2013.09.02 Monday 23:41
タイトルからして、ずいぶんと不謹慎な感じですが……このブログには、「密かに思っていても、口に出しては言えないこと」を言葉にしようと試みてきたので、あえて書きます。
(このブログを初めて読む方へ。ブログ主のこれまでの病歴については、このエントリにざっとまとめてあります。)

生きたいのに生きられない癌の患者さんの話は、たくさん世の中に出回っている。けど、「死にたがっている癌患者」の話なんて、まず見かけない。
でも、存在しないわけではないと思うんだよね。癌の罹患後に鬱になるというのも、わりとよくあることみたいだし。
だからここで、「死にたがってる癌患者」の一人として、自分の気持ちを書いてみる。

ただ、私がこれまでに知り合った癌患者さんの中には、遠隔転移して治癒しないと言われる状況で、それでも必死に治療を続けている人もいる。亡くなった方だっている。そういう患者さんの前では、「死にたいと思っている」なんて、口が裂けても言えないよね。
同病の患者仲間というのは、治療についての情報交換をしたり、ときには励まし合ったりできる、本当に有意義な関係だとしみじみ思うけれども―――それでも、「死にたい」という気持ちは、表には出せないし、共有できない。だからずっと、一人で思い詰めることしか、私にはできなかった。

それにしても理不尽だな、と思う。
「なんで死にたがってる私が生き残って、生きたがってる人が死ななきゃならないんだろう?」

なぜこんなことを考え始めたのかというと―――昨年末、「癌が再発したかもしれない」というエントリを書いたとき、いただいたコメントの中に「正直に言うと、羨ましいと思う」というものが複数あったからです。
そのコメントに引っかかりを感じたんだよね。「以前どこかで聞いたことがあるな」みたいな。
記憶を探ると、それは重症アトピーの人の言葉だったように思う。
「こんな治らない病気、地獄だよ。いっそ癌みたいに死ぬ病気の方がよかった」

私もその気持ちはわかる。けれども、実際に自分が癌になってみて、「癌の方がアトピーよりマシ」なわけではない、ということも実感した。もちろんその逆も真で、「あの病気よりこの病気の方がマシ」などと、一概には言えないのだと思う。

でも自分が癌になってみて、いろいろと「自分は思い違いをしていたな」と感じたことはある。自分が罹患する前に、癌という病気に対して持っていたイメージは、今振り返ると、一面的なものでしかなかった。

まず、「癌は、必ずしも死ぬ病気とは限らない」という事実がある。もちろん癌の種類やステージによって異なるけれども、今では「癌=死」というわけではない。適切に治療すれば、治り得る病気だ。(「治る」というのは、ちょっと語弊があるかもしれない。癌の治療前と後では、健康状態もメンタルへの影響も、大きく異なるのだから。「治る」のではなく、「長期生存が期待できる」と言った方が正確かもしれない。)

それだけではない。私が罹患した乳がんは、進行がゆっくりのタイプの癌なのだ。
以前のエントリ(病歴)にも書いたけど、私は自覚症状(胸のしこり)に気づいてから、専門医を受診するまでに、2年以上かかっている。
そして、その初回治療から8年以上を経て、今年リンパ節に再発したわけで。
それでも今のところ、死に至るような症状は出ていない。不幸中の幸いというべきか、私のは「おとなしい癌」だったみたいだ。
それにしても、8年も経ってから再発するだなんて、ずいぶんとまあ、のんびり屋さんの癌だよね。癌も宿主に似るのだろうか?

それはさておき、最初の話に戻る。
これまでもこのブログに書いてきたように、私は長いこと、それこそ中学生の頃からずっと、「死にたい」と思っていたわけですよ。
じゃあ癌になったらそれ幸いと、治療なんてせずに、自然に死ぬに任せればいいじゃん、などという考えも出てくると思うんですよ。
でも実際に癌になってみたら―――そう単純に思い切れるものではなかった。

そもそも「自分が癌かもしれない」と疑い続けて毎日を過ごすのは、それ自体かなりのストレスだった。はっきりさせるには、専門医を受診するしかないわけだけど―――そこで癌の告知をされて、「治療をしない」という選択をするのは、自分には無理だった。

ここで、ちょっと注釈を入れると。
ご存じの方もいるかもしれないけど、世の中には、「がん放置療法のすすめ」とか、「抗がん剤や手術は寿命を縮める。免疫力を高めて治せ」といった、西洋医学のコンセンサスとは真逆の主張をする一派も存在する。癌患者が治療に臨むとき、そういった「雑音」とも戦わなければならない側面もあるのだ。
まあ確かに私も、抗がん剤や放射線治療は怖いと思っていたし、できることならそんな治療はしたくなかった。

でも、乳がんについて知識を得れば得るほど、「治療をしないこと」の弊害も見えてきた。
乳がんの手術をしないまま進行すると、癌が皮膚にまで浸潤し、血や浸出液が滲み出て、悪臭を放つようになるらしい。そうなったら、日常生活を送ることも困難になる。
もっと深刻なのは、癌が遠隔臓器に転移した場合だ。
私は、乳がんの診断を受けてから、癌患者のコミュニティで、たくさんの患者さんの体験談を読んだり聞いたりしてきた。そこで知った末期癌の苦しみというのは、想像するより遥かに厳しいものだった。「もしかしたら自分も再発するかもしれない」という不安もあったため、それら体験談は、切実なリアリティをもって、私の身に迫ってきた。

先に書いたように、私の癌はかなりのんびり屋さんなので、まったく治療しなかったとしても、数年くらいは無症状で生きられたかもしれない。
それでも、「そのうち骨や肺や肝臓に転移するかもしれない」という恐怖心を抱いたまま毎日を過ごすというのは、それもまた物凄いストレスである。

つまりは、怖いんだよね。
「死ぬのが怖い」というよりはむしろ、生きて味わう「苦痛」の方が怖い。
「苦痛を味わうのが怖いから」―――そんなヘタレな理由で、今も私は、癌の治療を続けている。

こうやって思い返してみると、この十数年というもの、私は「生きたい」と「死にたい」の間を行ったり来たりし続けてきたのだった。

最初に癌の診断をされたのは、今から9年前、2004年のことで。そのときも、その後も、私はずっと「死にたい」と思っていた。外科の主治医は本当にいい先生で、熱心に説明も治療もしてくれたのに、「死にたい」なんて考えちゃうのは、申し訳ないという気持ちもあった。それでも「死にたい」という気持ちは、私の中から消えてくれなかった。

でも、不思議なことに。
私の体は、ちゃんと回復していくんだよね。
手術後に熱が出たり、腕が動かなかったりしたけど、それでも日が経つごとに、少しずつ力が戻ってくる。
私の心は死にたがっていたけど、私の体には、ちゃんと生きる力が残されていたんだな。それはちょっとした発見だった。

もちろんその後も、落ち込むこともあったし、思うように体力が戻らなくて焦りや不安に苛まれたこともあった。自殺を考えたことも、何度もあった。
それでも、何とか生き延びてきた。

そして今年になって、癌がリンパ節に再発したことがわかったとき、ごくごく自然に、「じゃあ手術しなきゃいけないな」と考えるようになった。それまではずっと「入院とか手術とか、もう二度とゴメンだ」って思ってたんだけどね。
私にもまだ、この世に思い残すことがあったみたいだ。

癌が再発して、一つよかったことがあるとすれば―――自分の中に「生きたい」という気持ちが存在していたということ、それに気づいたことじゃないかと思う。

私には、「明るく前向きに病気を乗り越える」なんてできそうにない。ドラマやマスメディアに出てくるような「美しい語り」は、どうやっても出てこない。
「生きたい」と「死にたい」、両方の気持ちのせめぎ合いの中で、みっともなく足掻くしかない。これからもそうして足掻き続けるのだろう。

ここはそういう、かっこわるいブログです。






| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(19) | trackbacks(0) |
2017.08.10 Thursday 23:41
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Comment
2013/09/04 11:04 PM posted by: 絹さや
こんばんは。こちらのブログに出会ってから、それまで「言うべきことでない、思わない方がいい」と位置付けていた言葉や心境が、「ここではきっと『有り』なのだろう。ブログ主さんのこれまでの歴史と、文章を書く上での覚悟を読み取ろうと努めることの方が、『そんなこと言ったり思ったりしちゃいけない!』と口出しするよりよっぽど価値があるな」と思うようになりました。
いい締めの言葉を考えていたら眠くなってきました。お休みなさい。
2013/09/05 7:49 AM posted by: 虹野橋
大切な事。生きている事…そう思います。
2013/09/05 11:00 PM posted by: 月ノヒカリ
☆絹さやさん

こんばんは。
読んでくださってありがとうございます。

「言うべきではないこと」というのは確かにあると思います。が、「思わない方がいい」というのは、難しい気がします…。
「言わない」だけなら簡単ですが、湧き出てくる思考を打ち消すのって、なかなかに難しいですよ…。

ここに書いたことも、一般的には「言わない方がいいこと」の部類に入るんでしょうね。私も、こんなことを考えずに生きられたらどんなにいいかと思います。

ただ、病気を語るときでさえ、「明るく笑い飛ばさなければならない」とか「希望を語らなければならない」みたいな、社会的な圧力を感じてしまって……そのせいでますます息苦しくなっている気がするんです。

真っ暗闇で前が見えない不安とか、混乱とか、そういうものこそ病気体験の中心にあるはずなのに……それについて語る場がないから、ブログに書いてます。
こんな後ろ向きなエントリでも受け入れていただけるというのは、絹さやさんは心の広い方だな、と感じました。



☆虹野橋さん

こんばんは。
私も、生きているのが大切なことだと、そう思えたらいいなあと感じます。



お二人とも、コメントありがとうございました。それでは。
2013/09/08 10:36 AM posted by: にゃんこう
またまた、ドキッとした投稿でした。月ノヒカリさんのブログで、心の中のモヤモヤが解決することが、結構多いです。

私もよく死にたいと思います。でも、地震が来ると机の下にとっさに隠れるし、飛行機に乗る前は落ちないようにと必死で祈ったりします。一方で死にたいと思うのにもう一方で生きたいと思っているようで、これは、おかしいと思っていました。

死ぬのが怖いというより、死ぬまでの過程が怖かったり、怪我で苦しむのが怖いんだ、と再認識しました。
2013/09/10 10:51 PM posted by: 月ノヒカリ
にゃんこうさん、こんばんは。

え、モヤモヤが解決しちゃうんですか!? ブログ主はさっぱり解決してないのにっ!

・・・それはともかく。
「死ぬのが怖い」という気持ちも自分の中にあるとは思うんですが、それ以上に「生きて味わう苦しみ」への恐怖心が強い気がします。私の場合。

地震が怖いという気持ちもありますが、それも「死ぬのが怖い」のではなく、「避難所生活なんて自分に耐えられるかしら」という不安の方が大きいです。(それこそ、今から心配してもしょうがないのですが。)

もちろん日頃から備えておくべきことはあるのでしょうが……どれだけ備えてもどうしようもない「不測の事態」というのもある気がします。
そして、そうなったときの心境というのは、現時点ではわからないものだと思ってます。(本当に死が間近に迫ったときに、「もっと生きていたい」という思いが湧いてくる可能性もあり得ますから…。)

コメントありがとうございました。それではまた。
2013/09/15 1:29 AM posted by: にゃおみん
月ノヒカリ様

私も実はあります、消えたい病。

なのに、年1.5%の割合で発症するかもしれない骨肉腫(血液の癌)という時限爆弾がある、と、2年前に分かってから
(たまたま他の病気の血液検査で分かったのですが)
2ヶ月に1回、血液検査にせっせと通っています。

母が子宮がんの転移で骨肉腫になった過程をみてますので、
やっぱり癌はこわいです。

消えたい病の究極の願望は霞が消えるがごとく、
なのでしょう。

でも、癌治療はどこまでも生きたいと思う、執着のような気がして・・・


自分のようなものを生かしたいと思うなら
勝手にすればいい。なんて
シニカルな思いと
お前のようなヤツでも生きる価値があるんだ、だから生きよ
と、思われたい、救いを求める願いと。

結局、‘我の思い‘にどこまでもとらわれてるんでしょうね。


この思いはどこに行くのでしょう・・・
2013/09/15 3:53 PM posted by: きつね
こんばんは。月ノさんのブログにコメントするのは難しいなあとは前から思っていますが、またコメントしてみます。毎度のことながら、特に結論とかは無くとりとめもありません。

日々の気持ちの浮き沈みの中で、死にたいぐらい落ち込むときあるよね、そういう弱音を吐露できる場所があってもいいよね、っていう意味では、死にたいなあと思うことは私もよくあります。

あ、あと、肉体の苦痛が実際問題として限界を超えている場合は、死を自ら望んでもいいと私は思ってます。

けれど、マルクス・アウレリウスはこういっています。「肉体が力尽きぬのに、魂が先に力尽きるのは恥ずべきことではないか」と。

なんて書いてしまいましたが、何を言われても説教臭く感じるときもあると思います。(ていうかマルクス・アウレリウスって誰だよみたいなのもあると思います(笑))

なんかこういってはなんですが、文章を読んでいると、月ノさんというひとは、誰よりも月ノさん自身が、他人に対しては明るく前向きなことを言わなければいけないという思いに人一倍捉われている気がするなあ、なんて思います。女性と男性の違いとかもあるのかもしれませんね。

私なんか前のツイッターアカウントでは、「私以外の人間が全員死ねばいいのになあ」とか呟いていたのでフォロワーが20人ぐらいしかいませんでした。そのうち15人ぐらいはボットでした(笑)
2013/09/17 12:11 AM posted by: 月ノヒカリ
にゃおみんさん、こんばんは。

私は骨肉腫について詳しくないのですが……ざっと調べたところ、「血液の癌」ではなくて、「骨にできる悪性の腫瘍」みたいです。
あと、「骨肉腫」は原発性の病気なので、「子宮がんの転移で骨肉腫になる」ことはないはずです(「子宮がんが骨に転移した」なら、あり得ます)。

え〜と、余計な前置き、すみません。
「いつか発症するかもしれない」と知らされるのも、ストレスですよね…。
2ヵ月に一度の検査というのも、負担になりますよね。でも必要な検査はしっかりして、安心できるといいですね。

「霞が消えるように消えてしまいたい」という気持ち、わかります。
一方で、生きたいと願って必死に治療する癌患者さんの姿も、眩しく見えます。

私はわりと「すべての人間には生きる価値がある」と思っているのですが……自分についてはそうは思えないあたり、病いが深いのかなあと。

ただ、私が「この世に思い残すこと」として、「パームの最終回を読みたい」というのは、結構大きかったりします(マジで)。
お互い、無事に最終回を楽しみたいですね。

コメントありがとうございました。
2013/09/17 12:12 AM posted by: 月ノヒカリ
きつねさん、こんばんは。

あの〜、書きづらいエントリに無理にコメントしなくてもいいですよw
興味のある話題に反応していただけるだけで、ブログ主としては充分嬉しいです。


>肉体の苦痛が実際問題として限界を超えている場合は、死を自ら望んでもいい

え〜と、肉体の苦痛が限度を超えちゃったら、たぶん自力で死ぬのは難しいと思うんですよ……。そうなったら「誰か私を殺してくれ」って感じで。
そういう状態に陥ることへの恐怖心というのも、自分の中には拭えずにありますね。

あと、マルクス・アウレリウスって、名前くらいは知ってますよ〜。
ローマの五賢帝の一人で、『自省録』の著者。
高校時代、世界史はムダに得意科目でしたからw


>月ノさん自身が、他人に対しては明るく前向きなことを言わなければいけないという思いに人一倍捉われている

これは確かにありますね。
理由はいろいろ思い当たりますが……やっぱりネット上は文章が残りますし、しかもここにはメンタルの病気の方も訪れますので、ネガティブな気持ちを感染させてはいけないと思うんですよねー。(自分も感染しやすい方なので。)

ただ、「女性と男性の違い」というのは、あんまり関係ない気がします。
私のリアル知人の女性で、ツイッターを愚痴吐き場として使ってる人、います。そういうの読んでて、あんまりいい気分はしないですね……共感できる愚痴ならまだいいのですが。

かといって、良いことばっかり書くのも(私にとっては)ウソ臭いので、ネガティブなことを書くときは、前向き成分も心持ち入れるようにしてます。

まとまらないレスですが、この辺で。コメントありがとうございました〜。
2013/09/21 6:39 PM posted by: きつね
こんばんはー 

えっと、このところの誕生肯定や認識論のあたりは私も普段から考えているところなので興味もあるのですが、そうはいっても女性ということもあるし、哲学的な話題を扱ってはいても半分ぐらいは随想的なニュアンスなんだろうなー、あんまり哲学的に突っ込みを入れるのも無粋だなーというところで悩むんですね、おそらくは共感のコメントを求めているのだろうなあとか、確か批判も歓迎のエントリもあったと思いますが、そうはいってもなあ……みたいな。それから、書き始めるとものすごく長くなると思うし。書いてみたところで一朝一夕に理解されるものでもなかろうし。

なぜ死にたがっているのに治療をするのかは判りましたが、やはりそもそも、なんでそんなに死にたいのかが気になるのですよね。できれば誕生肯定したけれどできないというもがきを感じるというか。

なのですけど、どっちみち一朝一夕に理解されるものではないと思えばこそ思い切って書いてしまうと、石川文康さんのカント系の本とか、竹田青嗣さんのフッサール現象学系の本とかも読んでみたら、次の哲学・思想への展望が期待できる可能性が無きにしも非ずです。合う合わないは最終的にはひとによるので確約はできません。興味あればという感じです。まずは立ち読みで(笑)。石川文康さんの「カントはこう考えた」とか竹田さんの「現象学は思考の原理である」とかがまずはお勧めです。

ものすごくざっくりいうとですが、先にあげたフランクルやマルクス・アウレリウスの言葉と同じことが最終的には導かれると(少なくとも私は)思います。

なにを言っているのだかまったく判らないコメントですが、とりあえず、送信します(笑)
2013/09/22 12:32 AM posted by: 月ノヒカリ
きつねさん、再びこんばんは。

ああ、「女性と男性の違い」ってそういう意味でしたか。
確かに、森岡正博さんもツイッターで「女性は哲学しない」ということを書かれてました。ジェンダー的な物言いに敏感な森岡氏でさえそう言うのだから、本当にそうなのかもしれませんね。
私も、自分はそれほど「哲学脳」ではないな、と思っています。(一方で、女にしては自分は理屈っぽい方だとも感じますw)

そうは言っても、私だって、エッセイ的な文章に「共感のコメント」をもらえるのは嬉しいですけど……哲学的な話題には、「(自分の言ってる内容を)理解してもらえること」、その上で「刺激をもらえること」を求めてる気がします。

私も、ここには書き切れてない思考の断片はたくさんあるんですが……それこそきつねさんのおっしゃる通り、書き始めたら長くなるし、そもそも「こんなこと書いても誰にも理解されないんじゃないか」と思ってしまうから、書いてないことも多いんですよね。今のところ。


>そもそも、なんでそんなに死にたいのか

私の場合は、「病気」が一番の理由だと思います。
自分がまったくの健康体で、それでも「死にたい」と思うかどうかは、わかりません。

一応ブログエントリには書かなかったことも、付け足しておきますと。
森岡正博さんの論文「誕生肯定とは何か」の中で、
―――「生まれてこなければよかった」は、原理的に実現不可能な望みだ。生き抜いて、「イエス」と言えるときが来るのを待つことによってしか解決できないし、論理的にはその道は常に開かれている―――
という一節には、本当に感動したんですよ。

でもやっぱり、どこか欺瞞を感じてしまうんですよね。
森岡氏も同論文で、「肯定へと進むべきという考え方こそが、破断を経験した人をもっとも厳しく追い詰めることになるかもしれない」と書いていらっしゃいますが、そこはまったく同感です。

もう一つ、蛇足ながら書いておきますと、
森岡正博さんの論文「『生まれてこなければよかった』の意味」から援用すると、私は「〈生まれてこなければよかった〉の無化解釈」の立場なんです。このあたりで、森岡さんと自分は相容れないなあ、と思ってしまいます。

私にとっては、「生=苦」が前提になっていない哲学には、根本的なところで同感できない気がします…。
そういう意味では、自分には古代インド思想の方が向いているのかな、と思ったりします(こちらもそんなに詳しくはないのですが)。ブッダなんかは、思いっきり「誕生否定の哲学」だと感じますし。


きつねさんのご紹介の本も、書店に行ったときに見てみます。読めるかどうかわかりませんが。
ただ、引用されたフランクルやマルクス・アウレリウスの言葉も、本来なら、そこに至る過程の方が大事だと思うんですよね…。
おそらくきつねさんは「コメントを短くまとめよう」とした結果、過程をすっ飛ばしてらっしゃると思うのですが……そのせいで、噛み合わないのかなあ、という気もします。

とりあえずこれで。コメントありがとうございました。
2014/01/27 7:00 PM posted by: めめ
はじめまして。
つい先程、テレビでガン告知を受け、職場を辞めさせられた…。
治療費もかかるのにどうしよう…。
…という内容の放送があり、どうしてそこまでして生きたいと思えるんだろう?と考えてしまい、私自身がもしガンにかかったなら治療なんて受けず、自然(?)に死にたいな。
と考え、検索していたところこちらに巡り会いました。

ガンが万が一治癒したとしても、再発の可能性が待っているし、莫大な治療費もかかる。さらに仕事もクビとなっては生きる希望なんて無いように思うのです。
それなら潔く…そう思ってました。

けれど、こちらの記事を読ませていただき、そう簡単に答えが出ることでも無いんだな…と思い直すことができました。
実際、転びそうになったら誰でも自分を庇うように手を地面に着きます。
それと同じで、ガン治療もまた反射のようなものでは無いかと思えました。

ささくれ立った心が、少しなだらかになれた気がします。
不快な言葉を並べてしまい、失礼しました…。
とても好感の持てる記事で、素敵だと思ったためコメントさせていただきました。
失礼しました
2014/01/28 11:12 PM posted by: 月ノヒカリ
めめさん、はじめまして。
こんなネガティブなエントリに好意的なコメントをいただき、ビックリするやら有り難いやらです。

そうですね、実際に自分が癌になってみないとイメージできないことってあると思うんです。私自身、癌になって、また再発してから初めて、リアルに実感できたこと、たくさんあります。

私自身、常々「そこまで長生きしたくない」などと思っていますが、癌だとわかったら、やっぱり治療を選ばざるを得なかったですね。
いざ癌とわかって、それでも治療をしないというのは、かなり度胸のいることだと思うんですよねー。医師と言い争いにもなるでしょうし。

治療をしないで「自然」にまかせるというのは、それもまたハードな状況のように思えます。精神的にも、肉体的にも。
いつどう癌が進行するのかビクビクしながら生活するのもストレスですし、末期癌の苦痛を治療なしで耐えられるか?という問題もありますし。

一方、ちゃんと治療を受けていたら、「自分はやれるだけのことはやった」という安心感のようなものも生じるんですよね。

私が過去に出会った癌患者さんの中には、再発して、しんどい治療を受けながら、それでもめいっぱい生きている方々もいらっしゃいましたし……。

そんなこんなで、死にたがっているのに癌の治療もして、いまだにジタバタしつつ生き恥をさらしているのがこちらのブログになります(笑)

コメントありがとうございました。よろしければまたお越しくださいませ。
2014/11/23 10:06 PM posted by: ちょり
初めましてこんにちは。
私は今がん治療をしていて、とても疲れてこちらのブログにたどり着きました。
「癌 治療 死にたい」みたいな検索でたどりついたのでとっても後ろ向きです。
病状は深刻ではないのですが、6年間のうちに3回それぞれ別の病気で手術をしていてうち2回が癌の手術です(多重がん)。
癌と言っても乳がんともうひとつも予後の良い癌なので今すぐ死ぬわけではないですが、それでもやはり治療は辛いです。
今は乳がんの治療を主にしていて、手術→放射線→化学療法まで終わりました。
精神科の助けも借りながら頑張ってきたのですが、「なんかもういいかな」って思えてきて本当は先週スタートのホルモン薬を飲めずにいました。

でもこちらのブログを読むうちに気が楽になってきて今日飲み薬スタートできました。
なんていうか暗い洞窟で八方塞がりになったと思っていたら、ふとそこでヒカリゴケをみつけたような気分です。
辛いって言ってもいいし前向きじゃなくてもいいんだなあと思えました。
2014/11/24 10:17 PM posted by: 月ノヒカリ
ちょりさん、はじめまして。
ブログ読んでくださってありがとうございます。

このエントリは去年、乳がんリンパ節再発の手術後、気持ちが落ちていたときに書いたのですが……あれから一年経った今、だいぶ浮上しました。私も今、ホルモン療法を続けている最中です。

ちょりさんもたくさんの病気を経験されてきたのですね。
手術も化学療法も、ものすごく心身に堪えますよね……。治療の一番しんどい部分を乗り越えられたこと、本当にお疲れさまでした。
私も乳がん初回治療時、ハードな治療を終えた後、抜け殻のようになってしまったのを思い出しました。

明るく前向きに闘病できる患者さんもいらっしゃるでしょうし、そういう患者さんのことは本当に尊敬しますが、でも自分みたいな凡人には、それは難しかったです……。
今すぐ死ぬわけではなくても、やっぱり癌の治療は辛いものですから、泣くのも弱音を吐くのもアリだと私は思っています。

こちらこそ、コメントいただけて嬉しかったです。
自分の書いた文章が他の誰かの慰めになるのなら、ブログ主としてこんなに幸せなことはありません。

ちょりさんもどうか無理せず、ご自身のお体をいたわりつつ、治療を続けていってくださいね。
2015/09/20 8:47 PM posted by: ミーチョ
はじめまして(^.^) 私の気持ちを代弁していただいたような気がして涙が出ました。
私は去年から乳ガンの4期です。
肺に転移してるので手術の予定はなく、一生点滴と付き合っていく予定です。私は33歳。子供も二人居るし、死にたいなんて言えないのですが、抗がん剤は苦痛で希望を無くします。本当は治療なんてせず死なせてほしいのです。子供のためになんとか毎日生きています。
2015/09/21 10:40 PM posted by: 月ノヒカリ
ミーチョさん、はじめまして。
過去記事を読んでくださってありがとうございます。

私は遠隔臓器への転移を経験していないので、軽々しく「気持ちはわかる」などとは言えないのですが……抗がん剤のしんどさは、私も経験したことなので、多少は理解できます。
私の抗がん剤治療は半年間でしたが、それでも本当に辛い体験だったので、「がんばって」なんてとても言えません。
私が治療中に同病の患者さんに言われて嬉しかったのは、「治療の副作用は最小で、効果が最大でありますように」という言葉でした。なので、ミーチョさんにとっても、治療の副作用は最小で、効果は最大でありますよう、お祈りしますね。

コメントありがとうございました。
2017/06/12 3:21 AM posted by: にに
始めまして、こういったブログにコメントするのは初めてで、至らぬ所や不躾な真似をしていたらごめんなさい。

私も1年前、上咽頭に癌があると言われ、
位置的に手術が不可能で、高校を休んで抗癌剤と放射線の治療をする為に3ヶ月入院しました。
抗癌剤の治療やそういった類に今迄無知だった為、味覚を失ったり薬の副作用で死ぬ程辛い思いをしました。
退院してからも何度も骨やリンパ節の転移が続いて、半年間で6回近く入退院を繰り返していて、正直留年ギリギリでした。
そして今回ついに精神が病んでしまって、急性のストレス障害の様な、対人恐怖症の様な、突然混乱して泣き出したり発狂して震え出したりといった症状が出てきて、
今迄家族や主治医のことを考えて口に出せなかった『 死にたい。』という言葉を初めて人前で口にしました。
『 何が自分を楽にしてくれるかわからない。自分だけ、生きているだけで失うものが多すぎる。理不尽で価値の無い人生を此の儘歩むより、死が全てから救ってくれる。何せ失うものなんて、命のたった一つじゃないか。』
なんて言って、親を泣かせてしまいました。
もう二度と入院も点滴も採血もCTもMRIも手術も、注射すらしたくないです。
今でも通院しながら抗癌剤を週に一回打ってます。
自分に正直になればなる程親を泣かせてしまいます。
こんな自分に助言を頂けたらと思い、コメントをさせて頂きました。迷惑でしたらすみません。

2017/06/14 10:08 PM posted by: 月ノヒカリ
ににさん、はじめまして。
お若いのに、大変な治療をされてきたのですね。今の私には、「かける言葉が見つからない」というのが正直な気持ちです。
コメントを読ませていただいて、ににさんがこれまで頑張ってこられたこと、ひしひしと伝わってきました。

私自身、このエントリに書いた通り、癌の治療中に「死にたい」と思ったことがありましたが、よくよく思い返すと、「死にたい」と言うよりも、「休みたい」という気持ちが勝っていたと思います。
抗がん剤も放射線治療も、本当にしんどい大仕事だと思いますし、精神的なストレスもあって、「心や体が休まる時がない」というのが実情ではないでしょうか。

私は単なる癌の一患者に過ぎないので、専門的な助言はできませんが、自分の経験上、知っていることを以下に書いておきますね。ににさんの参考になるかはわかりませんが、よかったら読んでいってください。

まず、ににさんの抱えている精神的な問題ですが、精神科や心療内科等を受診されたことはあるのでしょうか。話を聞いてもらったり、薬を飲むことで、悩みは解決しなくても、少しだけ心が軽くなることはあります。
「精神腫瘍科(サイコオンコロジー)」という、癌の患者さんを専門とする精神科医も、(まだ少数ですが)存在します。

あと、病院にもよりますが、「緩和ケア外来」で、精神科医や臨床心理士や看護師さん等に話を聞いてもらえることもあります。「緩和ケア」というと、かつては終末期の患者さんが利用するところだと思われていましたが、今はそうではなく、癌と診断されたときから、つらい症状があれば利用してもいいみたいです。

他には、癌患者さんのコミュニティ(患者会とか患者支援団体)で、治療のしんどさを話せると、少し気持ちが楽になることもあります。ただ、「前向きに治療をがんばってできるだけ長生きしよう」としている癌患者さんの前では、「死にたい」なんて口に出せませんが……でも、「自分と同じようにしんどい思いをしてる人が他にもいて、皆がんばってるんだな」とわかると、ちょっぴり気持ちがラクになるというの、私も経験しています。

今は公的な「がんの相談窓口」も整備されてきていますので、そういうところで相談してみるのもいいかもしれません(当たり外れはあると思いますが…)。
参考までに、国立がん研究センター「がん情報サービス」のアドレスを貼っておきますね。
http://ganjoho.jp/public/consultation/support_center/guide.html
https://hospdb.ganjoho.jp/kyotendb.nsf/xpConsultantSearchTop.xsp

上に書いたような「相談」も、本当に体調が悪いときは、できないかもしれませんが……でも、こういう相談先の情報は、知っておいて損はないと思います。(すでにご存じでしたら、余計なお節介でごめんなさい。)

あと、私の場合は、「散歩」とか「好きな音楽を聴く」とか「ヨガの呼吸法」で、少し気持ちが上向くことがありました。

「なんでこんなにしんどい思いをしてまで生きなければならないのか」ということ、私も何度も考えました。そういった苦しみは、様々な本を読んだり、同じように苦しんでいる患者さんと話したり、長い時間をかけて、少しずつ癒されていった部分もあります。

ににさんのコメント、私の方は特に迷惑ということはありませんでしたが、ネットにはいろんな人がいるので、何よりもご自身が傷つかないよう、個人情報を出すのは、慎重になさってくださいね。

本当に月並みなことしか言えませんが、ににさんのつらい症状が少しでも軽くなることをお祈りしています。
「今日は気分がいいな」という日が、ににさんに一日でも多く訪れますように。
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