2020.09.12 Saturday

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2009.10.31 Saturday 20:02
10月もはや終わりですね。
このブログも、始めてからもうすぐ4ヶ月。
ここまで書いてきて、やっと、やっと、私が「本当に書きたいこと」に少し近づくことができました。ここまで読んでくださった皆様、コメントくださった皆様、本当にありがとうございました。
自分でもどこまで書いていいものか、迷いながら書いているので、コメントいただけると「ここまで言っちゃってもいいんだ」って、ちょっと安心しました。
コメントくださった皆様に、感謝を込めて拍手レスです。↓からどうぞ〜。
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| ●月ノヒカリ● | web拍手レス | comments(2) | trackbacks(0) |
2009.10.28 Wednesday 22:47
時々、ふと思うことがある。
今まで何度も病気で倒れて、身体も心もボロボロになって、それでもなんとか「立ち直らなきゃ」と頑張って。
「ちゃんと仕事しなきゃ」とか「自立しなきゃ」とか考えてて。
自分がひきこもりがちな性格だからこそ、なおさら「外へ出て、人と話さなきゃ」とか思って。
そうして出会えた人もいるし、学んだこともあるし、得たものもあるはずなんだけど。

失った物の方が多かった気がする。
何よりも、「健康」を失ったことは、痛手だった。
失って初めて価値のわかるものってあるけど、「健康」はその最たるものだと思う。

ずっとひきこもってた方が、よかったのかもしれない。
ひきこもってたら、こんなにたくさん病気にならずに済んだのかもしれない。
何もしない方が、よかったのかもしれない。
その方が、今よりももう少しエネルギーが温存されたかもしれない。
もっと「自分がやりたいこと」のために、時間や体力を使えたかもしれない。

もしかしたら、この十年ひきこもってきた人って、「勝ち組」なのかもしれないよ。これまで温存してきたエネルギーを、これから先「自分が本当にやりたいこと」のために使えばいいのだから。

とはいうものの、私には本当は「ひきこもり」の実態がよくわかっていない。
ただ単に「仕事をしていない人」というだけなら、私も当てはまるんですが。
自分が「ひきこもりがちな性格」というのは自覚してるんですけど、いわゆる「ひきこもり」とは違うらしい。
だって私が仕事してないのは、健康上の理由だし。
別に外出できないわけではないし、人と話せないわけでもない。
「自分はひきこもりではないのか?」と悩んだこともあって、「ひきこもり支援団体」みたいなとこに連絡してみたこともあるんですが。
「ひきこもり支援団体」って、ひきこもりの「親」を支援するところで、親から高い会費をとって成り立ってるみたいなんだよね。
正直、未成年ならともかく、いい大人の問題に親がしゃしゃり出るのってどうよ?って考えちゃう時点で、私にはなじめない世界でした。
私の両親は、「自分のことは自分で何とかしなさいね」というタイプなので、やっぱり私には縁の無い世界みたいです。

だから、「ずっとひきこもってた方が、よかったのかもしれない」と言ってしまうのは、私にとっては嘘になるな。
やっぱり私は、「できる限りの力は尽くして頑張って、それでも駄目だった」と言える方がいい。
「やれるだけのことはやった」と実感して死にたい。
そっちの方が、後悔が少ない気がする。

| ●月ノヒカリ● | その他雑文 | comments(10) | trackbacks(0) |
2009.10.27 Tuesday 21:38
以前、「よしもとばななと池内ひろ美の職業差別」の記事を書いたとき、私は就職氷河期世代として、自分の体験を語るつもりだった。それを今ちょっと書きます。

もう一年以上前のことだが、「はてな」のいわゆるロスジェネ世代が書いた以下の記事を、私は強い共感と痛みを感じながら読んだ。
 30歳から34歳が受けた心の傷
 敗残兵から一言
 ロスジェネとか雇用とか(一当事者として) 
 氷河期の猛吹雪にズダボロに引き裂かれた人々と、グングン成長した人たち

この中の「敗残兵から一言」という表現が気に入ったので、私も敗残兵の一人として、ここで言いたいことを言っておこうと思う。

私が大学を卒業する頃、「就職氷河期」といわれる時代に突入した。
まず女子に対して、風当たりが強くなった。
だいたい私は「就職活動」というものが苦手だった。
「就職活動」で問われるのは、成績ではなかったと思う。(私はわりと真面目に講義に出席してたので、成績は良かったのです。)
コミュニケーション能力とか自己アピール能力とか面接力とか、さらにいえば体力とか容姿とか、どれも私が苦手なものばかりだった。
ただ実際、私の目から見て「容姿・成績・自己アピール能力」すべてそろったように見えた女子でさえ、苦戦する状況でした。
それで私は、大学を卒業した当初から、非正規職員として働かなければならなかった。

当時私の持病はアトピーだけで、自分では「健康な人と同じように働ける」と思い込んでました。
でもそれは間違いだった。
普通の人には、アトピーって「虫さされ」と同じレベルで「湿疹ができて痒いだけの病気」と思われているみたいだけど、それは軽症の人の話です。
重症のアトピーは「生き地獄」です。
全身、絶え間なく気が狂いそうな痒みと皮膚の剥離にともなう痛みが毎日続く。
「服を着替える」とか、ふつうに身体を動かすたびに、全身に悲鳴を上げたくなるような痛みが走る。
酷いときは、起き上がることもできない。
そういう状態を何度か繰り返して、その度に「死んだ方がマシ」と思いました。

私は、5年前に癌になって、抗癌剤を経験した。あれも髪は全部抜けるし、食べたら吐いちゃうし、すごく辛かった。けど、その体験と比べても、アトピーが重症だったときの方が苦痛だったように思う。
そういう健康上の理由もあって、私は短期間の契約社員やアルバイト的な仕事しかできなかった。
私はいい加減な気持ちで仕事したり、仕事を途中で投げ出したりはできない性格です。契約期間中に仕事を辞めるつもりはなかった。それで、「契約期間が終わるまで頑張る→体力が尽きて病気で寝込む」というのを何度か繰り返した。

入院・手術をともなう大きな病気を、二回した。
そのうちの一つが、癌だった。
その病気のことは、またいずれ書くつもり。

私は、手術の後、体力が回復するのにすごく時間がかかった。
その間、「どうして自分は普通に働けないんだろう」と何度も何度も自分を責め続けた。
結果、メンヘラになりました。もう何年もの間、精神科に通院しています。

それで今現在、私には「外で働ける」ような体力は、まったくありません。
あのさ、普通十年くらい頑張ったら、ちょっとは報われても良さそうなもんじゃない?
でも違った。事態は悪くなる一方だった。
私は別に、大それた夢を持ってたわけじゃなくて、ただ普通に生活していきたかっただけなんですが。
何がいけなかったんだろうね。
やっぱり「健康な身体」じゃなかったから?
それとも「努力」が足りなかったから?
これも「自己責任」なの?

私は完全に壊れました。
もう立ち直るのは無理です。
精神的にも、身体的にも、そんなエネルギーはどこにも残っていない。
壊れたのが1回や2回なら、まだ立ち直れたかもしれない。
でも5回も6回もとなったら、もう起き上がる気力も体力もありません。

私が受けたのは「心の傷」だけではない。
身体にも「傷」を負ってしまった。
私の身体には、大きな手術痕が2ヵ所ある。
小さい手術痕もあわせたら5ヵ所。
この傷は消えない。
「男の傷は勲章」という言葉があるけど、女の傷も勲章になるのだろうか?

まあでも良かったこともあります。
私の両親は、娘が癌になったり精神科に通院しているのを見て、さすがに可哀想に思ったのか、「就職しろ」とは言わなくなりました。お小遣いも貰えるようになりました。そのおかげで今、私はささやかながらオタクライフを楽しむことができるようになりました。

サイレントテロ」という言葉がある。
「自殺」や「ひきこもり」という現象が、「現在の社会に対する無言の異議申し立て」である、というものだ。私もその気持ちはすごくよくわかる。

私だって何度も自殺を考えた。
今生きているのが不思議なくらいだ。
これからだって、いつ癌が再発するかもしれないし、自殺する気も失せていない。
ここ数年、常に身体の不調を抱えていて、「自分はそんなに長く生きられないだろうな」という、不安というか実感がある。まあ私は長生きしたいとは思っていないので、別にいいんですが。

でも私は、黙って死んでなんかやらない。
言いたいことは全部言ってから死んでやる。

というわけで、このブログは私の「遺書」であり「遺言」です。
「死ぬ前にこれだけは言っておきたい」という思いが、私の中には存在する。
できればそれを全部書いてから、死にたい。
でも全部書き終わるには、たぶん年単位の時間がかかると思うので、それまでは死ぬわけにはいかない、と思ってます。

みんな言いたいことがあるなら言っておくべきだよ
| ●月ノヒカリ● | 社会 | comments(10) | trackbacks(0) |
2009.10.25 Sunday 20:27
いつも自分の話すことって、人に伝わらないな、と感じていた。

挨拶とか日常会話くらいなら、普通に伝わるんですが。
ちょっと深いレベルの話になると、これがまったく伝わらない。理解されない。
まあ私の話し方が悪いのかもしれないし、上手に話せないせいかもしれませんが。

いつも言葉の通じない国に住んでるような気がしていた。
こういう感覚、もしかしたら誰でも、多かれ少なかれ持ってるものかもしれないですが……。

人に伝わらない、「ちょっと深いレベルの話」っていうのは、まあこのブログで書いてきたり、これから書こうとしていることだったりします。
もしかして文章を書いてネット上で読んでもらえれば、少しは理解されるのかな?と期待してましたが、やっぱり伝わらないものですね。
こうしてブログ書いてみてはっきり実感しましたが、自分の言葉は、あまり人に理解されないみたいです。
それでもごく少数ですが、私が書いた文章の意図を正しく理解してくれる人が現れて、それは本当にすごく嬉しかった。ブログ書いてよかった、と心底感じた瞬間でした。

理解してくれる人は、私の書いた文章について、「それってこういうことだよね?」と、別の言葉で言い換えてくれるんですよね。
それに対して、「そう、だから〜」と、話をさらに発展させていくのが、私の考える理想的な<対話>です。

思えばこういう<対話>を、私はリアル生活でほとんど経験したことがない。どうでもいい話に相づちを打ったり、浅いレベルの会話しか、してこなかったように思う。っていうか、それしかできなかった。

もちろん、<対話>しようと思ったら、理解されることばかりではなくて、「それは違う」とか「私はこう思う」とか、相手に対する批判や反論も出てくるわけで、それは当然必要なことだ。
でも、こっちの主張を頭から否定されたり、最初から最後まで自分の考えを押し付けることしか考えてない人とは、<対話>は成立しないですよね。永遠に一方的なすれ違いしかない。

まず相手の話に耳を傾ける→それに対して自分の考えを述べる→相手がレスをする→それに対して自分もレス(以下繰り返し)
みたいな、キャッチボールが理想なんですが、なかなかそういう<対話>って、現実生活では難しいです。

というのも、「深いレベルの話」をしようと思ったら、「口に出しては言えないこと・常識的に考えて言ってはいけないこと」を言葉にしないと、話が進まないんですよ。私の場合。リアル生活では、そこんとこ躊躇しちゃって、だから「浅いレベルの話」で終わってしまう。
でも、ネット上でなら、普段話せないことも言葉にできるかもしれないと思ったんですよね。だからブログ書いてるんだし、これからも書き続けたいと思ってるんですよね。

なんてことを、中島義道の『<対話>のない社会――思いやりと優しさが圧殺するもの』(PHP新書、1997年)を読み返しながら感じました。

えーとだから、書いてていちばん辛いのは「無反応」なんですよね。
もちろん、「読んでつまらない・どうでもいい内容だった」というなら、反応がなくてもしかたないんですが。
ちょっとでも「理解した」「共感した」と思ってくださったなら、拍手でもひと言コメントいただけると嬉しいな、ってことです。もちろん「それは違うんじゃない?」とか「よくわからなかった」とかでも、いいですし。ということです。

| ●月ノヒカリ● | 非コミュ | comments(4) | trackbacks(0) |
2009.10.23 Friday 21:10
トーマの心臓』(萩尾望都)は、トーマ・ヴェルナーという一人の少年が、陸橋から飛び降り自殺するシーンから始まる。

最初は事故だと思われていたが、数日後、トーマが好意を寄せていた一つ年上の少年、ユリスモール(ユーリ)宛てに遺書が届いた。
 「ユリスモールへ さいごに
 これがぼくの愛 これがぼくの心臓の音
 きみにはわかっているはず」


当然、遺書を受け取ったユーリは苦しむことになった。
ユーリには、理解できなかった。なぜトーマが死を選んだのか?
トーマが死を選ぶことが、なぜ「愛の証し」だというのか?
トーマにそっくりな顔を持つ、エーリクという少年が転入してきてユーリに関わるようになり、事態は動き出す。

トーマが残した、図書室の本の間に挟まれた詩編が、この作品の冒頭――トーマの死の直後――に置かれている。

 ぼくは ほぼ半年のあいだずっと考え続けていた
 ぼくの生と死と それからひとりの友人について

 ぼくは成熟しただけの子どもだ ということはじゅうぶんわかっているし
 だから この少年の時としての愛が
 性もなく正体もわからないなにか透明なものへ向かって
 投げだされるのだということも知っている


ここから先は引用しませんが、もうね、この詩、私は今でも全部暗唱できます。そのくらい好きな詩であり、影響を受けた作品でした。
この作品は『風と木の詩』とは違って、少年同士のプラトニックな愛を描いている。でもこれは「恋愛」ではないでしょう。

ユーリには、誰にも語れなかった「罪」があった。
それ故に彼は、誰も愛さない少年になった。
しかし、エーリクと出会い、エーリクの発したある言葉を聞いたとき、ユーリはやっと悟ったのだ。トーマの死の意味を。
トーマが自ら死を選ぶことによって、ユーリに与えたかったものを。
そして、すべての人間が、そのままで祝福されているということを。

なぜユーリが、トーマの死の真相を知って「祝福」を実感することができたのか、それをここで説明するのは野暮というものでしょう。
ここで描かれているのは、「恋愛」とはちょっと違うと思う。もっと宗教的な愛だ。「アガペー」と呼ばれるものかもしれない。

前回、『風と木の詩』の項で書いたのだが、私は中学生の頃、「本当の愛は、性別をも越えたところにある」と感じていた。
この『トーマの心臓』を読んだときもまた、同じようなことを感じ取った。

愛は「性もなく正体もわからないなにか透明なもの」へ向かうものだと。

| ●月ノヒカリ● | 801・BL・JUNE | comments(2) | trackbacks(0) |
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