2013.09.29 Sunday 22:58
現役内科医が書く人気ブログ「レジデント初期研修用資料」から、コミュニケーションについての記事を集めた一冊。
医師が、患者さんや同僚とやり取りする際に、心に留めておきたいTips集。病院内のコミュニケーションが主なので、基本的には医療関係者向けなんだろうけど―――コミュニケーションが苦手なオタクの人にとっても、有益な内容じゃなかろうか。

というのも、参考文献がちょっと独特なのだ。
山本七平の著書(『空気の研究』他)はまだわかるとして、宮本武蔵『五輪書』、クラウゼヴィッツの『戦争論』etc.……まるで軍事オタクの本棚みたい。

今の時代、「交渉術」の本なんて、他にもたくさん出版されているだろう。
それでも私にとっては、この本は、「病院」という馴染みのある場所が舞台となっているせいか、場面をイメージしやすく、理解しやすかった。

とりわけ面白く読んだのは、会話術(第5章)、謝罪のしかた(第9章)、交渉術(第10章)について分析された章。

第5章から一つ、興味深かった部分を挙げると―――。
「患者さんに敬意を持って接しましょう」などという理念を毎日唱えても、人の行動は変わらない。しかし特定の単語を一つ変えるだけで、面白い変化が起きるという(P.74〜75)。
例えば、病棟で患者さんに対して「何かあったら言ってください」という話し方を、「教えてください」に変えてみる。「言って」ではなく「教えて」と発音しようとすると、自然と患者さんに頭を下げる姿勢を取らざるを得なくなる。結果、マナーとして唱えていた理念が、高い確率で達成できる、とのこと。
う〜ん、それが本当なら、私があまり好きではない「患者様」という呼び方にも、ちょっとは意義があるのかもしれないな。

ちょっと話は逸れるけど、いわゆる「言葉狩り」というのは、批判されることもあるけど、それなりに有意義かもしれない、と考えさせられた。
「大事なのは(外面ではなく)内面だ」などということは、よく言われる。
けれども実際には、
「単語を言い換える(外面の変化)」→「人の行動が変化する」→「その人の考え方が書き換えられる」
―――という、通常考えられているのとは逆方向の変化も、起こり得るのだ。

この本は基本的に、「患者さんの目線で話す」といった理念を語るものではなく、あくまでも会話の技術(テクニック)の分析が中心なので、そのあたりで、もしかしたら好き嫌いが分かれるかもしれない。

ただ、私にとっては、妙に腑に落ちるところがあった。
例えば、「さりげない気遣いというのは、あざとく伝える技術の延長にある」(p.80)という一節。そう、「技術」の裏付けのない「気遣い」って、下手したらかえって「迷惑」になっちゃう可能性もあるんだよね。それ、私もこれまで幾度となく失敗してきたことだ。

さらに、第10章の「健全な相互不信を育む」という一節。100%の純粋無垢な信頼というのは危険だ。信頼は半分とちょっとだけでいい、「不信の目」を半分くらい残しておいてもらう方が、自由に振る舞える、という分析。これも、目から鱗だった。
でも、実感としてはよくわかる話だ。私も、主治医をいい先生だと思ってはいるものの、「全面的に信頼」はしていない。「51%の信頼を目指す」というのは、なかなか適切な基準ではないだろうか。信頼と不信が入り混じった関係こそが「健全」な人間関係なのだろう。

そして何よりも、本のあとがきに収録されているエピソード―――著者が若い頃、患者さんに言い負かされた話が、なんとも味わい深い。著者のブログにも公開されているので、興味のある方はご一読を。

そんなわけで、私にとっては、有益かつ面白い本だったんだけど―――ただ、よくも悪くも、「医師の書いた本」だな、ということは、随所で感じた。

というのも、この本の「コミュニケーション」というのは、「状況をコントロールする」ことが第一の主題になっているのだ。
つまり、「トラブル回避のための」コミュニケーション術であって、根底にあるのは「訴訟対策」じゃないか、と勘繰りたくなってしまう。(実は付録として、訴訟になったときの対処法を書いた一節も収録されている。)

だから、患者の立場で読むと、ちょっぴりもの足りなさが残るのも事実だ。
逆説的だけど、「そうではないコミュニケーション」もあるんじゃないか、って思ってしまうんだよね。

例えば、かつて読んだ宮地尚子の著書や、看護論の本などは、ある意味、この本とは対極的な視点に立っているように感じた。

「状況をコントロールする」よりもむしろ「巻き込まれる」ことを是とするようなコミュニケーション。それはもしかしたら「女性的」と呼ばれる種類のものかもしれない。
「cure と care の違い」で言えば、careの視点。そういったものが、この本には欠けているように思う。

「患者の立場になって聴く・話す」とか、共感的なコミュニケーションとか、そういう「ケア」に相当する部分。そういったことは、病院では、もしかしたら看護師さんの役割になるのかもしれない。(医師はどこまでもcureの立場の人だ。)

実はこの本にも、印象的なエピソードが出てきた。事故現場で亡くなった子どもの遺体を前にして、親御さんはその死を受け止められず、「あの子の顔の傷を何とかしてくれ」と叫び続けたと言う。しかし、看護師さんが亡くなった子どもの顔に絆創膏を貼ったら、親御さんは、そこで初めて子どもの死を受け入れられた―――とのこと(P.23)。

おそらく、「亡くなった子どもの顔に絆創膏を貼る」ようなコミュニケーションは、この本を百回読んでも実践できないだろう。

そんな限界も感じつつ、それでも全体としては、得るものの多いコミュニケーション論だった。






| ●月ノヒカリ● | 読書感想 | comments(2) | trackbacks(0) |
2017.09.15 Friday 22:58
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Comment
2013/09/30 12:53 AM posted by: にゃおみん
以前、介護現場にいたことがあります。

医療=cure, 介護=care,

とテキストに載っていたのを、思い出しました。

医療現場は、正確性や冷静さなど、左脳的な活動が大切で。

でも、介護現場は、利用者の心情や習慣に寄り添う右脳的な活動が、大切で。

もちろん、どちらも大切なんですけどね。


2013/10/05 10:52 PM posted by: 月ノヒカリ
にゃおみんさん、こんばんは。

>医療=cure, 介護=care,

これ、介護のテキストにも載ってるんですね。
確かに医療には「正確性」が必要でしょうけど……だからと言って、例えば末期がんの患者に余命を告げるのが良いこととは限らないですよね。

医師と患者とでは感覚が違うというか、深い溝みたいなものを感じることがあります。
この本の著者も、自分とはまったく異なる発想の仕方をしているので、そういう意味では新鮮だったし、勉強になりました。

コメントありがとうございました。それではまた。
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