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水城 せとな
集英社
¥ 440
(2011-05-19)
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水城せとなと言えば、『
失恋ショコラティエ』(現在5巻まで)が有名で、これもチョコレートへの愛に溢れた、大好きな漫画なんだけど。
にぎやかな表紙絵に釣られて買ってみた『脳内ポイズンベリー』、こちらもなかなかに面白かった。
表紙に描かれている5人―――右上から時計回りに、ゴスロリ少女、クールな雰囲気の眼鏡イケメン、天然パーマの軽そうな男子、眉間にシワ寄せたお姉さん、白髪メガネの初老の紳士―――驚いたことに、彼らは、この漫画の登場人物ではない。5人は、この漫画の主人公・櫻井いちこの、脳内会議のメンバーなのです!
この作品は、おそらく漫画史上初の「脳内会議実況中継マンガ」。
ストーリー自体は、それほど目を惹くところはない。出だしは駅のホーム。主人公・いちこが、飲み会で一度会ったきりのちょっと気になる男性に、声をかけるべきか、かけないでおくべきか、迷うところから始まる―――のだけど。
そこでいきなり「脳内会議」がはじまっちゃうんですよ。5人の脳内会議メンバーが、多数決をとるシーンが。「声をかけた方がいいと思う人!」「かけない方がいいと思う人!」って。こんな漫画アリ!?
「脳内会議」と言えば、過去の水城せとな作品にも、それに近い場面があった。
BL好きには有名な『
窮鼠はチーズの夢を見る』『
俎上の鯉は二度跳ねる』シリーズ。主人公・恭一が葛藤するシーンで、恭一の頭の中で「黒恭一」と「白恭一」の二者がせめぎあうのだ。
白恭一「男とデキちゃってもまあいいやとか考えてるのか!?」
黒恭一「こーなっちゃったもんはしょーがないじゃん。楽しもうよー」
という具合。こういう「自分の中で天使と悪魔が争う」というパターンは、わりとよく見かける。
しかしこの『脳内ポイズンベリー』はさらにその上を行く。
なんと、脳内会議のメンバー5人にそれぞれ名前がついていて、役割分担まで決まっているのだ。
上記と同じく、表紙イラスト右上から時計回りに、ハトコ(瞬間の感情)、吉田(議長)、石橋(ポジティブ思考)、池田(ネガティブ思考)、岸(記憶・過去を振り返る思考)、という具合に。
この脳内会議、主人公のいちこは自覚していない。ただ読者だけが、のぞき見ることができる。いちこの発するひと言の背景に、どんな脳内会議が繰り広げられているのか―――読者だけが知っている。
もし他人の「脳内会議」をのぞき見ることができたら―――誤解は減るのだろうか? それとも幻想が壊れて失望するのだろうか?
先入観や誤解に満ちた他人とのコミュニケーションは、めんどくさくて、やっかいで、難しい。でもそれがまた面白いんだよね―――と水城せとなは感じさせてくれる。
2巻の著者あとがきには、「脳内会議そのものがアイデンティティなのだと思う」という、ちょっと興味深い人間観が書かれていた。そして「脳内会議がなければ、人はただ物を見て聞いてペロッと答えを即出すだけの、単純な機械になってしまう」とも。
「脳内会議」って、きっと多くの人がひそかにやってることだろうけど……ちゃんと「自覚」して脳内会議をする人は、少ないかもしれない。まして、それを漫画化しちゃう、可視化しちゃうというのは、なかなかに画期的だと思う。
これが30年前なら、「脳内会議実況マンガ」なんて受け入れられなかったのではないだろうか。あるいは、病的なレッテル(多重人格みたいな)を貼られていたかもしれない。
でも今なら、「〈自分〉というものが、複数のキャラによる脳内会議で成り立っている」という感覚は、多くの人に受け入れられるはずだ。
ポジティブ思考とネガティブ思考では、「どちらが本当の自分か?」と考えても、答えは出ない。瞬間的な感情や動物的な反応、思い出したくない過去、そういったものすべてひっくるめて〈自分〉だという感覚は、今ではむしろ「健全」だとすら思う。
それでもこの漫画は、少年誌や青年誌からは出てこなかっただろう。モノローグや内面描写の多い少女漫画の伝統があればこそ、世に出た作品ではないだろうか。(この漫画の「脳内会議」は、主人公の心理描写の代替物に見える。)
蛇足ながらもう一点、この漫画の魅力を。
出てくる食べ物が、すっごくおいしそうなのだ。
『失恋ショコラティエ』もまた、読むと無性にチョコレートが食べたくなっちゃう漫画なんだけど、『脳内ポイズンベリー』の食事シーンもポイント高い!
とりわけ一巻に出てきた「タンドリーチキン」。
いつも紛糾する脳内会議のメンバーも、「タンドリーチキンが食べたい」というところでは全会一致(!)。欲望に対しては正直なのね……。いちこもまた、幸せそうな表情で食べるんだよねーこれが。
「食べ物をおいしそうに描くのが上手な漫画家」と言えば、第一によしながふみを思い浮かべるんだけど……水城せとなもなかなか。
あと、出てくる小物もさりげなく可愛い。小龍包のストラップ(いちこの手作り)とか、カップケーキのピアスやペンダントなんか、実際に売ってたら欲しくなるだろうなー。
自分はあまり、この手の恋愛モノには共感できないので、ストーリー展開について語れないのは残念ですが……。
主人公の「脳内会議」を可視化する、という設定には―――こういう漫画が出てくることの時代背景も含めて―――そそられます。面白いです。
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