2016.03.20 Sunday 22:36
皆様お元気でお過ごしでしょうか。しばらく安静にしてなきゃいけなかったので、ブログの更新が遅れました。
先日、日課のダメダメ体操をしていたら、腰を痛めてしまったのです。そんなわけで最近はグータラ生活に逆戻り、またしても「人類ダメ化」に貢献してしまったブログ主でありました。

あと、これはコメントされる方へのお願いなのですが、ブログ主のレスを必要とするコメントは、コメント欄に書き込むか、メールで送ってください。拍手コメントについては、レスしない場合もあり、レスするとしても何ヶ月も先になる可能性があります。ご理解くださいますようお願いします。

さて、本題。

【当事者研究】なぜ私は「人に会いたくない」のか?のエントリを受けて、皆さんからいただいた「人に会いたくない理由」の当事者研究を順番に公開させていただいてます。

今回は、2月5日にいただいた拍手コメントからです。

ヒカリさんこんにちは。

私なりに自分の人と会いたくない、という気持ちを色々と振り返ってみました。

/搬療理由がある
¬疑Δ任△
十代と二十代なかばは精神疾患の療養にあてていたため、その期間の他人への説明、、などの説明しづらい事情を何件か抱えている

です。
,枠茲譴笋垢機△搬仗誘枋イ異様に強いことです。(体力が少しついたので若干克服はできてます。)これはうつと神経症に起因しているので精神的理由、、なのかもしれない?です。

△痢嵬疑Α廚実はメインじゃないか、、と思っています。出先で人と知り合う機会があっても言えないんですよね、、働いてないって。何の職業か、というのは人と人が出会ってまず確認する名刺代わりみたいなもので私は自分を説明できないんです。初対面で他のひとびとが、自己紹介がわりに自分の仕事のことを話し合ってるのを見るにつけ、自分は人の集まりに参加してはいけないし人と関わる資格がない、と学習しました。(自己憐憫とかではない、割と客観的な事実だと思っています)
もし説明しようとすると、のあんまし人には言いたくない黒歴史?を引き出してこなくてなはらなくなります。病気してたとか(しかも精神病だ)、中学高校は不登校だった、とか自分でも話しててあまり面白くないし聞かれたくないので、やはり人には会わない方が幸せだ、とここ何年も人の集まりに参加してみて積み重ねた実感であり結論です。

人と会ってすごく疲れるのは、私にはとても隠し事が多いから、なのだろうと思います。
聞かれたくない、突かれたくない場所が多すぎるので、人と会う事にすごく神経を使うんだと思う。地雷が多すぎるというか、、、。年相応の経験とかもあんま無いので、その辺のコンプレックスもあります。人と会った後はコンプレックスで死にそうになります。

現在、六回限定のカルチャーセンターの絵の教室に恐る恐る通ってるんですが、リハビリというより人と会いたくない気持ちをますます強めてしまっています。あといっかいで終わるのが嬉しくてたまりません。

と、思いの丈を書きなぐってみました。
ここに来る方は既婚者や、仕事は行けてる人が多いので私はやはりマイノリティーなのかなと思いました。隠し事が多いから人と会い辛い、、で思いつきましたが、facebookで顔写真なんか載っけちゃうような友達も多いような人は、人にむしろ聞かれたいような経歴の持ち主だったりしませんか、、。有名大学出身、海外留学経験、海外在住、社会的ステータスの高い仕事、とか。隠し事の有無、大小、というのが今んとこ自分の中では対人におけるキーワードになってる感じです。非コミュネタだとつい饒舌になっちまいます、、、読んでてこれ面白いかな〜と気にしつつこれにて失礼します。

まずは、当事者研究の公開を承諾してくださって、ありがとうございます。
以前も書きましたが、ブログ主にはめちゃくちゃ共感できる内容でした。

人に会っても疲れるだけで楽しいと思えないのは、自分が「無職」だから。これ、すごくよくわかります。
とりわけ初対面の人の間に入っていくとき、「何の職業か、というのは人と人が出会ってまず確認する名刺代わりみたいなもの」というのは、その通りだと思います。
そこで、「働いていない」とは言いづらいですよね。既婚女性の場合は、「専業主婦」という言葉もありますし、外で働いていなくてもさほど奇異な目で見られることはないでしょうが……「未婚で無職」って、本当に説明しようがないです。

ただ、無職だからといって、「人の集まりに参加してはいけないし人と関わる資格がない」わけではないと思うんですよ。
「病気で療養していて、今はリハビリの最中です」と言って、何とか切り抜ける方法もあると思うんです。その辺の悩みについては、過去このブログでも書いたことがありますが(→このエントリとかこのエントリで)。

でも私も、病気のことは、積極的に言いたくはないし、聞かれたくないですね。
「言っても理解されない」という思いもありますし、実際に、理解されなくて傷つくこともありましたし。

かといって、病気のことを隠したら隠したで、やっぱりしんどいことはあるんですよね。
例えば、私の場合、「癌」について話題になったときに、居心地の悪い思いをするとか。

あと、精神病については、偏見が怖いという気持ちが今もあります。
自分の精神疾患については、(医師や支援職を除けば)ネット上でしかオープンにしていないのですが……ネット上だけでも傷ついてしんどい思いをしたことはありましたから、リアル生活ではもっとカミングアウトするのが怖いです。

「地雷が多すぎる」というのは、言い得て妙というか、私自身も本当にそうだなぁと思います。
今の自分が「普通のレール」からかなり外れたところにいるから(好きで外れたわけではないのですが)、「ちゃんとレールの上を歩いている人」の何気ない一言が、いちいち突き刺さるなんてこと、本っ当にしょっちゅうあるんですよね。

これは、「無職で困るなら、働けばいいじゃん」という、単純なアドバイスでは解決しない問題です。
病気で長い間ひきこもりに近い生活を送っていた人間が、「じゃあ明日から働こう」なんて、まず無理なんですよ。ハードルが高すぎるんです。

心身ともに健康であったとしても、例えば長期休暇後の初出勤の日は、「なんとなく調子が出ない」ような感覚があるんじゃないでしょうか。
病気で長期間の療養をしていた人の場合は、その「調子が出ない」感覚が、もっとずっと重くキツいレベルでのしかかっているわけです。

病気でひきこもった経験のある人、皆が皆「就労」をゴールにすべきだとは、私は考えていないのですが……たとえ「就労」を目指すとしても、いきなりは難しい。
「ひきこもり状態」から「就労」に移行するまでの中間段階として、「外出して、人付き合いを楽しむ」くらいのことは、できる必要があるんじゃないかと思うんです。
でも、「無職」だと、そもそも人付き合いの輪に入ることが難しい。
これ、本当に深刻なジレンマだと思います。

私は、過去に乳がんの患者さんの自助グループに参加したことがありますが、やっぱりそういう場に参加できるのも、「ちゃんと働いているか、既婚女性(専業主婦)」のどちらかだと感じました。
私も、ハードな治療をしていたときは、他の乳がん患者さんの体験談や情報を必要していたので、そういう場に参加していたのですが……治療が一段落したら、足が遠のきました。癌の患者さんにも精神病のことは話せなかったし、既婚者や、そうでなくても仕事には行けている人の間で過ごすのは、苦しかったので。

病気の自助グループのような場ですら、「未婚で無職」の場合、参加のハードルが高くなる。
これは私自身、これまで実感してきたことです。


じゃあ解決策はないのか?
先のエントリで、今の私は、外出して人に会って「楽しい」と感じることがたまにある、と書きました。
コメント主さんの参考になるかわかりませんが、私の場合を書いてみようと思います。

まず、コメント主さんは、「カルチャーセンターの絵の教室」に通っておられるそうですが……もしかしてその教室では、「雑談タイム」が多いのではないでしょうか?
いや、私のように「地雷が多すぎる」タイプの人間にとって、一番しんどいのは「雑談タイム」なんですよね。仕事について聞かれるのも、そういう時じゃないでしょうか。

だから私が、ひきこもりに近い生活をしていたときに最初に始めたのは、ヨガだったんですよね。ヨガの教室では、全員ただ黙々とポーズをとるだけで、「雑談タイム」が一切ない。当然仕事について聞かれることもない。だから、比較的通いやすかったのだと思います。教室へ行くのがしんどいときもありましたが、「これは自分の健康のために必要なことだから」と自分に言い聞かせて、通っていました。

思うんですけど、コメント主さんの通っている「絵の教室」が、各々ただひたすら技術の向上を目指して一心に描き続けるだけの教室だったなら、もしかして通いやすかったんじゃないかなあと(もちろん絵を描くことが好きな人にとっては、の話ですが)。そう、「絵を描くことの技術向上を目指す」ための苦労はあるけれども、人付き合いのしんどさはないような場所だったら…?

答えを言ってしまうようですが、私にとって「楽しい」と感じる場というのは、いわゆる「雑談」じゃなくて、自分の興味・関心のある分野について話せる勉強会的な場だ、ということになります。
昨年このブログで募集したオフ会が「お気に入りの本を紹介し合う」というテーマだったのも、そういう理由からです。
「好きな本について話す」のなら、「雑談」よりも苦にならない。うまくいけば「楽しい」と感じることができる。
そんでもって楽しい時間を過ごせたなら、そのあと疲れ果てても、「まあいいかな」って思えるんですよね。

私も何年もの間ずっと試行錯誤し続けてきて、本当にたまにですが、「楽しい」と感じることができる場と出会うことができました。
でも、私は「雑談タイム」が苦手だから、飲み会的な場には参加しないことが多いです。だから今も、人付き合いについては、「深入りは避けている」という感じですね。

なんかものすごく長くなってしまったので、この辺で。
コメント主さんの参考になったかわかりませんが……でも私は、この場でこういう話ができたこと自体、すごく嬉しかったです。
リアル生活はおろかネット上ですら言えなかった悩みを、同じような立場の人と共有できる。ブログやっててよかったなあ、と思えるのは、こういうときです。
改めて、この当事者研究を書いてくださったことに、心からの感謝を。


さて、こちらのエントリについても、ご意見やメッセージ等がありましたら、ご自由にコメント欄や拍手コメントでお寄せください。
いただいたコメントは公開する可能性があります。拍手コメントでいただいたご意見は、コメント欄に転記させていただくかもしれません。公開を希望されない場合は、「非公開で」とお書き添えください(拍手コメントの場合は、「レス不要」にチェックを入れてください)。






| ●月ノヒカリ● | 当事者研究 | comments(2) | trackbacks(0) |
2017.04.25 Tuesday 22:36
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Comment
2016/04/04 9:46 PM posted by: りょう
人に会いたくない理由、無職であることなど、言いたくないことがあると、人とうまく話せなくなるというところ、すごく共感できます。それが疲れも引き起こすんですよね…。なので、ぼくも相手には立ち入ったことを聞かないようにしていますが、それも逆に人間関係を希薄にするのかもしれない、なんて思います。それが必ずしも悪いとは思わないですけれども。
2016/04/05 10:22 PM posted by: 月ノヒカリ
りょうさん、お久しぶりです。

「人に言いたくないことがある」と、確かにその分疲れるというか、緊張しますね。
「仕事は?」と訊く方は、特に悪意もなく気軽に訊いているのでしょうが、こっちは「どう答えれば、この場が丸く収まるのか」ということを必死に考えなければならない。
さらっと嘘をつける性格なら、そんなに悩まなくてもいいのかもしれませんが……嘘をつくのが苦手だから、緊張してしまうのでしょうね。

それから、「立ち入ったことを聞かないようにすると、人間関係が希薄になる」という面も、確かにあると思います。おっしゃるように、それがいいか悪いかは、私も一概には判断できないです。

コメントありがとうございました。また何か気づいたことがあれば、教えてください。
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