2014.12.11 Thursday 23:30
今度の日曜日が衆院選なので、その前に更新。

ただ、前から言ってるように、私は政治に関心がないし、まったく選挙には熱くなれないタイプなので、「投票に行こう!」とか言うつもりはないです。
むしろ「なんで選挙に行かなきゃならないんだろう…?」と愚図愚図考えてしまうタイプの人に、シンパシーを感じます。私自身がそうだから。このブログの過去記事でも、選挙のたびにそんなことばかり書いてきました(これとかこれとか)。

えっと、先月のことだけど、東浩紀が、Twitterでちょっと興味深い発言をしてたんです。
セカイ系とか美少女ゲームとかバカにして社会派に走ったのがこの数年の批評だったわけだけど、それで結局なにも得ることなかったんだから(これは反省も込めている)、もう社会改革なんて無視して、生きるとはなにかとか愛するとはなにかとか追求することに、もういちど向かうべきだと思うのよね。
 https://twitter.com/hazuma/status/536918176617869312

ぼくたちは、選挙なんてどうでもいいから、神とか愛とかについて考えたいんだよ。そういう人間はこの国にもたくさんいるのに、「そういう連中は社会不適合者、選挙いくのがまともな大人」とかいって片付けるから、政治の質が下がるんだよ。そういうこと本気で言うのが大事だと、最近は思ってる。
 https://twitter.com/hazuma/status/536922951900078081

神がないところに、政治なんてあるわけないのであって、この国は意味不明だよ。
 https://twitter.com/hazuma/status/536923244289208320

ぼくたちの人生は限られている。それをいかに有効に使うか。なるほど税金はぼくたちが払ってる。でもそれを収めて義務を果たしているんだから、もうそれ以上 無駄な時間まで取られたくないと思うのは、果たして不合理なのか? この「国家」とかいうくだらんゲームにどこまで付き合えばいいのか?
 https://twitter.com/hazuma/status/536924925169131520
一部のみの引用で、ちょっと文脈をぶった切ってしまったけど、なかなかに退け難いテーマを含んでいるように思う。

「政治と神」というのも面白そうなテーマだけど、かなりややこしい話になりそうなので、それは置いておいて。
とりあえず今回は、「愛」について考えてみる。

「政治」というと、永田町の権力闘争みたいなものを想像する人もいそうだから、それは避けて、ここでは「社会変革」という言葉を使うことにする。

私にとって、「社会変革」と「愛」は、一本の線でつながっている。

「愛とは何か」を定義するのは難しいけれども――とりあえず、「自分にとって大切な人たちが、幸せでいてほしい。できればいつも笑っていてほしい」と願う気持ちは、「愛」と呼んでもいいのではなかろうか。

私がこのブログを――よりによって「社会を変える」などという大それたタイトルをつけて――書き始めたのは、何よりもまず私自身が「社会的に疎外されている」「居場所がどこにもない」という切実な痛みを抱えていたからだ。そういう意味では、まったくの利己的な動機で始めたことだった。
でも一方で、「こんなふうに苦しんでいるのは、絶対に私だけじゃないはず」という確信のようなものもあった。
これまで声を発することができなかった私が、自分が苦しんできたことを言葉にしてみたら、もしかしたら同じように苦しんでいる人たちと繋がれるんじゃないか。
そういう思いがあった。

そうして、このブログを読んでくださった方の中には、自殺願望を持つ人もいれば、生活保護受給者の人も、障碍や難病を抱えた人もいた。生きづらさを抱えながら、なんとか生き延びてきた人も、たくさんいる。
縁あってこのブログを訪れて、私が発した言葉に共鳴してくれた人たちもまた、私にとって「大切な人」だ。
その大切な人たちが、今よりもう少し苦しくなくなって、できれば笑って生きられるような、そんな世の中になってほしい。そういう世の中に近づくために、今の自分にできることがあるなら、ほんの小さなことでも、積み重ねていきたい。それが私にとっての「社会変革」だ。

でも、「選挙で投票に行くことで世の中がよくなるのか?」と問われると、うーん、と考えてしまうよね。
今の時代は、政党政治とか、議会制民主主義とか、そういう制度そのものが疲弊してしまって、機能しなくなっている。だから今とは別の形の民主主義を――と主張する学者もいるくらいだし(この人とかこの人とか)。

それでも、じゃあもう選挙なんか行かなくてもいいじゃないか、とまでは言えないよね。少なくとも私は。
私には支持政党はないし、正直言って投票したい政党もないんだけど、とりあえず今の制度の中で、よりマシな方を選択しようと、ちょっとだけ考えてみるのは、無駄じゃないと思う。それしかできないっていう、まあ「投票」というのは、ある意味、無力感に苛まれるための儀式のような気もしますが。

ただ、これも前から言ってることだけど、民主主義の本質というのは、「一人ひとりが主権者としての意識を持つこと」にあるんじゃないかと、私は考えている。言い換えれば、「社会問題はどこかの誰かが解決してくれる問題ではなく、自分もまた解決に携わらなくてはならないのだ」という自覚を持つこと。そのために自分自身もまた成長していくこと。そうしなきゃ民主主義は「生きた制度」にはならない。

えーとつまり、話が長くなったけど、「私と関わりのあった大切な人たちが、できるだけ幸せに暮らせるようになってほしい」と望むなら、「社会を変えていかなきゃいけない」と当然考えることになるよねって話です。
そりゃ「勝ち組」の人たちにとっては、現状の社会のままでもたいして困らないのでしょうから、「社会変革」なんて考えなくてもいいのかもしれないけど。でも、ギリギリ生き延びてきた人間にとっては、本当に、生きるか死ぬかの問題だよね。

だから、私にとって、「愛について考える」ことと「社会変革」は、まったく矛盾しない、ひとつながりのものなのです。


まあ、選挙前にこんな文章を書いてる自分は、とんでもなく世の中からズレまくってる気もしますが……ブログ主の頭がおかしいのは最初からなので、諦めてください。


一応、投票の参考になりそうなサイトを二つ紹介しておきます。

まずは、各政党・候補者のスタンスが一目で分かる「朝日・東大谷口研究室共同調査」。
http://www.asahi.com/senkyo/sousenkyo47/asahitodai/
集団的自衛権、原発、ヘイトスピーチへの対応など、それぞれの政党・候補者のスタンスが図で表示されます。わかりやすいです。

最高裁判所裁判官国民審査については、「ポリタス」にあるまとめが便利です。
http://politas.jp/articles/226


というわけで、今度の日曜日は、このブログを通じて出会えた方々のことを思い浮かべつつ、投票に行ってこようと思います。






| ●月ノヒカリ● | 社会 | comments(6) | trackbacks(0) |
2017.06.13 Tuesday 23:30
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Comment
2014/12/15 11:39 AM posted by: あそびたりあん
こんにちは。
安倍政権のプロパガンダ機関と化したマスコミの誘導のおかげで、メデタク史上最低の投票率で、2割前後の絶対得票率で自公で議席の3分の2以上を独占することにまんまと成功しましたね。

ところで、「ポリタス」というサイトは初めて知ったのですが、「もう投票しなくていい」という森達也のコラムが目に付き、読んでみました。

「もう投票には行かなくていい。落ちるなら徹底して落ちたほうがいい」、「もっと絶望するために、史上最低の投票率で(……)、一党独裁を完成させてほしい」という森氏の主張は、賛成しないものの、気持ちは非常によくわかります。

ところで、森氏が「首相官邸のウェブサイトからリンクできる教育改革国民会議の議事要旨には、「子供を厳しく飼いならす」との記述がある」と書いているのを読み、まあ、そのような趣旨の記述があるのだろう、と思って、リンク先の議事要旨を見ると、本当に「子どもを厳しく「飼い馴らす」必要があることを国民にアピールして覚悟してもらう」と書いてあり、わが目を疑いました。さらには、森氏も指摘している「警察OBを学校に常駐させる」などのほか、「名刺に信念を書くなど、大人一人一人が座右の銘、信念を明示する」「お寺で3〜5時間座らせる等の「我慢の教育」をする」「一定レベルの家庭教育がなされていない子どもの就学を保留扱いする」「出産後の親業教育の義務化」「マスコミと協力したキャンペーンを行う」など、およそ正気の沙汰とは思えないような言葉の羅列で、心底驚きました。

ハンナ・アーレントは、「その底知れない程度の低さ・・・いうなれば、どぶから生まれでた何か、およそ深さなどまったくない何かが、それでもほとんどすべての人を支配する力を獲得すること、これこそナチズムという現象の恐るべきところです」と述べていましたが(『アイヒマン論争』)、これはアベノファシズムにも言えることでしょう。
2014/12/16 12:37 AM posted by: 月ノヒカリ
あそびたりあんさん、こんばんは。

選挙の結果は前もって予想されていた通りで、驚きはないのですが、怖い時代になったものだなと改めて感じます。

ポリタスの森達也氏のコラムは、さらっと読んだだけでリンク先までは見てなかったのですが……いま見てみたら、これはひど過ぎですね。
「子供を厳しく飼いならす」もさることながら、「一定レベルの家庭教育がなされていない子どもの就学を保留扱いする」というのは唖然とします。
「教育を受ける権利」まで破壊するというのは、「先進国」のすることじゃないですね。

アーレントの言葉を借りれば、「程度が低い」「薄っぺらい」としか思えない教育観は、どこから仕入れたのでしょうか?
ただのネット民(笑)に過ぎない私ですら、高橋源一郎さんのTwitter等から「お互いに学び合う」ような教育観を刷り込まれてきたというのに。

私はまったく社会的地位も影響力もない存在なので、本当に微々たることしかできないのですが、自分にできる範囲で何らかのアクションはしていきたい、という気持ちに変わりはないです。

「落ちた先」に少しでも、希望の種が産まれることを祈って。

コメントありがとうございました。それではまた。
2014/12/17 3:16 PM posted by: ふう
こんにちは。

選挙行ってきました。
私はわりと選挙にはワクワクするタイプです。
いつも好き放題の政治家に審判を下すみたいな、我こそは主権者って気分で投票します。

投票結果には、がっかりさせられることが多いですが、諦めたら負けと思っています。

なので、東さんが言っていることには、共感しません。
でも気持ちは分かるし、そうゆうこと言ってくれる人も必要と思います。

とはいえ、多分、私より東さんや月さんの方が選挙や政治に関して、色々考えているし、調べているように見えますが。

政治を職業にしていない限り、精通するのはなかなか難しいですよ。
時間的にも労力的にもそんなにさけない。
でもそこにつけ込まれているなって思うので、小さいながらも抵抗はしていくつもりです。
個人的にはツイッターを始めてから、格段に情報が増えました。投票の基準も決めやすくなりました。

月さんのツイートやこちらのブログも、貴重な情報源です。
なので、月さんが選挙に後ろ向きなのは、意外です。

私としては、がっつりは無理でも、常にちょびっとは引っかかっていたいと思っています。


2014/12/18 3:41 PM posted by: 青
こんにちは。
夜遅く、投票だけしてきました。
総理から国民無視、という感じを受けます。
時代が変化するときって弱い者から影響を受けるので心配ではあります。
自分を大きな声で弱者だと定義するのは抵抗がありますが、今の社会常識前提ではそう思わざるを得ないのです。
合わせようとしても何かあわず、葛藤で体調に出てしまう。
とりあえず日常生活をしっかりするよう心掛けたいと考えています。
料理とかやるべきなんですがやりたくないんですよ(笑)
2014/12/18 11:19 PM posted by: 月ノヒカリ
ふうさん、こんばんは。

選挙にワクワクするのは、ちょっぴり羨ましい気もします。
一般人にとっては、選挙のときくらいしか、政治への意思表示をする機会がないので、熱くなるに越したことはないとは思うんです。
が、私はあまり政治家とか、政党の勢力分布図に興味がもてないのですね。
それよりも、「そもそも民主主義の本質とは〜」とか、「未来の民主主義は〜」とか、そういうスケールのでかい話が好きなのです。つまり、誇大妄想狂みたいなものですね(笑)


>政治を職業にしていない限り、精通するのはなかなか難しい

おっしゃる通りだと思います。
仕事や育児、介護等で忙しくて、じっくり考える暇がない人も、大勢いるでしょうし。
政治を職業にしていても、「すべての国民の声」を拾い上げることはできないですね。「声の小さい人・声を上げることができない弱者」の存在は、無視されてしまう。
だからこそ、「ささやかな抵抗」であっても、声を上げ続けていくのは、大事なことだと思ってます。

ツイッターやネットの情報は玉石混淆ですが、記事中に挙げた「ポリタス」のように、有権者が考えるための良質の素材を提供しようとがんばっている人たちもいますね。そういう人たちが存在すること自体、救いだし、希望だと思ってます。

ふうさんのように、「諦めたら負け」と思ってる方がいるのも、日本の未来にとっての希望ですね。
私自身、さほど政治に関心はなく、ファンタジーみたいな夢の世界の方が好きな人間ですが、それでも頭の片隅で、今の日本に何が起きているのか、これからどうなるのかを、気にしておきたいです。

コメントありがとうございました。それではまた。
2014/12/18 11:21 PM posted by: 月ノヒカリ
青さん、こんばんは。

政治にさほど関心のない私でも、日本はどんどん悪くなってるなあ、と感じますね。
弱い人間に真っ先にしわ寄せがいくというのはまったくその通りで、だからこそ弱い立場の人を支援しなければならないはずなのに、政治家が生活保護バッシングするくらいですから、弱者はますます生きづらくなるという……。


>自分を大きな声で弱者だと定義するのは抵抗がありますが

お気持ちはわかります。
私自身、「自分よりももっと深刻に困窮している人がいる」という思いはありますから。
そうであっても、自分自身のしんどさや弱さ、苦しみを語っていいし、そこからしか始められないと思ってます。
最悪なのは、自分の弱さから目を背けて、無関係の人間をバッシングして憂さを晴らそうとすることじゃないかと。

自分の日常生活を大事にすることは、政治参加と同じくらい、あるいはそれ以上に大事なことだと思います。
青さんもどうかマイペースで、一日一日を大切に過ごしてください。
料理については私も、作るよりも食べる方が好きです(笑)

コメントありがとうございました〜。それではまた。
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