2010.08.06 Friday 23:40
クォンタム・ファミリーズ
東 浩紀
新潮社
売り上げランキング: 14374

批評家・東浩紀の初小説。
東浩紀さんについては、同世代のオタク系(?)評論家として名前は知っていたんだけど、専門がデリダとかね、私には難解すぎてついていけず、敬遠していた。

この『クォンタム・ファミリーズ』、朝日新聞の書評で興味を持って、書店で立ち読みしたら、ものすごく引き込まれて―――そこで買わずに、図書館で借りるのが、ヒキコモリ節約術です(笑)
この作品、三島由起夫賞受賞が決まって、図書館でもなかなか借りられなかったのですが、つい先日やっと読むことができました。

結論。ものすごく面白かった。
スリリングなSFで、かつ私小説でもある。こんな作品は、初めて読んだ気がする。
私にこの面白さを伝えきれるか自信ないけど、ネタバレありで、以下感想など。

「クォンタム・ファミリーズ」―――直訳すると「量子家族」。
主人公・葦船往人(35歳)は、大学教員で、あまり売れていない作家(あずまん本人がモデルとしか思えない設定だ)。
妻・友梨花との間に子どもはなく、妻との関係は冷えきっている。
ところがある日、自分には存在しないはずの娘から、メールが送られてくる。
彼女の生きている未来世界では、自分の今いる世界の他に無数の並行世界が存在し、それがネットを通じて繋がっているというのだ。

パラレルワールド(並行世界)というのは、サブカルではお馴染みの設定なんだけど、これ、まったく科学的根拠がない話じゃないんだよね。
量子力学には多世界解釈(エヴェレット解釈)というのがあって、それがSFに流用されて、「並行世界」という設定をもつSF作品が生み出されてきたらしいんだけど……私には難しいことはよくわからない。でも、こういう蘊蓄とか専門用語は、読み飛ばしても充分楽しめる、はずです。

ただ、この小説の設定は、決して荒唐無稽な、「あり得ない」話とは感じられない。ネットなしでは生きていけない自分のような人間にとって、むしろリアリティに満ちている。

ネットの向こう側から、並行世界の住人が、アクセスしようと試みている、とか。
「自分ではない自分の人生の記憶が頭に入り込んでくる」という精神疾患、「検索性同一障害」の大流行する未来社会とか。
PCソフトのインターフェースが、魂を吹き込まれたように「生きたキャラクター」として立ち現れたりとか。

小説の設定に過ぎないんだけど、「この感覚、私にもわかる!」という、不思議な共振を感じてしまった。
あまりにも多すぎる情報と、何が嘘で何が真実か、判断できない複雑な世界。
「胡蝶の夢」みたいな、現実と虚構が入り組んで混線している感覚。

PCとインターネットは、20年前には想像もつかなかった世界に、私たちを導いた。
この小説の設定はもちろんフィクションだ。でも、ネットが私たちにもたらした自由と、その隣り合わせの不安。
今まさに私たちの内部で起こっている「変質」を、この小説は巧妙に描き出している。

この小説の構造が面白い。
冒頭と末尾に「物語外」という文章があって、小説本編を挟み込んでいる形になっているのだ。
冒頭部分の「物語外」は、いくつかの資料の引用から成り立っているんだけど、そのひとつ、ある並行世界の葦船往人が書いたブログ記事(資料C)を、私は「ひきこもり論」として面白く読んだ。以下に一部抜粋してみる。
 ……
 ぼくたちの目的はなにか。それは地下室人を救うことだ。
 では救うとはなにか。それは決して、地下室人を自室から引きずり出し、上下で五〇〇〇円のスーツを着せて手取り一四万円の職場に送り出すことではあるまい。
(中略)
 だとすれば、ぼくたちにできるのは、地下室人を地下室人のまま生かし続けることしかない。彼らの呪詛を呪詛として受け止め、その言葉を決してどこにも届けることなく、尊厳が奪われた亜人間の生をそのまま受容する空間を用意するしかない。
(中略)
 尊厳なしでひとが生きることができる世界を作れ。
(中略)
 ぼくたちには、このブログで繰り返し述べてきたように、いまやその訴えを工学的に掬い上げるテクノロジーがある。
(中略)
 だからぼくたちは、グローバル化、新自由主義化、監視社会化を押しとどめるのではなく、むしろその流れをはるかに徹底して、臨界まで押し進めなければならない。
(中略)
 ぼくは、未来の地下室人は、宗教的にではなく工学的に救われるべきだと考える。それこそがぼくたちの希望だ。

   (物語外1 資料C 葦船往人の網上地下室より)

私は思想家としての東浩紀の仕事については詳しくないんだけど、どうも東は「情報工学」(インターネットを含む)に可能性を見出しているようだ。

物語中に、「工学的に救われた」地下室人の例と思われるエピソードがでてくる。
重い鬱病で入退院を繰り返してきたという、28歳の女性・渚の生活だ。
渚は、病歴を活かして大手シンクタンクと契約し、身体にチップをつけ、自分の生活情報をデータとして売って収入を得ている、という設定なのだ。脈拍や体温、食事や排泄、友人と会うとかセックスしたとかまで、日常生活すべてを丸裸にされる代わりに、お金を得る。(P.111)
この設定、じつに興味深い。というか、もしかしたら実現するかもしれないな、と思わせる。
病人のライフログが研究対象として「金になる」時代がくるのだろうか? 自分も病気を抱える人間として、もし実現したらと思うと、ちょっとゾッとするけどね。
この部分、哲学者・東浩紀の思想(あるいは狂気)の一端を見た気がする。


あと、リアルだったのは、登場人物たちが、自身の「生」を「虚構(ゲーム)」と捉えているところ。
「あなたがこれから生きるのは一種のシミュレーションです。それはあなたの現実ではない。あなたは現実を失うのです。けれどもあなたには、それを知った上で虚構を生き抜いてほしい。」(P.79)

「ゲームのプレイヤーは、それがゲームであることを忘れたときにもっとも強くなれる。」(P.81)

「ゲームはいつか終わる。ゲームを続けるためにはリセットをかけなければならない。それがゲームであることを思い出さなければならない。ゲームをプレイし続けるためにこそ、虚構の世界で生き続けるためにこそ、ぼくたちはつねにリセットボタンに手をかけておかなければならない。」(P.371)

東浩紀はかなりのゲーム好きで、この小説を「美少女ゲームの二次創作でもある」(『新潮 2010年7月号』)と語っている。
私はゲームはまったくやらないんだけど、この感覚は痛いほどわかる。

「自分の生は、ゲームのような虚構に過ぎない」という感覚。あるいは、「虚構化しなければ生きられない。ベタに自分の人生を肯定することができない」という、この世界と自分との間に、埋めがたいギャップが存在する感覚。
この小説のSF的な設定が、「現実離れしたもの」とは思えず、むしろ「リアルな実感」として迫ってきて、だからこそ物語世界に引きずり込まれる。

ある並行世界で生まれた娘・風子と、別の並行世界で生まれた息子・理樹、妻・友梨花、そして往人が、時空を超えて集合し、虚構の家族を演じる第二部。
ここでさらにドロドロの人間関係が明らかになるあたり、救いようのない話だったりするんだけど(でも私はこういうの好きだ)、ラストで往人は、「この滅びゆく偽物の世界を肯定しよう」と、虚構の生を引き受ける決意を示す。

この「虚構の生を肯定する」ということ、私は自分の言葉では、うまく説明する自信がない。でもそれを書かなければ、私がこの小説で味わった感動の本質に触れていないことになる。
ここまででずいぶん長くなってしまったので、それについては次回書くつもり。

ただ一カ所、この小説のマイナス点をあげると。
小学生女児への性的暴行描写は、どうしても生理的に受け入れられなかった。私はロリペドが心底嫌いなので、あのシーンはドン引きしました。あずまんのド変態っ!!

というわけで次回に続く

| ●月ノヒカリ● | 読書感想 | comments(0) | trackbacks(1) |
2020.09.12 Saturday 23:40
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2010/08/11 7:10 PM posted by: ブックラバー宣言
●東浩紀著『クォンタム・ファミリーズ』/新潮社/2009年12月発行  今、小説を書こうとすればSF小説のようなものにならざるをえない。柄谷行人がそのような意味のことを話していたのはいつのことだったか。その柄谷に認められて論壇にデビューした東浩紀が初めて
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