2010.06.27 Sunday 23:00
先日、2chのコピペと「社会的排除/包摂」の記事で、私は「包摂」を「排除」の対概念として紹介した。
「包摂」というのは、菅首相の所信表明(「一人ひとりを包摂する社会」の実現)にも登場したように、もともとは社会科学とか社会政策の分野で使われる言葉だ。
でも、それだけで終わらせたくない。「包摂」という概念は、摩擦の多い社会のさまざまな場面で使える、なかなかよい言葉だと思っている。

私は、このブログでも「包摂」を実践していきたいんだ。
だからコメント欄は解放しているし、明らかな迷惑コメント以外には、全レスする方針でやってる(まあこれはコメント数が少ないからできることですが)。

以前、「政治的主張に必要なこと〜高橋源一郎氏のTwitterから」で紹介した原則を、このブログのルールとしても採用したい、と私は書いた。高橋源一郎さんは、ツイッターでの発言を拝見している限り、かなり「包摂」を体現しているように思う。

「包摂」という言葉、私は社会学者の宮台真司さん経由で知ったので、宮台さんの言葉を引用すると、
「“みな友達”の禁止」「抹殺の禁止 」という両立し難い2つの意味で「敵の抹消」を禁じる
というのが、「包摂」の定義に近いと思う。

でも、これだけじゃわかりにくいかな。
宮台真司さんの新刊『中学生からの愛の授業』のあとがきに、「包摂」についてわかりやすく説明してあったので、以下に引用したい。(あとがき全文はこちらで読めます。)
「包摂」とは、のけ者にすること(排除)の反対で、手を差し伸べて仲間にすることです。もはや経済が当てにならない昨今、「包摂」なくして人を「幸せ」にする社会は望めません。
 近ごろ「イラッとくる」という言葉が若い子を中心によく使われています。その前は「KY」という言葉が流行りました。日々の生活で「イラッとくる」ことがたくさんあるのは理解できます。(中略)でも、だからといって、感情のままに、相手を攻撃して「排除」するようでは、その人自身も「幸せ」にはなれません。
(中略)
 小さな問題に目くじらを立てていたら、一人一人の人間関係も、民族と民族の関係も、国と国の関係も、メチャクチャになります。逆に、大きな心で「いつでも親密な関係に入れるぞ」という構えで、ビシッと言うべきことを言うのであれば、素晴らしいです。
 クダラナイことで「排除」的になることが愚かであるのと同じように、ノイズやトラブルを恐れて「言うべきことを言わない」のは愚かです。そのような愚かな存在は、相手との間に、腹を割れるような信頼関係も、切っても切れない絆も、絶対に作れません。

  (宮台真司『中学生からの愛の授業』P.269-270 太字は引用者による)

私はこれまで、あまり「感情のままに相手を攻撃する」ことはしてこなかったと思う。
一方で、「ノイズやトラブルを恐れて、言うべきことを言わない」というのは、「まさにこれ私のことだ!」って感じで。

自分の意見を主張すると、相手と摩擦が生じることがある。
それが怖くて、私はこれまで、言いたいことがなかなか言えなくて、溜め込んでたんだけど。
「せめてネット上では、きちんと自分の意見を言えるようになりたい」と意識し始めたことが、このブログを始めた動機の一つだった。

そんなわけで、コメント欄にいただいた意見でも、「私の意見とは異なる」と感じたときは、率直に、でも感情的にならないように注意しながら、自分の意見を述べるようにしてきた。
私はその対話を有意義だと思ってるんだけど、もしかしたら過去にコメントくださった方で、気分を害されたコメント主さんもいたかもしれません。それでこのブログを読むのをやめたというのなら、それでもいいです。でももし、まだ読んでくれていて、「気まずい」とか感じてコメントできないというのなら、気にせずコメントして欲しいな、って思ってます。

ただし、唯一の例外。
昨年の総選挙時の「自民党のネガキャン」の記事に、絡むようなコメントを書いてきた人たちには、もう来て欲しくないです(笑)
ちゃんと記事を読めっつうの。
私だって、不毛な言い争いはしたくないですよ……。

万が一「言い争い」になったとしても、決して感情的にはならないように。
「言い争い」ではなく、「対話」に近づけるように。
というのが、私がコメントを書く上で、自分に課しているルールです。
自分とは異なる意見にも、真摯に耳を傾けてこそ、自分の主張をよりよいものに進化(深化)させていける、と私は信じているから。

というわけで、過去にコメントされた方々、まだコメント欄には未登場の方々、皆さんコメントは気軽に残してくださいね〜。というお話でした。

| ●月ノヒカリ● | その他雑文 | comments(3) | trackbacks(0) |
2018.05.31 Thursday 23:00
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Comment
2011/08/14 6:57 PM posted by: マザー
自分に心地よいコメントだけを望むなら
ブログのコメント欄は設けるべきではないと思います。
ミクシイのほうが向いているのでは?
2011/08/14 10:39 PM posted by: ジェットマグロ
マザーさん
コメント欄を解放するからには、2ちゃんねる並の罵詈雑言が飛び交うのにも耐えねばならない、それができないのであれば、最初からやるべきではない、という事ですか?
よければ考えをお聞かせ下さい。
2011/08/15 12:15 AM posted by: 月ノヒカリ
☆マザーさん

はじめまして。

貴方がどういう意図でコメントされたのか、私にはわかりません。
私はどのようなコメントであれ、「対話」を求める方にはちゃんとレスしたいと思ってますし、嫌がらせのようなコメントをいただくと、不快になります。
あと私は、ミクシィには入会していないので、向いているのかどうかわかりません。



☆ジェットマグロさん

こんばんは〜。
このブログは、あまり目立たずひっそり営業している過疎ブログなので、煽りコメントを書き込まれることは少ないのですが、それでも極稀にあります。

そんで、煽りコメントをいただくと、ブログ主としてはやっぱりイラッとか、ムカッとか、してしまいます。
いや、修行が足りませんね(笑)

今回もちょっとイラッとしてしまったのですが、ジェットマグロさんのコメントを読んで落ち着きました。
ありがとうございました。

上のマザーさんのコメントは、おそらく書き捨てなので、華麗にスルーしてくださいませ。

コメントありがとうございました。それでは、また。
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