できるようにする」という意味だと私は捉えてるんだけど。
社会から疎外された人に、お金さえ与えれば解決される、わけではないのだ。

私はベーシックインカム構想に反対するわけではないけど、「お金」以外にも必要なものがあるはず、という思いがあるから、慎重派なんだ。
「社会的包摂」というのは、困窮している人にお金さえ与えればよいという問題ではないはずだ。
ということを言いたかったんだな、と改めて気づいた。

「社会的排除/包摂」については、今後もいろいろと勉強しながら書いていく予定です。

| ●月ノヒカリ● | 社会 | comments(19) | trackbacks(4) |
2019.12.05 Thursday 23:32
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Comment
2010/06/19 5:20 AM posted by: 愚樵
はじめまして。村野瀬さん経由でやって参りました。

>「ベーシックインカム構想が実現したところで、ユートピアになるとは思えない」と書いたんだけど。
>そう思った理由は、月5万円程度のベーシックインカムを与えられただけで、排除された人が排除されたまま、放置されるのではないかという懸念があったからだ。

その懸念に同感です。ベーシックインカムは個人が対象ですから「排除」は進むと思います。といって世帯を対象にすると、世帯から排除された者は救えない。要するにお金を配るというのが間違っているんです。いえ、「お金」が間違えているんですね。

>「社会的包摂」というのは、困窮している人にお金さえ与えればよいという問題ではないはずだ。

「共認原理」という概念をご存知でしょうか? こちら↓

http://www.trend-review.net/bbs/bbs.php?t=100&o=10022&k=20

で良く取り上げられ議論されています。きっと月ノヒカリさんの参考になるかと思います。
2010/06/20 11:09 PM posted by: 月ノヒカリ
愚樵さん、初めまして。
当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。

>ベーシックインカムは個人が対象ですから「排除」は進む
>といって世帯を対象にすると、世帯から排除された者は救えない

やはりそう感じられますよね。
「お金を配る」という方法も個人的にはありだと思いますが、それが「最適解」だとは思えません。
もっと別のやり方があるはずです。
あるいは「お金を配る」にプラスして、「共同体の再構築」ということも必要だと感じています。

>「共認原理」という概念

初めて聞きました。
リンク先、ざっと読んだだけで、まだ良く理解できないのですが……覚えておきますね。
教えてくださってありがとうございました。

愚樵さんのブログも読ませていただきました。
なかなかに奥の深い内容で、浅学な私は読むだけで精一杯でしたが(汗)
今後ともよろしくお願いいたします。

コメントありがとうございました。
2010/06/21 5:31 AM posted by: 愚樵
すみません。再度、コメントを。

>あるいは「お金を配る」にプラスして、「共同体の再構築」ということも必要だと感じています。

私もそこがポイントだと思います。「お金を配る」ことが「共同体の再構築」になるか、それとも破壊につながるか。貨幣のこれまでの働きをみれば、破壊に繋がると考えるのが自然だと思うのですがね。

なお、「共認原理」というのは、「共同体創造の原理」と見てもらって良いと思います。そしてまた、次のエントリーで触れられている自殺と共同体とは深く関係していると私は思っています。「カネの切れ目は縁の切れ目」なんですね。

>愚樵さんのブログも読ませていただきました。

ありがとうございます。表現が全く練れていないので読みにくいでしょうが、よろしければ、おつきあいください。
2010/06/21 1:15 PM posted by: ふなぼりすた
はじめまして、ふなぼりすたです。
あちらで投稿済のものですが、直接お話しがしてみたくなって、村野瀬さんのところからやってまいりました。

http://cyborg.relove.org/thought/eat_without_work.html

あちらのコメント欄では、「身近に「サタンの罠」に落ちそうになっている人がいたら」などとエラソーな事を書いてはみたものの、振り返ってみれば、殆ど「めげそうな自分に対して」唱えていた呪文のような気がします。

今回の月ノヒカリさんのエントリーについて。
個人的見解(社会的コンセンサスではなく)ではありますが、「雇う側が「使えない奴はいらない」と考えるのは、当然の話」ではないですよ。なぜなら、企業は雇用によって従業員の社会保障を担っている、とされていることにより、税制等の圧倒的な優遇を国から受けているからです。
私としては、企業を社会保障の担い手である責任から開放してあげて(=奪い取り)、純粋に(フェアな)競争をして頂き、その分しっかり税金を納めて頂いた上で、「雇われている/雇われていない」に拠らない国による対個人の社会保障(そのうちの1つがベーシックインカム)を構築した方がいいのかな、と考えております。
2010/06/22 11:18 PM posted by: 月ノヒカリ
愚樵さん、こんばんは。
再びお越しいただき、ありがとうございます。

>貨幣のこれまでの働きをみれば、破壊に繋がる

そうかもしれません。
貨幣は、「個人化」を促進しますね。いい意味でも悪い意味でも。

>「共認原理」というのは、「共同体創造の原理」

なるほど、そうなんですか。
「共同体創造」というのは、なかなかに難しいことだと感じます。

かつての共同体(ムラ社会)は、「同調圧力」とか「村八分」とか、様々なネガティブな要素も併せ持つものでしたから。
「共同体の再構築」とは言ってみたものの、個人的には、強い同調圧力には耐えかねるものですから、難しいです。

>「カネの切れ目は縁の切れ目」

これはその通りなんでしょうね。
日本よりも貧しくても、自殺率が低かったり、幸福度が高い国が多く存在するのですから。
「お金でしか繋がれない」日本人の「貧しさ」こそが問われるべきなのでしょう。

コメントありがとうございました。
またブログにもお邪魔させていただきますね。
2010/06/22 11:22 PM posted by: 月ノヒカリ
ふなぼりすたさん、初めまして。当ブログへようこそ!

村野瀬玲奈様のブログコメント欄も読んでました。嬉しかったですよ。
人様のブログで横レスするのは控えておりましたが……。
わざわざ当ブログにお越しいただき、感謝です!

リンク先の「働かざる者食ってよし!」も、共感しつつ読みました。
小飼弾氏も、『働かざるもの、飢えるべからず』で、「人間はもともと働いてなんかいない。自然から収奪してるだけ」と書いてましたが、それとも通じる内容ですね。

「社会」のレベルでは「正しい」とされていることも、「世界(自然)」のレベルまで広げて考えたら、「これっておかしいんじゃないか?」と感じること、たくさんありますね。

>企業は雇用によって従業員の社会保障を担っている

これは、正規雇用が当たり前だった過去の話でしょうね。
非正規雇用が一般的になった現在では、多くの人にとって、すでに企業は社会保障の担い手ではないですね。

>企業を社会保障の担い手である責任から開放してあげて
>純粋に(フェアな)競争をして頂き、その分しっかり税金を納めて頂いた上で
>国による対個人の社会保障(そのうちの1つがベーシックインカム)を構築

面白い見解だと思います。
私は企業のことには疎いので、よくわからない部分もあるのですが……。
ただ、そうなると「労働市場の流動化」は高まり、「非正規雇用化」が促進されることになりそうですね。
私はそれに賛成とも反対とも言えないのですが……。
もはや「安定した職場」で働き続けるのは、世界的に難しくなってるのかもしれません。

お互い「サタンの罠」に落ちないように、めげないように、道を模索していきましょう♪

コメントありがとうございました〜。
2010/06/23 1:11 AM posted by: 村野瀬玲奈
>人様のブログで横レスするのは控えておりましたが……。

月ノヒカリさんもふなぼりすたさんも、お二人ともうちでは友好的なのですから、そういうときは横レスしあってください。笑

それはそうと、「企業の社会的責任」って絶対にあると思います。企業は自然人ではなく法人なのですから、社会の上に築かれた多くの人の共同プロジェクトであり、そこには確実に社会との接点、つまり責任があります。それを果たさずに利益を溜め込むなら、企業は単に「個人から利益を吸い上げて独占し、利益を使わないことによって社会を停滞させる装置」と化しますね。
2010/06/23 7:31 AM posted by: 愚樵
三度、お邪魔します。

>貨幣は、「個人化」を促進しますね。いい意味でも悪い意味でも。

>かつての共同体(ムラ社会)は、「同調圧力」とか「村八分」とか、様々なネガティブな要素も併せ持つものでしたから。

貨幣による「個人化」も「同調圧力」だと私は思うのですが。それも非常に大きな。プレカリアートたちの「生きさせろ!」という叫びは、単に「カネがあれば生きられる。だから、金をくれ!」ではありませんよね。「同調圧力」への反撥です。

グローバリズムというのは、なんのことはない、「大きなムラ」をつくりましょう、というだけの話です。そしてその村では「カネの切れ目は縁の切れ目」=「村十分」、つまり生きていけなくなる。

「村八分」は逆にいうと「二分は残す」ということです。で、その二分は何かというと「生」と「死」なんです。子どもが生まれたとき、葬式が出たときは村八分の相手でも付き合う。

「村八分」は「相手を殺す」ではないのですね。「共には生きられないが、生きることは認める」なのですよ。つまりムラ(共同体)とは「共に生きる」ためのものだった。

現在、共同体の再興が求められるようになったのも、「個人化」で生き方を見失った人たちが「共に生きる」ことを求めだしたからだと思うのですが。
2010/06/24 11:40 PM posted by: 月ノヒカリ
玲奈さん、こんばんは〜。

>横レス
お心遣い、ありがとうございます。
次回からは遠慮なくwさせていただきますね。

>「企業の社会的責任」

これは当然あるでしょうね。
「社会的責任」の内容はたくさんあって、税もその一つでしょうが。

「法人税を上げろ」という人もいれば、国際競争力を高めるために「法人税を下げろ」という人たちもいる。
どっちが「最適解」なのか、私にはわかりません。
私個人の損得でいえば、消費税を上げるよりも法人税を上げてもらった方がいいのですが、政治的な発言は「個人的な損得は、ひとまず脇に置いておく」ところから始まるのだと思ってますし。

玲奈様のブログ、いつも勉強になります。
今後ともよろしくお願いします。
2010/06/24 11:44 PM posted by: 月ノヒカリ
愚樵さん、三たびのご訪問ありがとうございます。

>貨幣による「個人化」も「同調圧力」

私はむしろ、貨幣は同調圧力から自由になるために必要なもの、と捉えていましたけど。
だから皆、しがらみから自由になるために、お金を欲しがってるのだと。


>プレカリアートたちの「生きさせろ!」という叫びは、
>単に「カネがあれば生きられる。だから、金をくれ!」ではありませんよね。

愚樵さんのおっしゃる「プレカリアート」が誰を指すのかわかりませんが……。
「生きさせろ!」=「生活のための基本的ニーズの要求」≒「金をくれ」という話だと、私は捉えています。
他にも様々な意見を主張されている方々がいますが、「ベーシックインカム構想」以外には、皆に共有される共通認識が育っていないのが現状だと思います。
「共同体の構築」を主張するのは、もっと上の世代の学者たちという印象です。

グローバリズムについても、「いい面」と「悪い面」両方があると思ってますので、私には、一概に判断はできないです……。


>「村八分」は「相手を殺す」ではないのですね。
>「共には生きられないが、生きることは認める」なのですよ。

これ、私にはずいぶん残酷な話に聞こえます。
「生かすだけ生かしておくけど、後は自分で何とかしろ」という「排除」と同義だと感じられる。
「出産と葬式だけは付き合うけど後は仲間外れ」というのも、私から見たら、ひどい話だと感じますが。


>現在、共同体の再興が求められるようになったのも、
>「個人化」で生き方を見失った人たちが「共に生きる」ことを求めだしたから

これは、まったくその通りだと、私も思います。
ただ、これは私の個人的な問題かもしれないし、世代的な問題かもしれませんが、自分は「よき共同体」を経験したことがない。
だから共同体の作り方もわからないし、「共に生きる」ためのスキルも持っていない。

愚樵さんがブログで取り上げてらっしゃる「内田樹の研究室」は、私も愛読しているのですが、内田樹さんの主張は正しいと思いつつ、「自分には実践不可能なこと」を要求されているような、違和感と反発を感じることもあります。

内田樹さんのような、全共闘を体験した世代には敬意を表しつつも、距離を置かざるを得ない現実的な理由が、下の世代にはあると思うのです。

コメントありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
2010/06/25 12:59 AM posted by: 村野瀬玲奈
>「法人税を上げろ」という人もいれば、国際競争力を高めるために「法人税を下げろ」という人たちもいる。

いえいえ、法人税と社会保障の企業負担分の合計は日本よりフランスの方が重いんです。ついでに言えば、有給休暇の消化率は日本では50パーセント以下。フランスは100パーセント。つまり日本の労働者はかなりただ働きをしています。残業の割増率だって日本の方が弱い。サービス産業なんて「習慣」まであります。このように、日本のお財界様に有利な条件はたくさんあります。

それなのに日本のお財界様は「国際競争力のために法人税を下げろ」なんて言ってる。より有利な立場にいるはずの者がさらに有利な条件をくれとダダをこねている。もう勝負はついていますね。

「国際競争力を高めるために法人税を下げる」なんて嘘だと。

「個人的な損得は、ひとまず脇に置いておく」どころか、お財界様は個人的な損得をもっともらしい言い訳で隠すわけです。はあ〜。

そうそう、私のブログにコメントありがとうございました。ダンコーガイのこと、後日取り上げます。月ノヒカリさんのおかげで、いろいろ私の知らないことを教えてもらっています!
2010/06/25 1:02 AM posted by: 村野瀬玲奈
残業の割増率 ---> 残業の賃金割増率

サービス産業 ---> サービス残業

あほな間違い、すみませんでした。m(__)m
2010/06/25 6:39 AM posted by: 愚樵
4度目 m(_ _)m これで最後にします。

>私はむしろ、貨幣は同調圧力から自由になるために必要なもの、と捉えていましたけど。

はい。そういう見解はもちろん、ありです。今も昔も、そういった意見の人は多いと思います。

>これ、私にはずいぶん残酷な話に聞こえます。

はい。残酷な話です。ただ私は「村十分」よりはマシだろう、といっているだけです。

先の月ノヒカリさんのお返事に私が感じたことを端的に申し上げておきましょう。「排除」です。なるほど、月ノヒカリさんの見解は正しい。そこは私も認めます。しかし、私は別の見解を持っている。ここではそれが正しいか間違えているかはいいません。ただ、月ノヒカリさんは別の見解の正誤を検討する前に排除したんですね。あなたの「正しさ」を根拠に。

>内田樹さんのような、全共闘を体験した世代には敬意を表しつつも、距離を置かざるを得ない現実的な理由が、下の世代にはあると思うのです。

そうかもしれません。が、それを理由に「排除」していていたのでは、そこからなにものも生まれることはありません。

今一度「包摂」とはなにか、考え直してみられてはいかがですか?
2010/06/27 11:22 PM posted by: 月ノヒカリ
玲奈さん、再びコメントありがとうございます。

「法人税を下げた方がいい」という意見については、ある学者がそう書いていたのを読んだからです。

「法人税率を上げれば資本係数が上がる(投資効率が下がる)ので、より資本の低い国に資本が移動する」
「法人税率を下げて資本係数を下げ、工場等を立地してもらえば、雇用が生まれ、お金も回る」
という内容です。

これについて、私は不勉強なため、どう判断していいのかいまだにわからない、というのが現状です。

サービス残業や有給休暇の消化率についての問題は、理解できます。
労働時間の短縮やワークシェアリングが解決策の一つかな、と思いますが。

あと、小飼弾氏の記事も読んでいただいてありがとうございます。

玲奈さんのブログからは、いつも学ばせていただいています。
私もまだまだ勉強中の身ですが、今後ともよろしくお願いしますね。
コメントありがとうございました〜。
2010/06/27 11:32 PM posted by: 月ノヒカリ
愚樵さん、こんばんは。

まずは、私のコメントの内容に、愚樵さんの気分を害する部分があったようですが……。
私の文章力・表現力に、いたらない部分は多々あると思ってます。その点はご容赦ください。

あと、私がブログを運営する上で心がけていることは、高橋源一郎氏のTwitterを引用した、以下の記事にまとめてあります。
ぜひご一読いただけるとありがたいです。
http://newmoon555.jugem.jp/?eid=154


>ただ、月ノヒカリさんは別の見解の正誤を検討する前に排除したんですね。
>あなたの「正しさ」を根拠に。

私は、愚樵さんのコメントに対して自分が抱いた感想を率直に述べただけで、「排除」したつもりは全くありませんでした。
なぜ私のコメントを読んで、愚樵さんが「排除」されたと感じられたのか、私にはさっぱりわからないのですが。

私は、自分の見解が必ずしも正しいとは思っていません。
ただ、私にも今まで生きてきた経験があり、その中で培われた「実感」に基づいた主張もあります。
そして今も、道を模索している最中なのです。

私は、自分とは意見の異なる方のコメントも歓迎します。
ただ、「包摂」というのは、「相手の意見に100%同意する」こととは別物だと思っています。

自分が、相手とは異なる意見を持っているときは、違和感を率直に表現すること。
相手と自分の意見の違いを認めた上で、相手を否定せず、尊重すること。
「包摂」とは、そういう意味だと私は捉えています。

「包摂とは」という記事をあらたに書きましたので、読んでいただけると嬉しいです。
http://newmoon555.jugem.jp/?eid=159

愚樵さんのお考えの「包摂」とはどのようなものか、聞いてみたい気もしますが……
よろしければ教えてください。

貴重なご意見ありがとうございました。
愚樵さんのおかげで、「包摂」について記事を書くことができ、いい機会をいただいたと感謝しています。
2010/06/28 5:41 AM posted by: 愚樵
5度目のコメントになってしまいました。ごめんなさい。そして、ありがとう。

>まずは、私のコメントの内容に、愚樵さんの気分を害する部分があったようですが……

いえいえ、気分はまったく害していませんよ。ホントです。感情が動いたのは事実ですが。だから挑発した。この感情の動きは「
気分を害する」とは、ちょっと違います。

>なぜ私のコメントを読んで、愚樵さんが「排除」されたと感じられたのか、私にはさっぱりわからないのですが。

はい。説明します。

「貨幣が同調圧力から逃れるために必要」「村八分は残酷」こういった「感覚」が誰のものなのか? ということなんです。
これ、月ノヒカリさん自身の感覚ですか? でも、月ノヒカリさんは“共同体は知らない”とも言われている。ということは、これは月ノヒカリさん自身の感覚ではなくて、「みんなの感覚」なんです。それを受け入れてご自身の意見としている。私はそう捉えたんですね。

これは「排除」の第一歩です。私は「みんなの感覚」とは違った感覚をもっていますが、それはまぎれもなく「私の感覚」です。月ノヒカリさんの感覚が「月ノヒカリさんの感覚」なら、個々の感覚同士で対話はできます。が、「みんなの感覚」とは対話のしようがないんです。

私のエントリー『「ハラスメントは連鎖する(1)』でコミュニケーションのことにふれていますけれども(TBさせて頂きました)、対話とは単なるメッセージのやりとりではなくて「学習」を伴うものですから、「自分の感覚」を持たない者は「学習」の回路が働かず対話にならない。メッセージをやりとりしてもたいてい排除の方向にしか進まない。というのは、「みんなの感覚」=「私の感覚」、つまり「私の感覚」はない、ということをたいていは隠蔽したがるからです。で、そういった時に言われる台詞が「理性的」です。「私の感覚」と「みんなの感覚」が理性で結びついているから「正しい」とくる。

>愚樵さんのお考えの「包摂」とはどのようなものか、聞いてみたい気もしますが…

まず「自分の感覚」をもつことです。それは別に人と違った感覚である必要なありません。

>自分が、相手とは異なる意見を持っているときは、違和感を率直に表現すること。
>相手と自分の意見の違いを認めた上で、相手を否定せず、尊重すること。

は、その次です。いくら相手を尊重しても、「自分との対話」ができなければ違和感は違和感のまま。否定はしなくても肯定もできない。

対話の結果が排除になってもよい。人はそれを排除とは感じません。二分は残るんです。でも「できない」ことはいずれ排除になります。「できない」ままでの放置はすぐに無視になり、無視は排除です。
2010/06/29 11:41 PM posted by: 月ノヒカリ
愚樵さん、レスおよびトラックバックありがとうございます。

>「貨幣が同調圧力から逃れるために必要」「村八分は残酷」
>これ、月ノヒカリさん自身の感覚ですか?

はい。私自身の感覚として、思ったことを書きました。
基本的に、前々回のコメントも含め、私の書く文章は、私自身の感覚をもとにして書いてます。
「みんなの感覚」を書いたつもりはありませんでした。

前々回のコメントを読み返すと、確かに2回ほど、「皆」という言葉を使っていますね。
それで、誤解されたのかもしれませんので、もう一度言い直します。

「貨幣による個人化も同調圧力」というのは、ちょっと言い過ぎな気がします。
貨幣が共同体を破壊した、という面も確かにあるかもしれません。
しかし、貨幣のおかげで様々なしがらみから自由になれた、という側面もあると思うのです。

そして私自身の感覚としては、「共同体が必要」という思いと、「しがらみから自由になりたい」という思い、両方持っています。
だから、一概に貨幣を否定することはできないし、かといって今のままでいいとも思いません。


>でも、月ノヒカリさんは“共同体は知らない”とも言われている。

正確には、私は「よき共同体を経験したことがない」と書きました。
つまり、これまで私が経験してきた共同体は、「他者を排除することによって、身内の結束を固める」ような、陰湿なものだと感じていたのです。
わかりやすく書くと、「他人の陰口を叩くことで盛り上がる集団」のような感じですね。
「村八分は残酷」というのは、私自身の感覚です。


>「私の感覚」と「みんなの感覚」

これについても、ひとつ問題提起を。
「感覚」は確かに「個人」のものです。
しかし、「私の感覚」と「他者の感覚」がぶつかり合うだけでは、「対話」は成り立ちません。
両者の間に、「共通言語」とか「共通認識」が必要だと思うのです。

例をあげると、愚樵さんの3回めのコメントにあった「プレカリアート」という言葉、具体的に誰を指すのか(日本の氷河期世代のことなのか?それとも欧州の話なのか?)、私にはわかりませんでした。

その他の例を出すと、「右翼」「左翼」という言葉も、何を指すのか人によって異なる有様です。
(愚樵さんのブログの「勤勉革命」のエントリで、右翼と左翼の定義を書かれていましたが、例えば社会学者の宮台真司さんは全く異なる定義をしています。)

そして現に今も、愚樵さんの「排除」という言葉、私が思っているのとは別の意味で使ってらっしゃるようで、私はとても困惑しています。
私はここでは、「排除」とは端的に「仲間はずれにする」という意味で使っています。


私が前々回のコメントに書いた「皆に共有される共通認識が育っていない」というのは、そもそも対話するための土壌ができていないということで、憂慮すべき事態だと感じています。

まとめるとこうなります。
「私の感覚」は大切だし、私もそれに基づいて発言しています。
しかし一方で、「みんなに通用する共通言語」も育てていかなければならない。

そのために私は、私自身を見つめるとともに、「みんな」の方を向くこともあるのです。

これが私の答えになります。
拙い文章ですが、ご理解いただければ幸いです。
2010/06/30 3:27 AM posted by: 愚樵
延長戦もぼちぼち潮時のようですが。

>「私の感覚」は大切だし、私もそれに基づいて発言しています。
>しかし一方で、「みんなに通用する共通言語」も育てていかなければならない。

いや、面白いです。やっぱり答えはそのようになるのかと。これでは対話は堂々巡り(笑)

「みんなに通用する共通言語」を育てる。それを月ノヒカリさんは「正しい」と感じておられる。それがすでに同調圧力になってしまっています。

「みんなに通用」が正しいとすれば。通用しない者は「みんな」ではないわけでしょう? 

これは屁理屈と思われるかもしれませんが、そうではないのです。まさに貨幣がその「共通言語」として育ってきた、だから同調圧力だ、と言っているのです。
(宮台氏はそのことを「システムの全域化」と表現しているはずです。)

同調圧力を圧力として感じるのは、自らを「共同体」の枠外に置いたとき。「共同体」の枠内では同調圧力は感じないもの。私は「共同体」の枠外に自らを位置づけることを「私の感覚」と言っています。
(ここでいう「共同体」とは、これまで言っていた共同体とは意味が少し違います。)

>愚樵さんの「排除」という言葉、私が思っているのとは別の意味で使ってらっしゃるようで、私はとても困惑しています。

そうでしょうとも。私は「私の感覚」で「私の言葉」を操っていますから。月ノヒカリさんのいう「共通言語」などハナから埒外です。私にとって必要なのは「私と月ノヒカリさんの間で通用する言語」です。それだから私は“「月ノヒカリさんの感覚」ですか?”と問うのですね。

私は先に“排除は「正しさ」に基づいて行なわれる”という旨のことをいいました。同調圧力が生じるのも共同体の成員に「正しい」という共通認識があるからこそで、その「正しい」に従わない者が「村八分」となる。そしてそのことを月ノヒカリさんの感覚は残酷だという。

が、月ノヒカリさんの想定する「共通言語共同体」の枠外にいる私から見れば、月ノヒカリさんのやっていることは同じに見えるのです。これが4度目のコメントで指摘したことです。

月ノヒカリさんは私の4度目のコメントを“気分を害した”と捉え、その感情を包摂しようとしてくださいました。なのでこうして延長戦に突入しているわけですが、私は感情は動いたが害したわけではないと答えたのは、こういった「共同体への視線」は必ず感情が伴うものだから。

というわけで、私の此度のコメントとも4度目と同じく挑発です。ゴメンナサイ。
2010/07/03 11:52 PM posted by: 月ノヒカリ
愚樵さん、こんばんは。
申し訳ありませんが、愚樵さんのおっしゃることが私にはよく理解できません。

>「私と月ノヒカリさんの間で通用する言語」
愚樵さんの言語、私にはまったく通用していないようです。

このブログは、病気や様々な困難を抱えた人間(私も含め)が、どうしたら生きていけるのか、というのが「幹」にあるテーマです。
本筋から外れた「枝葉」の議論を、これ以上するつもりはありません。

愚樵さんの4度目以降のコメント、私にはとても不快でした。

このブログのコメント欄は、ブログを読んでくださる読者の方と「対話」するためにあるのだと思っています。
私は、「対話」には「相手を尊重する」ということが、第一に必要だと考えています。

愚樵さんがここでされたような「挑発」は、ブログ主として大変迷惑です。
以後このような迷惑行為は、当ブログではご遠慮ください。

愚樵さんも、
>延長戦もぼちぼち潮時のようですが。
と書いていらっしゃいますので、この話はここでおしまいにしたいと思います。
今回のことはいい勉強になりました。
何度もコメントありがとうございました。
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Trackback
http://newmoon555.jugem.jp/trackback/155
2010/06/21 11:08 PM posted by: 村野瀬玲奈の秘書課広報室
  経団連に代表される日本の財界あるいは日本の(大企業中心の)企業社会が求める「国際競争力」という「概念」がありますね。(ただの「...
2010/06/21 11:08 PM posted by: 村野瀬玲奈の秘書課広報室
  まず、消費税値上げ論議について、神野直彦著「財政のしくみがわかる本」(岩波ジュニア新書)の紹介をしている、「地下生活者の手遊び...
2010/06/25 12:45 AM posted by: 村野瀬玲奈の秘書課広報室
  kojitakenさんの記事、「日本の所得税制が超高所得者に有利な逆進課税になっている動かぬ証拠」での「この財務省のウェブページには、他に...
2010/06/28 5:25 AM posted by: 愚樵空論
ハラスメントについては以前も取り上げましたが、改めて。 ********************************** ...
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