2011.09.08 Thursday 21:21
ちょっと今、プロフィールを書き換えようと思っているのですが。(ブログも二年続けたことだし、方向性とか、いろいろと考えてて。)

プロフィールといっても、自分の経歴といえば、学歴はショボイし、職歴はダメダメだし、人に誇れるようなものは何一つないのですが……唯一「病歴」だけは、わりと華々しい方ではなかろうか、と思いまして。

というわけで、以下は自己紹介代わりの「病歴」です。
自分が罹患した順番、「アトピー」→「子宮筋腫」→「統合失調症」→「乳がん」の順に書きました。
すんごく長くなっちゃったけど、途中で切りたくないので、一記事にしています。

おそらく、読んで愉快な内容じゃないです。
あと、主観的な内容なので、同病の患者さんに役立つ情報ではないと思います。
ご理解の上、よろしければお読みください。

【アトピー】

私は子どもの頃から、アレルギー体質ではあったんだけど、アトピーの症状が酷くなったのは中学生のときだ。
それについては過去記事にも断片的に書いたけど、思春期に「外見にあらわれる」病気になるのって、相当につらかった。

今もトラウマになっているのは、あるとき母に、デコボコになった手足を見せたとき、「気持ち悪いから見せるな」と言われたこと。
「気持ち悪い」ということばは、おそらく誰に言われても落ち込むものだろうけど……母親に言われたというのは、とりわけショックが大きかった。
実の母親が「気持ち悪い」というのなら、世界中の人間が自分を「気持ち悪い」と思っても仕方ないだろうなあって、そんなふうに考えるようになった。


私は、かなり自意識をこじらせてる気がするけど、そうなったのはこの病気の影響が大きいと思う。
それでも、学校には普通に通っていたから、この頃はまだよかったんじゃないかな。

転機が来たのは、大学を卒業して一年ちょっと経った頃のこと。
それまで自分が受けてきたアトピーの治療は、(標準的な治療である)抗アレルギー剤の内服と、ステロイドの塗り薬だったのだけど。(他にも漢方とか民間療法とかいろいろやったけど、それは置いておく。)

で、二十代半ばのある日、某大学病院の皮膚科を受診したとき、医師に「ステロイドをやめなければ治らない」と言われたのだ。(その医師は、標準的なアトピー治療に異議を唱えている人だった。)
ちょっと悩んだものの、私はそこでステロイド離脱(=ステロイドの塗り薬をやめること)を始めることになった。

これは、衝撃の体験だった。
ステロイド外用薬を塗るのをやめた途端、これまで体験したことのない症状が襲ってきた。
まず発熱、全身の皮膚から浸出液が出て、激しい痒みと痛みに絶え間なく襲われ、皮膚がポロポロと次々に剥がれ落ちる。
全身ゾンビ状態、と表現しても伝わらないかもしれない。

「死んだ方がマシ」な「生き地獄」って本当にあるんだな、とそのとき初めて実感した。
「誰でもいいから今、自分を殺してくれたら全財産あげるのに」などと、うなされながら本気で願った(全財産といっても20万円くらいしかなかったけど)。

でも、そんな「生き地獄」状態だったのは一週間くらいで、それから本当に少しずつだけど、身体を動かせるようになり、ご飯も食べられるようになった。
そのとき私は初めて、骨身にしみて、思い知らされたのだ。
「当たり前のこと」って、実は、ぜんぜん当たり前じゃなかったんだ!と。

ご飯が食べられるということ。
自分の足で歩いて外へ出られること。
本を読んだり、TVを見たりできること。
そういう「普通の生活」を送れるということ、それって実は、ものすごく恵まれていて幸せなことだったんだ。

このときの、雷に打たれたような感覚は、今も私の中に通底して流れている。
「普通の日常」を送れるということが、どれほどかけがえのない、有り難いことなのか。
そのことは一生、忘れないつもりだ。

慢性のアトピー患者に、ステロイドを使うのが正しいかどうか、ステロイドを止めるのがいいことかどうかという問題は、長く議論されているけど、私もいまだに答えがわからない。
ただ、これ以降、私は医療のあり方に疑問を抱くようになったのだけど、それはまた別の機会に。

ひとつ追記したいのは、私はこのあと数年の間に、子宮筋腫の手術に統合失調症、乳がんを経験してるんだけど、それら全てと比較して、アトピーは決して「ラクな病気」ではなかった、ということ。
でも、アトピーが「ラクな病気ではない」ことはあまり理解されない。だからこそ、苦痛が大きかったのだと思う。
実際、まだ「外出するのがやっと」の状態のとき、両親からの「さっさと働け」攻撃には、心底ダメージを受けた。病気の苦痛って、同居している家族にすら理解されないものなんだな、とつくづく実感したものだった。


【子宮筋腫】

上の状態から約2年ほど過ぎた頃、私は子宮筋腫の手術を受けることになった。
子宮筋腫というのは、子宮内部にできる良性の腫瘍のこと。
癌と違って良性の病気だから、適切な治療をすれば死ぬことはないわけで、だからわりと「軽い病気」という扱いを受けるけど……そんな生易しいものではなかったよ。少なくとも私にとっては。

主な症状は、私の場合、月経過多と貧血だった。
生理のとき、血の塊みたいなドロドロしたものが怖いくらいたくさん流れ出て、そのあと貧血になってグッタリ、というのを何度か繰り返した。
吸血鬼に血を絞り取られたあとのように、いつもからだが重かった。

このままでは身体が持たないと感じて、手術をすることになったわけですが。
その手術も決してラクではなかった。

手術した日の夜のこと、今も覚えてる。
一晩中、熱にうなされて(子宮を切ると熱が出るものらしい)、寝返りも打てず、からだが痛くて、うつらうつらと眠ろうとするものの、すぐに目が覚め、しかも身動きできない。このまま永遠に夜が明けないんじゃないかと思うくらい、長く苦しい時間だった。

それでも次の日には起き上がれるようになったし、その次の日には歩けるようになったし、人間ってちゃんと回復するものなんだなあ、と感心したものです。
ただ、やっと起き上がれるようになったと思ったら、傷が痛むのにレントゲン撮影に行かなきゃいけないとか、入院生活というのもなかなかに重労働でしたが。

この病気でとりわけつらかったのは、婦人科疾患であること、つまり「産婦人科」という特殊な診療科の病気だったことだ。
ふつう、病院というのは病気の人が来るところだけど、産婦人科は違う。妊婦さん、つまり病気ではなく「おめでた」の人が多いんだ。
周りが妊婦さんばかり(に見えた)の中で、「貧血で青い顔してる病人って自分だけなの?」などと暗い気分になったものだ。内診も嫌だったし。

今はそういうこと割り切ってるけど、当時はまだ二十代だったから、割り切れないことも多かった。
手術したら、つらい症状はなくなったので、それは良かったんだけど。


【統合失調症】

統合失調症を最初に発症したのは、子宮筋腫の手術を終えて退院してから、わずか数ヶ月後のことだった。
発症というか、初めて幻聴が聞こえたのがそのとき。で、本当にどうしようもなくなって精神科に行ったのは、さらに一年後のことなんだけど。
つまり、初めのうちは、そんな深刻なことだと思ってなかったんですよ。

そのときのことは、過去記事(統合失調症をカミングアウトすること)にちょっとだけ書いたので、興味のある方はそちらを参照してください。
ひとつ付け加えると、これまで体験したような「肉体的な苦痛」を上回る、おぞましいほどの「精神的苦痛」が存在するのだ、と知ったのがそのときだ。

そして蛇足だけど、精神科では病名告知はされなかった。つまり、精神科へ行ったら「あなたは統合失調症です」と言われたりはしなかった。
じゃあなんで自分が統合失調症だとわかったかというと、処方されている薬をネットで調べたら、統合失調症の薬だったというのがひとつ。
あと、医師に診断書を書いてもらったとき、病名欄に「統合失調症」とあって、それがだめ押しだった、という感じです。


【乳がん】

実は、自覚症状があった(胸のしこりに気づいた)のは、統合失調症の発症と同じ頃のこと。
でも、統合失調症を発症している最中はそれどころではなくて、病院へ行くことはなかった。というか、できなかった。
「乳がん」と宣告されるのが怖かった、というのもある。
それに精神状態が不安定だったので、癌の治療を進める自信もなかった。

いろいろあって、二年後にやっと、「今なら、癌と闘えるかもしれない」という心境になって、専門医(乳腺外科という)を受診した。
病院へ行く前に、乳がんについての本を読んで、おそらく自分は癌だろうなと感じていたので、告知されても驚きはなかった。

それから、抗がん剤治療が始まった。アントラサイクリン系とタキサン系という2種類の抗がん剤。
抗がん剤治療中のことは、ちょっとだけ過去記事にも書いた。
髪は全部抜けちゃったし、食べたら吐くし、本当にしんどかったけど、それでも“終わり”があるだけマシだったのかもしれない。

抗がん剤治療のあと、手術を受けた。
私は、手術するまでに時間があったから、気持ちの整理はできているし、冷静に受けとめられると思ってた。
でも実際は、そうでもなかったんだよね。
退院してから、家で服を脱いで、鏡に映った胸の傷痕を見たとき、自分でもびっくりするくらいショックを受けた。
頭では納得して、胸の傷を受け入れているつもりでも、心はぜんぜん納得してなかったんだな。これはたぶん今も変わらない。

そのあと、放射線治療、ホルモン療法と、治療は続いた。
ホルモン療法は、抗がん剤のような劇的な副作用はないんけど、じわじわと全身がこわばっていくような苦しさがあった。不眠や鬱の症状が出たのもこの頃。

癌という病気は、「治療したら楽になる」のではなく、「治療したらしんどくなる」というあたり、やっかいな病気だなと思うのです。

    *   *   *   *   *   *   *

とりあえず、こんなところで。
また何かあれば、書き足すかもしれません。

その後も、統合失調症は一度再発してるし、アトピーは何度も悪化を繰り返して、子宮筋腫は現在再発中、という病気とは縁が切れない状態なのですが。
マジで「これからどうやって生きていけばいいの?」という感じなのですが。

私はこの4つの病気を、20代半ば頃から、わずか数年のうちに次々と発症したので、自分の歴史は「病気ばっかり」という印象しかないんだろうな。
働いていた時期もあるし、新しいことにチャレンジしたこともあるんだけどね。
「いい想い出」ってさっぱり見当たらない。

私はわりと子どもの頃から、「自分は大人になって、社会でちゃんとやっていけるのだろうか?」という不安をもってたんだけど―――現実は、「悪い予想図」のさらに斜め上を行く展開だった。
「30過ぎてフリーターだったら嫌だな」などと思っていたら、現実はひきこもりだし。(フリーターなら全然いいよ。)
身内に癌患者がいるので、自分もいつか癌になるかもしれない、と覚悟はしてたけど、まさかこんなに早く罹るとは思わなかったし。
もともと鬱屈した性格だったので、心の病いになることもあるかも、とは考えていたけど……統合失調症はないわー。

そんな感じで、いろいろと「想定外」の人生でした。
それでも、人間ってそれなりに生きていけるものなんだな。不思議なことに。

ここに書いたのは、病気になって「つらかったこと」ばかりな気がするけど、実際には、ちょこっとは「いいこと」もあったように思う。というか、そう思いたい。

「キャンサーギフト」という言葉がある。「癌からの贈り物」という意味だ。
病気って、悪いことばかりではない。病気からの「ギフト」も見つかるはず。
・・・ということも、いずれ書けるようになったらいいな、と思います。

とりあえず以上です。
ここまで読んでくれたひと、ありがとう。


☆2013年4月26日追記☆
2013年、乳がんリンパ節再発がわかり3月に手術。術後ホルモン療法5年間の予定です。


☆2016年6月9日追記☆
乳がん肝転移および骨転移と判明しました。

→ http://newmoon555.jugem.jp/?eid=508







| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(7) | trackbacks(0) |
2017.06.13 Tuesday 21:21
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Comment
2011/09/09 12:26 AM posted by: ジェットマグロ
こんにちは。

アウシュヴィッツの収容所で、心身ともに頑健な人よりも、むしろ病弱で繊細な人の方が長期間耐えた、と、ヴィクトール・フランクルは語っています。

私はブログ主とはお会いしたこともなく、このブログの文章を通じてしか知りませんが、恐らくブログ主は、かなり長期間耐えられる人に違いないと思っています。

これは私が勝手に想像しているだけであり、
「“アウシュヴィッツで長期間耐えられる資質”を褒められたって全然うれしくない!プンプン」
と怒られるかもしれません。そうであればごめんなさい。
2011/09/09 9:40 AM posted by: 青い鳥
こんにちは(^-^*)/
>「死んだ方がマシ」な「生き地獄」って本当にあるんだな、とそのとき初めて実感した。

凄く、お辛かったのですね…。

>「普通の日常」を送れるということが、どれほどかけがえのない、有り難いことなのか。
そのことは一生、忘れないつもりだ。

そうでしょうね…わたしのH.N.の由来も、そう「幸せは、すぐ近くに…。」です…。
>「肉体的な苦痛」を上回る、おぞましいほどの「精神的苦痛」が存在するのだ、と知ったのがそのときだ。

でも耐えられた…。やはり、月ノヒカリさんは、精神的にお強い方ですね…。 わたしだったら、とても、とても…。恥ずかしながら、わたくしめ、小心者で、恐がり。いじけ虫、痛みに弱く、注射の時なんか手が震え看護師さんに『男の癖に…』みたいに嘲笑される始末。それだけに、月ノヒカリさんを心から尊敬します。
>癌という病気は、「治療したら楽になる」のではなく、「治療したらしんどくなる」というあたり、やっかいな病気だなと思うのです。

やはり経験された方でないと解らないことですね…。
わたしも、挫折、倒産、夜逃げ、監禁、殺されかけた、経済的苦境…などなど色々経験してきましたが、貴女のつらさに比べたら…。
医師との信頼関係も大切なんでしょうね…、それと、医療技術の進歩は日進月歩目まぐるしいものがあります。月ノヒカリさんの苦痛が少しでも和らぎ、あらゆる病が一日でも早く癒えますことを心から、お祈りしておりますよ…(^_-)-☆
幸せを信じて、どうか、ご自愛くださいね…o(^-^)o
2011/09/09 10:45 PM posted by: た
私は生まれてすぐアトピーになりました。特に高校生の頃、アトピーがひどくなり大変な思いをしました。そのころ親に言われたのが顔をしかめて「汚い」でした。また、社会人になりうつ病に罹りました。主治医から休職を勧められ休職をしましたが、そのこと自体親は知りません。休職中も休職前同様に朝、家をネットカフェで過ごしていました。自宅で休んでいるよりも落ち着けるからです。
あまりこんな事を書いてもしょうがないのでお互いよく「生き延びた」と自分を褒めることにしましょう。ダメ人間同士キズを舐め合うのも生きていくスキルかもしれません。
2011/09/10 11:26 PM posted by: 月ノヒカリ
☆ジェットマグロさん

こんばんは〜。

>心身ともに頑健な人よりも、むしろ病弱で繊細な人の方が長期間耐えた

この話、私も読んだことある気がします。
『夜と霧』にありましたっけ?
普通なら頑健な人の方が耐えられそうなのに……意外というか、不思議ですね。
きっと収容所で奪われるのは、体力だけではなかったのでしょうね。

『夜と霧』を読む限り、自分には収容所生活に耐えられるとは思えませんが……というか、収容所生活なんて一生縁がない方がいいのですが(笑)

励ましのお言葉として、受けとめておきます。ありがとうございます。



☆青い鳥さん

こんばんは〜。

誰が大変だとか、どっちがつらいとか、量れるものではないんだと思います。
人それぞれ、いろいろな苦労や思いを抱えて生きているのでしょう。
青い鳥さんもそうであるそうに。

ただ、どうも世の中には、「つらい話しはしない方がいい」「明るい方がいい」みたいな空気があって、なかなか「つらい」と言い出しにくい状況があるように感じます。
つらいときはちゃんと「つらい」って言えたらいいなあ、と思ってこのエントリを書きました。

医療は確かに進歩しているし、寿命は延びているけれども、「病気を抱えながら生きる人」の数はむしろ増えているので、そのあたりが難しいところです。
新薬が開発されても、それは新たな副作用との闘いだったりしますし。

温かいお言葉、ありがとうございます。



☆たさん

こんばんは〜。
子ども時代に言われた、親からの負の評価というのは、後々響きますね。
自分を肯定できないとか、自信が持てないとか、そういうことに繋がっていく気がします。

私はあまり「傷を舐め合う」という言葉は好きではないのですが……自分がドツボに嵌まることはあっても、できれば他人を巻き込みたくないな、とは思っています。
ひとりが沼に引きずり込まれそうになったら、別のひとりが引っぱり上げる。
そういう感じで行けたらいいな、と。



皆様コメントありがとうございました。それではまた。
2011/09/16 10:28 PM posted by: 青い鳥
今日、血圧を測ったら、 上が180、下が110だった。掛かり付けの医師曰く、「今日から、2ヶ月間ご飯・うどん・揚げ物・いも類はたべるな…。君が心筋梗塞でポックリ逝くのはいいが、脳溢血で生き残り寝たきりになった場合、残された家族が可哀相過ぎる。奥さんや子供のことが大切なら早く再就職して痩せろ!!!。」と、真顔で叱責された。祖父の代からの医者なので言いたいこと、言いやがる…。「俺は、白米が大好きなんや!。 めしが食えへんのやったら死んだ方がマシやッ!」と、ひとりボヤイテおります。(´〜`;)
2013/07/22 10:23 AM posted by: 光の侍従
月のヒカリ様。ここに集う皆様。
せっかくこの世に生まれてきたのだから、
この世の喜びを、できるだけ多く味わってくださいね。
それが、私の願いです。

2013/07/23 11:22 PM posted by: 月ノヒカリ
光の侍従さん、はじめまして。
何とレスすればいいものやら迷いますが……コメントありがとうございました。
光の侍従さんにもたくさんの喜びが訪れますように。
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