2009.10.14 Wednesday 23:20
前々回前回の続き)
私は「音楽が平和をもたらす」なんて信じていない。
平和な国にいて反戦ソングを歌えば世界が平和になる、だなんて今時ナイーブに信じることはできないでしょう。

それでも、音楽には何か人の心を動かす「力」があるんじゃないか、と感じることはある。
バレンボイムとサイードが立ち上げた、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団には、すごく大きな可能性を感じる。

このプロジェクトは、1999年、ゲーテの故郷であるドイツのワイマールで始まった。現在も敵対関係にあるイスラエル、パレスチナ、そして他のアラブ諸国の若い音楽家を呼び集めて、バレンボイムの指揮のもと、一緒に音楽を演奏するという趣旨だ。

イスラエルとパレスチナの問題は、軍事的な手段によって解決できるものではない、という信念がバレンボイムにはある。
軍事的な手段以外の解決方法は、「対話」しかない。
「対話」のためにまず必要なのは「相手を知り、相違を受け入れる」という姿勢だ。

楽団名の由来は、西洋人であるゲーテが、東方イスラム世界の影響を受けて書いた詩『西東詩集(ウェスト=イースタン・ディヴァン詩集)』から取られたものだ。このプロジェクトの根底に流れる理念は、「他者と出会い、知ること」である。

イスラエルのオーケストラのレベルの高さは、世界的に知られている。
だがこのプロジェクトを始めるまで、パレスチナ、あるいは他のアラブ諸国(シリア、レバノン、ヨルダン、エジプト)に、優秀な西洋音楽の演奏者がいるとは、バレンボイム自身も知らなかったという。イスラエル人の若い音楽家たちもまた、エジプト人の学生があざやかにオーボエを演奏するのを見て、非常に驚いたらしい。

このプロジェクトの真髄は、敵対するイスラエル人とアラブ人が、ひとつのオーケストラ団員として、ともにひとつの音楽を演奏することにある。
バレンボイムは次のように語る。
私は、音楽は人々を一つにするすばらしい手段として役立つと思った。音楽家が気乗りのしないまま演奏することはないからである―――音楽を前にすれば、必然的に真剣に取り組み、努力することになる。(中略)イスラエルから来ようとパレスティナから来ようと、アラブ人であろうとユダヤ人であろうと、問題ではない。ワイマールでは、イスラエル人とアラブ人は、相手のことがまったくわかっていなくても、あるいは憎しみ合っていても、一つの譜面台を一緒に使い、同じ音符を演奏することになる―――強弱を合わせ、出だしを合わせ、ヴィブラートを合わせて。そうするには、オーケストラで自分の隣人になじむほかはない。
        『ダニエル・バレンボイム自伝』P.291

オーケストラで演奏するには、個人として演奏するだけでなく、他の奏者たちの演奏に耳を澄ませなければならない。それは音楽によってのみ可能な「対話」のひとつの在り方だ。
アラブ人の奏者とイスラエル人の奏者が並んで、同じ譜面台を見ながら、音楽家としての情熱をもって同じ音を演奏する。
そのような音楽を同時に演奏するという「対話」を続けていけば、「相手の意見に耳を傾ける」という、通常の言葉による対話もずっと容易になるだろう、というのがバレンボイムの考えだ。
ワークショップの参加者の多くの者にとって、「反対陣営」の人間と一緒になにか建設的なことをするのはこれが初めてだった。私は、参加した若者たちが今ここで互いに交流してくれれば、今後にも明るい見通しが期待できる、という思いに駆り立てられた。もし、私たちの誰もが望むように、状況が改善して中東地域に平和が訪れれば、彼らが前もってこのような機会を与えられたことは、その時に役立つだろう。縁起でもないことだが、もし、恐ろしい戦争が起こった時でも、少なくとも彼らは人生を大変豊かなものにする経験をしたことにはなる。そして、ある場所では心を完全に開いて全面的に協力できるのだ、という経験をしたことになるに違いない。
          『ダニエル・バレンボイム自伝』P.291-292

2005年8月、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団は、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ラマラで、厳戒態勢の中コンサートを行った。
イスラエルの法律は、自国民がパレスチナ自治区に入ることを禁じており、シリア・レバノンの法律は、自国民がイスラエル領を通過することを禁じていた。そもそもこのコンサートを実施すること自体、本来は不可能なことだったのだ。それをバレンボイムは成し遂げた。

現在も中東情勢は暗雲に包まれている。
ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団の音楽活動が、中東に平和をもたらすなどと単純に考えることはできない。

だが、ここで思い出したいのは、このブログで最初に取り上げた、明川哲也氏の『敗北からの創作』に出てくる、A.J.Musteの次の言葉だ。

 平和に至る道というものはない。平和とは、まさにそのやり方のことなのだ

ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団でともに演奏したイスラエル人・アラブ人は、もはやお互いを単なる「敵対民族」とは見なさないだろう。彼らは、お互いを理解する出発点に立ったのだ。
これは「平和」というものの、ひとつのやり方ではないだろうか。

というわけで、個人的にはダニエル・バレンボイム氏とウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団の若き音楽家たちにノーベル平和賞をあげたいのだが、私にはその権限がない。
だから、彼らには「月ノヒカリ平和賞」を勝手に贈ることにします。賞金は出ませんが。
オチがひどすぎるなw

【YouTube動画】バレンボイム&ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団

 <参考文献>
ダニエルバレンボイム自伝 バレンボイム/サイード 音楽と社会 バレンボイム音楽論──対話と共存のフーガ
ダニエルバレンボイム自伝 バレンボイム/サイード 音楽と社会 バレンボイム音楽論──対話と共存のフーガ

あと、ラマラでのコンサートはDVDになっているようです。

とりあえず、ここまで読んでくれた人ありがとう
| ●月ノヒカリ● | 社会 | comments(4) | trackbacks(4) |
2020.06.26 Friday 23:20
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Comment
2009/10/14 11:57 PM posted by: 村野瀬玲奈
私の『岡田克也外相の「東アジア共同体」構想は良い方向』
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1459.html
という記事に、「できない理由」を一所懸命探すコメントがきて、どうお返事しようかと迷っているのですが、一言お言うとしたら「とにかく何も言わずに一つの作業を共同でやってみなさい」ということに尽きるのかな、と、この記事を読んで思いました。

出自や立場は違っても、同じオーケストラの中で一緒に演奏する、というような共同作業の経験を一人でも多くの人が積み重ねることが具体的な反戦平和への取り組みなんでしょう。

とてもいいタイミングでいいトラックバックを送っていただきましてありがとうございました。

というわけで、この記事に「村野瀬玲奈平和賞」を勝手に贈ることにしました。賞金は出ませんがトラックバックをお贈りしました。笑
2009/10/15 10:55 PM posted by: 月ノヒカリ
玲奈さん、超高速スピードの反応、ありがとうございます!
カタツムリのはやさでしか歩けないブログ主には、びっくりでしたよ(汗)
トラックバックお返しさせていただきました〜。

>「村野瀬玲奈平和賞」
ありがたく頂戴します(笑)
どうも自分のギャグはすべってる気がしてならないんですが、
玲奈さんがちゃんと反応してくださって、嬉しいです!
コメントありがとうございました〜。
2009/12/26 4:44 PM posted by: 村野瀬玲奈
月ノヒカリさん、こちらへのコメントはおひさしぶりです。

私の
「仕事と宴会 (安全保障のための第一歩)」
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1546.html
の記事で紹介させていただいた月ノヒカリさんのこの記事に感謝したくてまたコメントします。

政治も外交も軍事も、国家どうしの駆け引きや軍事力という大きなものが動員される前に、個人どうしの人間関係にまでさかのぼって取り組むことが重要であるということを、改めてバレンボイムのオーケストラから学ばせていただきました。

自分ひとりでは知ることのできなかった意義深い情報を教えてくれた月ノヒカリさんに改めて感謝します。

「月ノヒカリ平和賞」、格調があって良い命名ではないでしょうか。(^^)/
英語にして「Moonlight Peace Award」とでもすれば良い感じですよ。全然すべってませんって。
2009/12/27 12:06 AM posted by: 月ノヒカリ
玲奈さん、再びコメントありがとうございます。

何といいますか、私は政治オンチなので、玲奈さんのようなブログは書けないのですが……自分なりに、手応えのある範囲で、社会的な発言をしたい。という思いはあります。

それを玲奈さんがこうして取り上げてくださって、すごく嬉しいです!

>全然すべってませんって
あ〜、そうであってほしいものです。
捨て身の痛々しいギャグを繰り広げているのに、ウケなかったら哀しすぎます(笑)

玲奈さんにこうして拾っていただけて、なんとか明日からも頑張れそうです!
コメントありがとうございました〜。
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2009/10/14 11:49 PM posted by: 村野瀬玲奈の秘書課広報室
  アメリカ合衆国大統領のバラク・オバマ氏が今回のノーベル平和賞の受賞者となりました。 大統領に就任してからまだ日が浅く、まだ核軍...
2009/10/14 11:49 PM posted by: 村野瀬玲奈の秘書課広報室
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毎年楽しみにしている恒例のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるニューイヤーコンサートをNHK衛生中継で満喫させて頂いた。とくに今年の指揮者ダニエル・バレンボイム氏(...
2009/12/26 4:33 PM posted by: 村野瀬玲奈の秘書課広報室
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