2020.05.25 Monday 13:02
たまにはブログに読書メモを。
長文の感想を書く元気はないので、ちょっとした読書記録ですが。
ずっと途中読みで放ってあった本を、つい先日やっと最後まで読んだのだった。

高秉權(コビョングォン)著『哲学者と下女』


韓国の哲学者の著書に触れたのは、これが初めて(あまり翻訳されていないのではないか)。

タイトルは、古代ギリシャの哲学者タレスの逸話から取られたのだろう。
タレスはある夜、夜空を見上げて星の運行について考えていたら、穴に落っこちてしまった。それを見ていた下女は笑ってこう言ったという。「熱心に遠い星のことを考えていても、自分の足元にあるものには気づかないのですね」

このエピソード、「夜空の星のような高みからものを考える哲学者」と、「足元の現実に拘泥する大衆」の対比として捉えることもできる。

その上で、著者は以下のように評する。
「生を省察する余裕がないならばその生は奴隷的だ」という哲学者の言葉と、「生の切実さがないならばその知とは遊戯や道楽に過ぎない」という下女の批判、どちらも正しく、一方でどちらも間違っている。
一見して敵対する関係にある哲学者と貧しい者、その救済は互いからやって来るのではないか。

その次に出て来るエピソードが、この本でもっとも印象的だった箇所だ。
哲学者カントと、韓国のとある障碍を持つ女性、それぞれが夜空を見上げたとき、何を思ったか?

カントは夜空を見上げ、「星々が光を放つ天空と、自分の胸の内で光を放つ道徳律」を対比させて、後者を称えた。
他方、1996年のソウルで行われた障碍者の合宿で、とある障碍者の女性は星空を見て、カントとはまったく逆の思いを抱いたのだった。普段家と職場に閉じ込められていた彼女が、生まれて初めて夜空の下で、焚き火を囲んでおしゃべりをするという体験をしたとき、彼女の中で変革が起こったのだ。
ずっと自分が「できない」と思い込んでいたことは、実はそうではなかったと気づいてしまった。永遠のものだと思っていた心の奥の道徳律——自分の中にあった従順さや禁忌の命令の数々——が、星空の下で砕け散った。この体験の後、彼女は、寮を出て自立生活を始めることになったのだという。

本書の冒頭に書かれたこのエピソードに、私は胸を鷲掴みにされた。
哲学とは「博識さ」ではなく、「目覚めさせること」にある、と著者は言う。

この一連のエピソードは、最後の訳者あとがきにあった「シニシズム批判」ともシンクロしている。
この本の翻訳者である今津有梨氏は、「他者に対する冷笑の底には、自己に対する冷笑——つまり自己自身の無視——がある」と見抜く。
そしてこう続ける。個人の無力感を背景にもつシニシズムを批判するなら、その批判は、彼らの「無能力」に向けられはしない。「あなたに力がないというのには根拠がない」と喝破することによって、冷笑する者の足場を崩壊させることこそが「批判」になるのだ、と。
彼らのもつ無力感が、実は根拠のないものだったと暴かれるとき、そこから「できるかもしれないこと」のあらゆる可能性が開かれる。
ここで、(シニシズムへの)批判を発する者にできることは、彼/彼女の力が最大限発揮されるよう、手助けすることに過ぎない……。

こんな清々しい「批判」があるだろうか。
(現代社会に蔓延っているとされる)シニシズムを批判した文章なら、ネット記事でいくつか読んだ記憶がある。けれども、批判の対象となる人に可能性と力を指し示すような、そんな批判を見たことはなかった。

この本のサブタイトルは、「日々を生きていくマイノリティの哲学」というものだ。
この社会で生きていく過程で、否応なく植えつけられてしまう無力感。この感覚を感じたことがあるなら誰でも、この本の言葉が呼びかけているところの「マイノリティ」に当たる。

いわゆる「マイノリティ属性」を持つか否かに関わらず、この社会で無力感に苛まれた経験があるなら。
この本を読む過程で、自分の実人生と重ねつつ、揺さぶられたり、気づかされたりすることがあるのではないか。
私もまた、この本の随所で、様々な言葉で力づけられる思いがした。

ちょっとした読書メモのつもりが、思ったより長くなってしまった。
哲学の本ではあるが、エッセイ的な文章で、とても読みやすい。
あまり話題になってはいないようだけれども、私にとってはずっと手元に置いておきたい一冊だ。


     




| ●月ノヒカリ● | 読書感想 | comments(0) | - |
2020.09.12 Saturday 13:02
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