2011.09.28 Wednesday 23:44
「病気に縁がない生活」ってどんなものだろう、とたまに想像することがある。
私は、中学生のときから「病気」と無縁ではなかったので、「健康」というのがどういう状態なのか、よくわからなくなっている。

もし自分が健康だったら、人と会うのを楽しいと思うのだろうか。旅行が好きだったりするのだろうか。
いや、やっぱり自分が出不精で人間嫌いなのは、変わらない気もする。


病気を患う人は、〈からだ〉が痛んでいる。それは、病気そのものの症状や、薬の副作用が原因だったりする。
でも実は、病人は〈からだ〉だけじゃなくて、〈こころ〉や〈たましい〉も痛んでいる。
〈こころ〉や〈たましい〉の痛みは、もしかしたら、〈からだ〉の痛みよりももっと強く深く、自分を苦しめているのかもしれない。だってどこにも行き場がないから。

〈からだ〉の痛みは、「医療」の範疇にあるから、医師に相談することもできるし、手当てすることも可能だ。
でも、〈こころ〉や〈たましい〉の痛みは、手当ての方法がない。それどころか、誰にも訴えることができない。

私のなかには、〈からだ〉と〈こころ〉と〈たましい〉の痛みが混ざり合って存在している。「病気」というのは、その全体を指すんだと思う。

〈こころ〉や〈たましい〉の痛みは、目に見えないし、言葉にすることも難しい。
私のからだには、いくつかの手術痕が残っているけど、その傷が痛むことは、今はもうない。
でも手術痕だけじゃなくて、私のなかには「目に見えない傷」がいくつも刻まれているみたいだ。
それが、何かの拍子に意識にのぼってくると、息が苦しくなる。

その「目に見えない傷」について、ここに書くべきかどうか、迷ったんだけど……「傷」というのは、見せられて気分のいいものじゃないし。
でも、ひとつだけ、いちばん最近感じた「目に見えない傷」について、ここに書いておく。

私は乳がんと診断された後、乳がん患者の自助グループの人達に、治療についてのアドバイスをもらったり、精神面の助けになってもらったりした。最近は足が遠のいてるけど、それでも自分もまた再発する可能性がないとはいえないから、今も多少は関わりを持つようにしている。

で、前置きが長くなったけど、つい先日、とある「乳がん患者へのアンケート」の回答を読んだときに、すごく心に引っかかる言葉があったのだ。
「乳がんになって変わったこと」という質問の回答欄に、「仕事を辞めた」とか「体力が衰えた」というのはまあわかるとして、私が引っかかったのは次の言葉だ。
「女として終わりかな、と思った。」
―――この言葉を書いた人が、何歳くらいで、どういう治療を受けた人なのかはわからない。
ただ、私はそれを読んで、すっごいモヤモヤ感が残った。

一方では「やっぱり世間的にはそうなんだな」みたいな納得があって、でももう一方では、「乳がんになったら、女として終わりと思わなきゃいけないのか?」みたいな違和感もあり、「そもそも女として終わりって何?」という疑問も湧いてくる。
こういう問題に、フェミニズムは答えてくれない。

〈こころ〉や〈たましい〉の痛み、目に見えない傷の問題。

うまく言えないけど、「生きがい」とか、そういうワードとも関係している気がする。
「仕事が生きがいで、病気のことを忘れられた」という話は、よく耳にする。
「生きがい」が、「子どもの成長」だったり、家族の存在だったりする人もいる。

でも、そういった「生きがい」をまったく持たない人間は、何を支えに生きればいいのだろう?
これは、私にとって、もうずっと長いあいだ引っかかってる問いなんだけど、いまだに答えが見つからない。

「目に見えない傷」と折り合いをつけることができれば、もう少し、生きるのがしんどくなくなるんじゃないか、とは思うんだけど……。

| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(7) | - |
2017.08.10 Thursday 23:44
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Comment
2011/09/29 12:47 AM posted by: 青い鳥
こんばんは(^-^*)/ 風邪…治りまして?。
からだ、こころ、たましい…。バランスが少しでもズレると辛いのでしょうか?…。わたしは、病では悩みが無かったのですが、イケイケ、ドンドンでやっていた事業が、些細な綻びから下手を打ってしまい、多額の債務を負うハメに…。 精神的にボロボロになった時期が約15年続きました。グッスリ眠った記憶がありません…、いつも何かに追われている精神状態…毎日が地獄でした。そんなある日、ふと「こんな人生、あほらしいなぁ…。」と、単身、中国・北京へ夜逃げ…足掛け5年程行方不明の身に…。最近になり負債も法的に消滅しましたが、『俺は何のために生きているのか?』と思いますが、いつも堂々巡り…。生きる意味が未だ解らないでいます。月ノヒカリさんは、逃げ場のない、からだとこころの病と長年ともにしておられる…、これも筆舌に尽くし難い痛苦の連続であったことでしょうね…。
先日書店で、癌になりにくい体質にするための食材を記した書籍を手にとり、パラパラとみたところ、『毎日、キノコ類・ヨーグルト・レモン・海藻・玄米・大豆を摂れ…』と書いてありました。素人のわたし如きが、余計なことを…相すみません…、、、。
月ノヒカリさん…、ご自愛のほど…(^O^) また何か、面白い書籍や漫画がありましたらご紹介ください…。楽しみにしています…。
2011/09/29 2:04 AM posted by: au
こんばんは、風邪大変でしたね。更新がなかったので、もしかしたらもしかしてしまったんじゃないかと思って心配しました。   でました生きがい。どうしようもなくなって向こうの人達に助けを求めた時に冷然と言い放たれるあの言葉。生きがいを見つけろとか趣味を見つけろたかいう呪文にどれくらい苦しめられてきたことか・・・生きがいを持たない人間はただいつか死ねるということだけが心の支えですかね。まあ何をやってもどうにもならないという人生の限界を思い知ることは、ある意味いろんなくだらない無意味なことから自由になることだと思えます。あなたはただあなたであればいいって奴ですかね、まあまともな凡人ごときがなせるわざではありませんね。こんなことをいい年こいてほざくのは相当のダメ人間に違いない。いつかこんな馬鹿なことを真顔でほざけるダメ神がかったダメ人間になりたいもんです。。また寒くなってきたので、寒いと人嫌いにもかかわらずさむしくなってトリップしがちなので気をつけましょう
2011/10/01 10:37 PM posted by: 月ノヒカリ
☆青い鳥さん

こんばんは〜。
風邪は治ったような治ってないような、微妙な感じです。

「何のために生きるのか」というのは、私も「これが答えだ」という言葉は見つかりませんね。
生きること自体には、特に意味はないような気もしますが、しんどい状況にいると、「生きる理由」を探さずにはいられなくなるのかもしれません。

たぶん、唯一絶対の答えなんてなくて、人それぞれの生き方があるだけではないでしょうか。

>癌になりにくい体質にするための食材

そういう話は確かに、よく耳にします。
まあでも、どんなに気をつけていても、病気になるときはなるもんだと私は思ってます。
お心遣い、ありがとうございます。



☆auさん

え〜と、はじめまして、かな?
それとも以前に拍手コメントくださった方でしょうか。

ご心配おかけしてスミマセン。
このブログを書くのにも、けっこう体力を使うもので、しんどいときには更新が滞ったりします。
更新がなくてもあまり気にせず、のんびりマターリお付き合いいただけると有り難いです。

「生きがい」というのはねー、本当に嫌な言葉ですよね。
確かに「生きがい」云々言われると、生きがいを持っていない人間にとっては、かえって苦しむ結果になりかねませんね。

しかしよく考えたら、「生きがい」のために生きるというのも、変な話です。
私はこれまで、人のいう「○○のために生きろ」という言葉に、心底納得したことはありませんな。
確かに「限界」はあるのですが、限界の範囲内でも、自分にできることを探すしかない。という心境です。



お二人とも、コメントありがとうございました〜。
2011/10/04 5:39 AM posted by: nina
「たましい」が病んでるのかも… って、今年(震災のあと)私も思うようになりました。

昔の傷が癒えないうちに、どんどんいろんなことが人生に起きてきて、「これ以上傷つきたくない(生きていけない)」と思って、半ヒキになりました。

カウンセリングをまた受けてみようかな…(ノ△T)
2011/10/05 12:22 AM posted by: 月ノヒカリ
ninaさん、こちらでもこんばんは〜。

>「たましい」が病んでるのかも…

「たましい」って目に見えないものだから、「たましいが病気」とは医者は言いませんよね。
でも確かに私の中でも、言葉にできるような表層の部分ではなく、深い部分の傷があるような感じがあります。
ninaさんもそうなんですね。

繭に籠ったり、鎧をまとったりすることが必要な場合も、あるんだと思います。

私はカウンセリングは受けたことがないのでわかりませんが、美味しいものを食べたり、散歩とかで気分転換したり、「からだ」が喜ぶことをするのも、私にとって大切なリフレッシュ法です。

それで深い部分の傷が癒えるわけではないのですが、ちょっとは生き延びられるという感じです。

ninaさんも、少しでも気持ちが軽くなることをお祈りしています。
コメントありがとうございました〜。
2012/07/14 6:29 PM posted by: アリガトウ
ちょっと前に、NHKの番組でカフカのことをやっていて、カフカは裕福なユダヤ人だったことに罪悪感があって苦しんだようなことを言っていたんです。

五体満足とか経済的(ある程度)に豊かとかの罪悪感で苦しんだことがありました。

なぜ対立が起きるのか、対立は自分の中にしかないんですが、罪悪感も関係しているなと思います。
例えば、裕福(お金、人脈、教養、時間など)な人は、貧困の人に罪悪感を持っていて、その苦しさから、嫉妬したり攻撃しているんじゃないかいう偏見を持って、憎むから対立が起きているのではないでしょうか。
(相手と自分が逆に立場だったら、相手に貧しいことを強要しているんですよね)

本当の豊かさというのは、何もなくても、どんな自分でも(卑しくても)、自分を愛せることではと思うようになりました。
健康、お金、家族、友人、容姿、地位、名誉、物、失うものですから。
自分を好きになるって、○○する許可を自分に与えていくものだと思って来ました。
あとは自分の心の奥の気持ちを伝えることかな。

偉そうなことしてなくても、偉そうなこと書いてもいいと思うようになりました(笑)
2012/07/17 11:06 PM posted by: 月ノヒカリ
アリガトウさん、お久しぶりです。

罪悪感ですか……。
う〜ん、経済的に貧しい立場にいる人への罪悪感は、私の中にもありますが……。
だからといって経済的に貧しい人を憎むものなのでしょうか?

むしろ罪悪感があるからこそ、募金をしたり、フェアトレード商品を買ったりといった行動をするものだと思ってましたが。

アリガトウさんは五体満足であることに罪悪感を持っていらしたのですか……。
罪悪感よりは「感謝の気持ち」を持つ方がいいと思うんですけどね〜。
自分のからだに感謝して、もし困ってるひとを助ける機会があれば、そのときに活かせばいいじゃないですか。

「自分を愛する」「○○する許可を自分に与える」「自分の心の奥の気持ちを伝える」というのは、確かに、私もそうできたらいいなあと思います。

コメントありがとうございました〜。それではまた。
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