2017.11.18 Saturday 00:02
大江満雄という詩人をご存じだろうか。
たぶん、知らない人が多数派だと思う。
私が大江満雄の名を知ったのは、瀬尾育生著『戦争詩論 1910-1945』の中で、「とても奇妙な戦争詩を書いた人」として一章が割かれていたからだ。
その奇妙な戦争詩を通じて、大江満雄という人物に興味を持ったタイミングで、この『来者の群像』が出版されたのを知り、これも何かの縁かと思って手に取ってみた。

私の好きなタイプの本だ。歴史の表舞台には決して登場しない、けれどもその時代や社会の限界とがっちり向き合った人々の、生きた証が刻まれている。

戦前はプロレタリア詩を書き、検挙され転向して、戦時中は多くの戦争詩を書くことになった大江満雄。
その大江が、戦後間もない頃、ハンセン病者と出会った。正確に言えば、ハンセン病療養所の入所者の詩作品と出会い、それから約40年、彼らの詩作に伴走し続けることになったのだ。
まだハンセン病への偏見の強い時代に、大江は頻繁に療養所へ足を運び、ハンセン病者と飲食を共にしたという。

タイトルにある「来者」という語は、大江による造語だ。大江は、『論語』微子篇にある「来者は追うべし」にヒントを得て、ハンセン病の詩人を(「癩者」ではなく)「来者」と呼んだ。私たちに未来を啓示する「来たるべき詩人」を、ハンセン病の詩人の中に見いだそうとしたのだ。

ハンセン病は、戦後に特効薬が発売されて以降もずっと、国による隔離政策が続いていた(隔離政策については、「ハンセン病 Q&A」の説明がわかりやすい。患者隔離を定めた「らい予防法」が廃止されたのは、1996年のこと)。
発症後、療養所から一歩も出ることなく生活しなければならなかった人々にとって、「表現すること」は、自らを救う行為でもあったのだろう。「ホームレス歌人」がそうだったように。

ハンセン病の詩人といえば塔和子しか知らなかったけど、この本には、他のハンセン病者の詩もいくつか紹介されている。
この本に紹介されている中で、私の一番好きな詩を、以下に書き写してみる。

  病める樹よ
島比呂志


永遠の中の
一年がなかったら
永遠は存在しないということを
樹よ
よく考えてみるがいい

どこからか吹いてきた悪病に
おまえの枝や葉が
変形し
醜悪になったからといって
絶望してはならない
なるほど
風が吹けば
おまえは
仲間以上の危険にさらされるであろう
雪が降れば
ひとしお寒さが浸みるであろう
けれども
全力を挙げて耐えるがいい
ありだけの生命の火を燃やすがいい
やがて
おまえの生涯が終り
板となり
柱となる日
苦しみに耐えて来た
一年一年が
いかに美しい年輪となり
木目となることであろうか

樹よ
悪病を歎くことなく
ありだけの力で生きるがいい
やがて摂理の銛にかかる日まで
血みどろに生きるがいい
樹よ樹よ樹よ樹よ
病める樹よ!


来者の群像』pp.202-205(初出は『愛生』1952年11月号)

私もまた、病気と闘っている最中であるせいか、この詩の言葉に深く響き合うものを感じた。

「生きるとは、年をとることじゃない。いのちを燃やすことや」
これは、ハンセン病訴訟の原告の一人であった中山秋夫氏が語った言葉だ。
隔離政策によって、社会の片隅に追いやられた人の、人生の底の底から絞り出された、生命力をもつ言葉たち。

彼らハンセン病詩人を励まし、詩作を導いたのが、大江満雄だ。
大江は、ハンセン病療養所の園内誌で詩の選評をしていたのだが、この選評からも、大江の「本気」が伝わってくる。大江の文学観のみならず、人間観をも垣間見ることができて、興味深い。いくつか引用してみる。
「詩は反対の立場の人をも納得させることが大切だ。〔中略〕文学というものは敵を(敵とはラテン語では自分のもたないものをもっている者をいう意味があるという)射るものであり、そして共感にまで高めるものでなくてはならぬ」

「現代詩人は感傷性をきらうが、私は、感傷的にならざるをえない立場にある人に、感傷性をもつなということは、雨の中を傘をささずに歩む人に、雨に濡れるなというにひとしいと思う。〔中略〕感傷性には貴重な宝庫があり、泉があると、いうことを知り、それを発見する努力をしなければならないと思う。感傷は感情の傷みだから、それを自らが、いやし、自らが創造的な力に高めてゆくということが大切だと思う」

「『エゴを死刑にしてやりたい』これは、なかなかおもしろいが、〔中略〕エゴというものは社会愛人類愛と切り離すことはできないものだと思う。作者の自己にきびしい態度には好感もてるが、エゴを虐殺すると社会愛とか人類愛の精彩がなくなると思う。自我は人間の表現的実際活動によって社会我世界我に成長するといいたい」

来者の群像』pp.48-49(栗生楽泉園園内誌『高原』大江による詩の選評)

私もまた、細々と短歌を作っているので、上記の大江の評に感じ入るものがあった。と同時に、これらの言葉はとても高い理想を謳っていて、そう簡単に手が届くものではない、とも思える(「敵」が「納得する」だけでなく「共感する」詩って、どんな詩なんだろう…?)。

大江はまた、ハンセン病詩人にこんなアドバイスを送ったという。
「ハンセン病であることを外に強調するな、人間として純粋なものをうたえ」

個人の痛みから出発しながらも、より広い視野でものを見ること。そういう態度があってこそ、普遍的な人間のもつ深みへと到達することができるのだろう。
大江の文学観に同意するにしろしないにしろ、私もまた、表現活動するとき、立ち返りたい原点だ。

この本の巻末の「参考文献」の欄には、ハンセン病療養所で発行された園内誌が列記されている。
もしかしたら、誰の目にも触れないまま、埋もれてしまったかもしれない「来者」の言葉たち。
彼らの生きた証を、今この時代によみがえらせてくれた著者に、心からの賛辞を贈りたい。






| ●月ノヒカリ● | 読書感想 | comments(4) | trackbacks(0) |
2018.09.11 Tuesday 00:02
| スポンサードリンク | - | - | - |
Comment
2017/11/26 7:32 PM posted by: くろ
「敵」が「納得する」し「共感する」。
ほんとうに、どんな詩なんでしょうね。

私は今年、広島の原爆資料館に行きました。
蝋人形の展示が撤去される前に見たかったからです。

そこには、いろいろな国の人が来ていました。
「日本人のが少ないな」と感じるくらい。

そして、私が思ったことは、世界中の家族連れをこの場所で見て、
「今ここにいる人は一人残らず、自分や家族が原爆で死んだりしてほしくない、と感じているに違いない。」
ということでした。それだけは、確信をもってたしかなこと、と思えたのです。


あと、むのたけじさんの本に「たいまつ」の何周年だかのお祝いを敵と思っていた陣営が開いてくれただか参加してくれただかした…という話題があってそこに
「むのは敵だから大事にしなくてはいけないと言われた。『敵だから大事にしなくてはいけない』とは一体どういうことなのか。よくよくかんがえてみなくてはならない」
というようなくだりがありました。
(記憶で書いているので不正確でごめんなさい)
これは何なのか、私も深く受け止めたことを思い出しました。

だいたい、「敵」って、なんなのでしょう。

冒頭に書いたような詩が完成したら溶けてなくなる「何か」かもしれませんね。

2017/11/28 10:00 AM posted by: 絹さや
こんにちは。次々に更新されていて、嬉しいですが、「的を射たコメントを…」と思っているうちに次の記事が出る、という具合だったりしたので、あまり考えこまずにお便り気分で書かせて頂きます。少し前に見たNHKのドキュメント番組(多分、「目撃!にっぽん」)では、元患者の男性が、「国に養われるだけの自分を受け入れる葛藤」を語り、野菜を作って入居者仲間に振る舞うことが生きる自信となっている、と話しておられました。お顔も本名も出してらっしゃいましたが、買い物に行かれる地元のスーパーの映像には、「分からないようにしてくれ」とのことで、ぼかしてありました。長くなって来たのでこの辺で締めます。また、今年あと1回はお便りさせて頂こうと思います。
2017/11/29 12:17 AM posted by: 月ノヒカリ
くろさん、こんばんは。

おっしゃるとおり、私も、「敵」が共感する詩って、ちょっと思いつかないです。実際にそういう詩があるなら、読んでみたいです。
大江満雄の評に出てくる、「敵とは自分のもたないものをもっている者」という定義は、初めて聞くものでした。面白い視点だな、と。

くろさん、広島に行かれたんですね。私は、広島へは小学生の時に行ったきりで、しかもよく覚えていないのです。原爆については、これも小学生の頃に、『はだしのゲン』を読んでトラウマになりました。
大人になってから、こうの史代さんの漫画『夕凪の街 桜の国』を読んで、これも切ない話ではあるのですが、トラウマになるようなシーンはなく、「こういう形で広島を描くことができるんだな」と、新鮮な感動がありましたね。

むのたけじさんの「敵だから大事にしなくてはいけない」というのも、気になる言葉ですね。
「敵」かどうかはわかりませんが、自分とは異なる考え方をする人は、自分にとって重要な存在だ、という面は、あるように思います。自分とは理路の異なる、相容れない言葉と接触することで、初めて自分自身の輪郭がわかる、ということはありますから。

コメントありがとうございました、それではまた。
2017/11/29 12:18 AM posted by: 月ノヒカリ
絹さやさん、こんばんは。
「次々に更新」というほどではなく、のんびりペースでしか更新してないつもりですが、それ以上に月日の過ぎるスピードが速いのかもしれません。もうすぐ12月なんて信じられないです。

今の時代に「ハンセン病」って、どのくらい知られているのか、よくわからないまま記事を書いたのですが、今もNHKで、元患者さんが登場する番組が放送されたりしてるんですね。
私にとっては、近くにハンセン病療養所もなく、元患者さんに会ったこともなく、あまり身近な話題ではないのですが……らい予防法廃止から違憲訴訟の頃(90年代後半から2000年代初頭あたり?)、新聞で大きく取り上げられたのが記憶に残っています。ハンセン病療養所についてもう少しいろいろ知りたい、という気持ちはあるのですが……そういう機会があるかどうか。あればいいのですが。

コメントありがとうございました、それではまた。
name:
email:
url:
comments:
Trackback
http://newmoon555.jugem.jp/trackback/538
Search
Profile
Category
Recommend
Recommend
私の幸福論 (ちくま文庫)
私の幸福論 (ちくま文庫) (JUGEMレビュー »)
福田 恒存
たとえ不幸のうちにあっても、私たちが「幸福である」ために
Recommend
新版・小説道場〈4〉
新版・小説道場〈4〉 (JUGEMレビュー »)
中島 梓
わが人生の師。全4巻
Recommend
敗北からの創作
敗北からの創作 (JUGEMレビュー »)
明川 哲也
9・11テロ後「敗北」した私たちにできる「創作」とは?
Recent Comment
Recent Trackback
Links
Admin
Calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>
Latest Entry
Archive
【WEB拍手】
応援してくれる人、拍手ポチッと押してね↓↓↓
↓ブログ主に小銭を!
Analytics
Sponsored links
Mobile
qrcode
無料ブログ作成サービス JUGEM