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2016.10.16 Sunday 00:37
これから、「文学は何のために存在するのか?」という話をします。
今から書くことは、文学に造詣の深い方々には「わかってるよ、そんなこと」などと言われそうなので、そういう人は特に読まなくてもいいです。
「文学? なにそれ食べられるの?」って人に、読んでほしいです。

こういう話をしようと思ったきっかけは。
先日、斉藤斎藤さんの第二歌集『人の道、死ぬと町』の中から、個人的に印象に残った短歌を二首、Twitterでつぶやいたことでした。

私のTwitterフォロワーさんの99%は短歌に縁のない人ですが、そういう人が、このツイートに反応してくれたんですよね。
短歌って、ものすごくハイコンテクストな表現なので、「短歌村の住人でなければ理解不可能な作品」が多いと思っていたのですが……「外の人」に届くこともあるんですね。

この歌の作者である斉藤斎藤さんは、1972年生まれの歌人です。余談ですが、ブログ主と同世代です。
この歌集『人の道、死ぬと町』には、2004年から2015年にかけての作品が収録されています。

とりあえずここでは、上掲の、
宗教も文学も特に拾わない匙を医学が投げる夕暮れ
という短歌について。
「なぜ私はこの一首にグッときたのか?」という話を、これからします。解説するのは野暮だとは思いますが、意味がわからない人にもわかってもらいたいので。

この歌は、斉藤斎藤さんの第二歌集『人の道、死ぬと町』に収録された「今だから、宅間守」(2007年発表)という連作の中の一首です。
宅間守というのは、2001年、大阪教育大学附属池田小学校で起きた小学生無差別殺傷事件の犯人。2004年に死刑執行されています。

まず、「宗教も文学も特に拾わない」とはどういう意味か?

前提として踏まえておきたいのは、福田恆存という評論家が書いた、「一匹と九十九匹と」という有名な文芸評論です。昭和21年に書かれたものだけど、「政治と文学」というテーマは、今でも通用する内容だと思う。これについては以前このブログにも書いたことがあるけど、もう一回、一から説明します。

福田恆存の「一匹と九十九匹と」という評論のタイトルは、新約聖書の「ルカによる福音書」に出てくるエピソードが元になっています。
聖書に出てくるイエスの言葉、新共同訳から引用します。
 「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。
 そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、喜んでください』と言うであろう。

 言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」

 (「ルカによる福音書」15章より 新共同訳)

百匹の羊のうち一匹を見失ったなら、残り九十九匹を野に捨て置いても、その一匹のために駆けずり回る。
このイエスの言葉を、福田恆存は、「政治と文学の棲み分け」について語ったものだ、と解釈したのです。

つまり、どれほど善き政治が行われても、政治で救えるのは九十九匹までである。政治では救われない一匹が、必ず存在する。その一匹を救うのこそ、宗教の役割であり、文学の役割である、と。
いや、その「失われた一匹」は、あなた自身の内に存在するのではないか?
福田恆存はそう言っているんです。

実は私自身が、社会運動的なものに共感しつつ、今ひとつ積極的に関われないのは、この感覚があるからなんです。

どんなに社会が良くなっても、それだけでは人は幸せになれない。
どれほど医学が発達しても、人が「死」から逃れることはできないように。

「宗教も文学も特に拾わない匙を医学が投げる夕暮れ」という一首の前には、宅間守を精神鑑定した精神科医の発言が引用されています。
宅間は人格障害(妄想性・非社会性・情緒不安定性)ではあるが、精神病ではありません。(中略)……宅間のような人間に関しては、犯罪を防止する方法はないと思います」(精神科医・樫葉明の発言より)
「医学が匙を投げる」の意味はこれです。精神科医も匙を投げた。それが宅間守という人間です。

それを踏まえて、もう一度この短歌を読んでほしい。
精神科医が、「宅間守のような人間は理解不能だ」と匙を投げるのは、まあしょうがないと思う。
でも、精神科医という「正しい社会」にいる人が投げ出したもの、宅間守のような「誰がどう見てもクズ」にしか見えない人間を救うことこそ、宗教者の役割であり、文学者の役割じゃないの?

福田恆存の「一匹と九十九匹と」に書かれているのは、そういうことじゃないかと。
文学や宗教って本来、そのくらい危険なものであり得るんです。
「医学が投げたというその匙を、文学や宗教は拾えよ」と、個人的には思います。

宅間守というのは、社会から非難されて当然、処罰されて当然(死刑制度の是非は別として)の人間ですよ。でもね、そういう「誰がどう見ても極悪人としか思えない」ような人間を救ってこその宗教じゃないのですか。あるいは、そういう不気味としか思えない人間の存在に意味を与えるのが、文学じゃないんですか。

さて、そんな骨のある宗教や文学が、今の日本に実在するのでしょうか。

で、斉藤斎藤さんは、その匙を拾いにいったんだなあ。
しかも、池田小事件が起きたのが2001年で、「今だから、宅間守」が発表されたのは、2007年。ということは、6年もかけて。
今の日本に、そんなことする人が他にいるでしょうか?
誰もいないと思う。
すっげーなーと感動しましたよ。本当に「文学」だなあ、と。

えっと、ただ私は、まだ短歌の世界に片足を突っ込みかけただけの初心者レベルなので、この連作について、「短歌としての良し悪し」は、正直よくわかりません。
でも、その志の高さは惚れ惚れとするというか、仰ぎ見るしかない存在です。

ここでもう一度、福田恆存の「一匹と九十九匹と」に戻ります。
九十九匹を救うのは政治の役割であり、私たちが「善き政治」を求めるのは、必要かつ当然の振る舞いだ。
今の日本は、「善き政治」が行われているとは言い難い。九十九匹どころか、五十匹も救っていないのが現状である。
政治的な働きかけによって解決できる問題を解決しようとする努力は、当然なされるべきだ。それに異論はない。

じゃあ、貧困その他、様々な不遇の状態に置かれている人に、文学は必要ないものなのか?

そんなことはないと思う。今から8年ほど前、朝日新聞の短歌投稿欄の常連に、「ホームレス歌人」が存在したことを覚えている人もいるだろう。
困難な状況に置かれている人には、衣食住が必要なのは当然として、文化もまた必要なのだ。

――人はパンがなければ生きていけない。しかし、パンだけで生きるべきでもない。私たちはパンだけでなく、バラももとめよう。生きることはバラで飾られねばならない。(國分功一郎)

私たちの生活に文学が必要だとして、じゃあ今この時代に、どんな文学が必要とされているのだろう。
福田恆存は、上記評論の末尾で、「文学は、失われた一匹に対して、一服の阿片の役割をはたすものだ」と述べている。

私がこれまで好んで触れてきた短歌は、間違いなく阿片の役割を果たしてくれた。私にとって短歌は、美しい世界を映し出すメディアで、私はその美しさを心から愛してきた。
でも、斉藤斎藤の『人の道、死ぬと町』は、阿片ではなかった。

上掲ツイートにも引用した、「わたしが減ってゆく街で」(2013年発表)という連作では、低賃金の非正規雇用者であり「結婚しても出産は諦めるしかない」現実が、様々なデータや本からの引用とともに、赤裸々に表現されている。
かなり「痛い」内容である。しかし、これこそが今の時代のリアル、私たちの一側面ではないのか。
その痛さには、これまでの私が持っていた、浅い短歌観を突き崩すくらいの力があった。

私たちが文学に求めているのは、痛い現実を忘れさせてくれる阿片なのだろうか。
それとも、痛い現実に向き合うための触媒となる何か、なのだろうか。

阿片なら、代用品は他にいくらでも存在する。極論を言えば、パチンコでもいいのだから。
でも、痛い現実に向き合うための触媒となるもの、それは文学にしかできない業ではないだろうか。

『人の道、死ぬと町』から、そういう連想が広がって、しばし打ちのめされていたのだった。

というわけで、この一首の凄みを、ここを読んでくださっている皆様に、少しでも共有していただけたなら、ブログ主も本望です。



※ 文中の國分功一郎氏の言葉は、『暇と退屈の倫理学』からの引用です。




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