2016.08.29 Monday 00:20
今回は、癌の再発以降の、治療その他についての覚書です。

まず、6月に始めた骨転移の治療薬「ランマーク」について。すでに3回、注射しました。
1回目の投与では、ブログの過去エントリに書いたように背骨の痛みがあったのですが、2回目以降は、そういった副作用は出なかったです。
12年前に抗がん剤治療をした時もそうだったけど、「最初の投与は副作用がつらく、続けるうちに副作用が軽くなる」というのが実感です。
もともと骨転移のある腸骨の痛みも、今はかなり軽くなりました。
なので、初回治療の副作用がつらくても、治療を続ける価値は十分ある、というのが今の実感です。

6月に受けた最初のランマーク治療の後、ブログで「背骨が痛い〜」と大騒ぎしてしまいましたが、あの痛みは初回のみでした、ということ、改めてご報告します。過去記事だけ読んで、ランマークの副作用を過大評価されませんように。


あと7月に、脳のMRIと頚椎のCT検査をしたのですが、どちらも今は、心配はいらないそうです。
というわけで、まだ当分は、まあまあ元気に過ごせるらしいとわかってほっと一息、という感じです。


せっかくなので、癌の治療についてのTipsを少々。
私は乳がんしか経験していないので、乳がんに限定しての話ですが。

初回治療(最初に乳がんだと診断された時の治療)の場合、抗がん剤治療は「決められた量を決められたスケジュール通りに行う」のが大事だと言われています。
でも、癌が遠隔転移して、基本的に「治癒が見込めない」状況になった場合は、患者のQOL(生活の質)を優先してもいい、という話を過去に聞いたことがありました。

今やってる骨転移の治療薬ランマークは「4週に1回の注射」と主治医に言われたのですが、実は7月は、治療を一週間伸ばしたんですよね。
というのも、治療予定日直後の週末に、とある舞台のチケットを買ってあったのです。楽しみにしていた観劇だったので、もし治療の副作用で観に行けなかったら悔しいよなあ、と思い、先生に「次回の注射を一週間伸ばしたい」とお願いしました。そしたら、あっさり「いいですよ」と言われまして。おかげで、チケットを無駄にせずに済みました。

……この辺の感覚は、普通に主治医と話してるだけだと、ちょっとわかりづらいんですよね。主治医に「4週に1回の注射」と言われたら、患者としては絶対に守らなきゃいけないのかな、と考えてしまう。

●乳がんの初回治療では、「再発の可能性を減らす」ために、つらい副作用を我慢してでも、しっかりガイドライン通りの治療した方がいい。
●でも、もう「完治が見込めない」状況なら、投薬スケジュールよりも、「自分のやりたいこと」やQOLを優先してもいいケースもある。

こういう話は、過去に、乳がんの患者会で教わったことです。
もう十年以上前になりますが、勉強熱心な患者さんの集まる会では、乳腺外科医等を講師とする勉強会がしばしば開催されていました。
乳がんのタイプ別治療法、乳がんが転移しやすい臓器、局所再発と遠隔転移の違いetc.…そういった話は、一通り勉強会で教わったんですよね。
そのおかげで私も、3年前のリンパ節再発の時、また今回の骨転移・肝転移がわかった時も、比較的すんなり自分の状況を把握できたんだと思ってます。十年前とは、治療法が変わった部分もありますが、大枠は変化していないので、あの当時聴いた話は、今も役に立ってます。

ただ逆に、ヘタに知識を持ってしまったせいで、頭痛が起こった時に、「もしや脳転移ではないか?」と不安を抱えることになったわけで。「知らない方が、余計な不安を抱えずに済む」という可能性もあるかと思います。
癌患者が、自分の病気について勉強することのメリットとデメリット、両方ありますが……やっぱり私は「ある程度の知識はちゃんと得た上で、安心したい」タイプ、みたいです。

私の場合、たまたま自分が乳がんと診断された時代に、ネット上にも身近にも患者コミュニティがあって、それに協力してくれる専門医の先生もいたので、知識を得ることができたのですが。

こういう、「乳がんなら乳がんの患者を一堂に集めて、専門医が病気について一通りレクチャーする」ようなシステムが制度化されれば、診察時間の短縮につながるんじゃないか? みたいなことを考えたことがあります。
自分の病気について、大まかな知識は「患者を一堂に集めて専門家がレクチャーする場」で、同病の患者みんなが共有する。その場で質疑応答も受け付ける。その上で、個別の状況について疑問があれば、診察時間に質問すればいい。
そうすれば、手術とか治療についての説明が、よりスムーズに進むんじゃないか?
・・・まあ、これは私の勝手な妄想ですが。
どんなに丁寧に説明してくれる医師であっても、短い診察時間で伝えられる情報は限られるし、患者としても、診察時間以外で、自分の病気について教えてもらえたり、質問できたりする場があるのは、とても有り難いのです。
実現は難しいのかもしれませんが、言うだけならタダなので、ここに書いておきます。

あと、福祉の問題について。
これは乳腺外科の医師より、ソーシャルワーカーに相談したほうがいい案件ですよね。具体的には、介護保険サービスについて、とか。
癌の末期で、介護が必要なレベルになった場合、40歳以上で介護保険料を払っている人なら、介護保険が利用できるんです。 でも、「癌でも介護保険が利用できる」ということ自体、あまり知られていないみたいで。この情報も、私は、乳がんの患者会経由で知ったんです。

主治医の診察時間は、本当に「治療」の話だけで、それはそれで仕方ないのですが。
でも「治療」以外の部分で、患者にとって必要かつ有益な情報というのもあると思うんですよ。例えば、「◯◯の検査費(あるいは治療費)はいくらかかるのか」とか、そういうレベルの話。医師の診察の時には、あんまり「費用」の話って出ませんよね。
あと、本当に単純に、自分と同じ治療をしている患者さんと会って話せると、なぜか安心感が湧いてくるというのもあって。

今のところ、そういうニーズに応えてくれる場は、患者会のような場しかない状況です。
でも、幸いなことに、自分の身近にそういう場があるので、がんの話はそっちですればいいかな、と今は思うようになりました。


最後に、せっかくなので、骨転移と脳転移について、私が参考にしたサイトのURLを貼っておきます。

「知っておきたい骨転移」(がんナビ)
「Q47.脳転移について教えてください。」(患者さんのための乳がん診療ガイドライン)

あと、日本乳癌学会の医療者向けの「乳癌診療ガイドライン」も、ネット公開されていますし、「がんサポート」(今回私が見たのはガンマナイフ治療の記事)なんかも、比較的信頼できるサイトだと思ってます。

ネット上の情報を参考にするとき、最初にチェックするのは、「著者は誰か」「発信元はどこか」ってことです。 医療者が書いた記事をより信頼しますが、患者さんの書かれたブログから、有益な情報が得られることも多々あります。そこで見つけたキーワードで、さらに検索して、専門医が書いた記事にたどり着く――というのが、私がしている検索の定石です。

私は、「すべての患者が、乳癌学会が提示するガイドライン通りの標準治療をすべき」とは思っていないのですが、「ガイドラインはすべての患者が共有しておくべきじゃないか」とは考えています。ガイドラインから外れる治療を選択するなら、なおさらガイドラインは踏まえておくべきじゃないかと。

まあでもこれ以上、堅苦しい話をするのも面倒なので、この辺で。

今の私は、そうすぐに容体が急変することもなさそうなので、あまり病気のことばかり考えるのもなあ、かえって不健康かも――という気もするので、病気以外のことにも目を向けたいです。
せっかく残された時間があるんだから、他のやりたいこともやっておきたいですし。

というわけで、次の更新は、できれば病気以外のことを書けたらいいなあ、と思います。






| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(0) | trackbacks(0) |
2016.07.11 Monday 20:23
「歴史にifはない」という言葉がある。
同じように、人生にもifはないのが現実だ。
そうであっても、「もしあのとき○○だったら、どうなっていたんだろう?」と未練がましく考えてしまうことはある。

私がよく考えるのは、もし十年前に、今と同じレベルの精神病患者の支援体制があれば、私も「就労ルート」に乗って、それなりに働けていたのかもしれないな、ということだ。

私が最初に統合失調症を発症したのは、今から15年ほど前のことだけど、その頃に比べて今は、精神障碍者の支援体制は格段に整ってきていると思う。
精神科医以外に、PSW(精神科ソーシャルワーカー)にも相談できるようになったのは大きい。
もしかしたら、私が知らなかっただけで、過去にもそれなりに支援体制があったのかもしれない。けれども、そういう情報を知らなければ「無い」のと同じで、だから今、それなりに情報が手に入るようになったこと自体、時代の変化というか、精神病者をめぐる状況は改善されてきていると感じる。

今から十年程前、最初の乳がんの手術後に陥った鬱状態から、ひとまず浮上した頃のこと。
私は支援などまったくない状態で、いろいろと足掻いていたのだった。ハローワークで募集していた就職セミナーに通ってみたり、キャリアコンサルタントの講演を聴きに行ってみたり、簿記の資格を取ったり……そしてそのたびに体調を崩しては落ち込む、というのを繰り返していた。
その時に相談した、精神科医の対応は、今でも忘れられない。
私が動き回った結果、体調を崩したことを伝えると、「そんなの大したことじゃない。疲れるのは普通のこと」といかにも面倒くさそうに言い放つ。「精神障碍者手帳を取得して、就労することはできるのか」と尋ねると、「さあ、知りません。自分で考えて」との答え。その上、「このまま働かずに親の脛をかじって、親が死んだら生活保護を受ける気か。それが嫌ならさっさと働け」という説教まで喰らったのだった。

ちなみにその当時は、「生活保護の水際作戦」が盛んにメディアで報道されていて、私自身、「生活保護は簡単に受給できないもの」というイメージを抱いていた。だからその精神科医の言葉を聞いて、自分はもう、このまま働けないのなら死ぬしかない、と思い詰めることになったのだった。
それから何年もの間、強い自殺願望に苛まれながら、それでもなんとか生き延びたのは、本当に偶然としか言いようがない。

もしあのとき、精神科医が、私も障碍者手帳を取得できることを教えてくれて、障碍者就労支援のような制度に乗れていれば、今の私は、全然違った場所にいたのかもしれない。「普通」とは言えないかもしれないけれども、「普通」の尻尾にしがみつくくらいの生活は送れていたのかもしれない。もちろん、その方が幸せだったかどうかはわからない。

一方で、もし統合失調症を発症したのが30年前だったとしたら、ひょっとしたら一生、精神科病棟で暮らすことになっていたかもしれない。統合失調症は歴史的に、そういう病気だった。

病気と闘うのも、時代や環境の制約を受けるということ。
そしてその結果の幸不幸は、一概には判断できないということ。
たぶんそれが、どうしようもない現実なんだと思う。

先月、癌の転移がわかってからも、いくつかのifを想像してしまった。
それについては、書き出したらキリがないし、意味もなさそうなのでやめておく。

椎間板ヘルニアだと思っていた痛みが、癌の骨転移だとわかった時から、不安や恐怖に支配される時間が長くなった。
今までに経験したことのない頭痛を感じると、「もしや癌の脳転移か?」などと心配になって、いそいそとネットで検索してみる。検索結果に戦慄する。
私の癌は進行がゆっくりなので、まだ数年は生きられるつもりでいた。けど、それだって、確かなことではないんだ。
とりあえず、不安なことは全部メモして、次の診察の時に主治医に尋ねてみることにする。それしか、不安を解消する方法はない。

時々、夜寝る前に、iPodでビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」を聴く。3年前、リンパ節再発がわかったときに、私を励ましてくれた歌。私は再び、マジカルミステリーツアーに誘われているらしい。行き先もわからない旅へ。
でも今は、あの時とは別の歌のように聞こえる。終着駅が、少し先に見え始めているせいだろうか。

あとどのくらいの時間が自分に残されているのかもわからなくて、その残された時間をどう過ごすべきかも定まっていない。私は今も、途方に暮れたままだ。







| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(9) | trackbacks(0) |
2016.06.18 Saturday 15:04
前回、癌再発の報告に、コメントやツイッター等で励ましの言葉をくださった皆様、ありがとうございます〜。
おかげさまで、さっそく骨転移の治療を始めることになりました。
骨転移の進行を抑えるために使われるのは、「ランマーク」という、比較的新しい分子標的薬です。4週に1回注射します。

新薬を使えるのはとてもありがたいんだけど、やっぱり医療費高いですね……。
ランマークが1回1万数千円(3割負担で)、あとホルモン療法も継続して(飲み薬は変わりました)、それから今後はCT等の検査も増えるだろうし、万単位のお金がこれから毎月毎月出ていくかと思うと、長生きするのも考えものだなあ、早めに人生退場したほうが親孝行かしら、いやでもやっぱりもうちょっと生きていたいかも、などと思ったりして。人間って面倒な生き物ですね。

まあでもランマークは、抗がん剤みたいなキツイ副作用はないはずなので、楽勝だ〜♪
――などと考えていたら、甘かった。

ランマークの副作用として、「低カルシウム血症」とか「あごの骨壊死」の可能性がある、という話は主治医から聞いていたし、もらったパンフレットにも書いてありました。

でも、それだけじゃなかったんですよ。
初めてランマークの注射をした日の夜、とつぜん背骨に、ズシン、という痛みが走ったのです。
もう何事かと思いました。
癌の骨転移が、一夜にして背骨にまで広がったのかと思いました。骨折でもしてるんじゃないか? と心配で心配で。

不安になったので、病院に電話して聞いたら、ランマークの副作用として「脊椎痛」も稀にある、とのこと。
背骨が急に痛くなったのは、おそらく薬の副作用だろうから、数日様子を見て大丈夫、と言われたのです。

なので、痛み止め(ロキソニン)を飲んで、2日ほど、ほぼ寝て過ごしました。
そしたら、かなり痛みは軽くなりました。
やっぱり背骨の痛みは、ランマークの副作用だったんだろうなあ、と。

しかし、骨転移の治療のせいで、これまで痛くなかった背骨の痛みに苦しめられるとは、こはいかに……。
理不尽だよ! 理不尽すぎるよ!! QOL下がりまくってるよ!!!

――とまあ、こんなふうにブログで吠えられるくらいには、元気になりました。

私、自分は闘病ブログなんて書かないタイプだと思ってました。
だって書くの面倒だし、そんなの読んでも、一部の同病の患者さん以外には、面白くもなんともないだろうし。
でも、この背骨の痛みを経験して、考えを改めました。
こんなん、ブログのネタにでもしなきゃ、やってられんわっ!!

私も40年以上生きてきて、これまで肩こり・腰痛・股関節痛・膝痛等々、様々な痛みを経験してきました。
でも、背骨が痛くなったのは、生まれて初めてです。
たいへん貴重な体験をいたしました。
私って、脊椎動物だったんだなあ、と改めて実感した次第です。

しょっぱなから、癌再発の治療は、波乱の幕開けとなりました。
「ブログには本の感想を書こう計画」がどんどん遠のいていくのですが……えーと、ぼちぼちと更新していくつもりなので、マターリお付き合いいただければ幸いです。ぺこり。


※8月29日追記
ランマーク治療による副作用、背骨の痛みは、初回投与の時のみでした。2回目以降の注射では、背骨の痛みはなかったこと、ここに付記しておきます。
☆参照記事:再発日記(2016.08.29)







| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(13) | trackbacks(0) |
2016.06.09 Thursday 21:49
えーと、いきなりですが、結論から書きます。
検査の結果、癌が骨と肝臓に転移していることが判明しました。
2004年に最初の乳がんの治療をして、2013年にリンパ節再発→手術。初回治療から12年、リンパ節再発から3年を経た後の転移です。

一応経過を書きますと。
そもそもお尻のあたりが痛いな、と感じ始めたのは3月中頃でした。
歩くのも困難なくらいに痛くなったので、近所の整形外科を受診しました。「癌の骨転移の可能性もある」と告げたらレントゲンをたくさん撮られて、医師には「骨に異常はないみたいだよ」と言われ、「椎間板ヘルニア」と診断されたんです。
で、「安静にしてるように」言われて、数日安静にしていたら、かなり痛みは治まりました。

この段階では、私も「たぶん癌の骨転移ではないだろう」と思っていたんです。
過去に、乳腺外科の先生に聞いた話では、「じっとしていても痛い、というのは癌の骨転移の可能性が高い」、逆に「動いたら痛くなるけど、休んでいたら大丈夫なら、癌の転移ではない可能性が高い」とのこと。
痛みは良くなっていく感触があったので、私はせっせとリハビリに通ってました(実は、癌の骨転移の場合、骨に圧力をかけるような治療は禁忌なのですが……後の祭りですね)。

ところがその後、「痛みが軽くなった」と思って、ストレッチ等の運動を再開すると、また痛みがぶり返す、というのを何度か繰り返しまして。
気になったので、5月末、大きめの整形外科を受診して、MRI検査をしました。そしたら、椎間板ヘルニアはなかったんですね。で、痛い側の腸骨に異常が見られたため、精密検査をするように言われました。

そして今月、MRIの検査結果を持って乳腺外科を受診して、CTと骨シンチの検査をした結果、肝転移および骨転移、と診断されたわけです。

今後はもう、基本的に完治は望めないわけで、なるべく元気に生活できるよう、QOLを維持しつつ、長期生存を目指す治療をすることになりそうです。

まあでも、私の場合、初回治療から再発までのスパンが長いこと、ホルモン療法の効果が期待できるタイプの癌であることから、今の段階で「余命一年」とかではないらしいです。私と同じような症状で、何年も元気に生活しておられる患者さんもたくさんいる、とのこと。

まだ死ぬの死なないのという段階ではないのですが……これから先は、最期を見越して生きていくことになるかな、と。

このブログに何度か書いたように、私はずっと根深い自殺願望を抱えてきたので、心のどこかで死を望んでいる部分があります。
だから、癌の遠隔転移がわかっても、それほど物凄いショック、というわけでもなかったのですね。
人間いつかは死ぬんだから、それが少しばかり早まったと思えば、納得いくかな、と。

ただ、これから数年後を想像すると、両親も年が年なので、もしかしたら、自分も含めて家中全員が寝たきりになる可能性もあるな――などと考えると、気が重くなるのですが。
まあ、それについては、おいおい考えます。

検査の経過などをツイッターでつぶやいたところ、何人かの方にご心配をいただきました。本当に有り難いです。
ブログとツイッターのおかげで、自分の人生の最後の何年かは、それらのない生活と比べて、何倍も豊かになったと思います。

ここでお別れを言うのは、ちょっと早過ぎですね。
まだ当分は、この世に留まることになりそうなので。

あと何年かで死ぬとしても、私はたぶん、読書を止めることはないでしょうね。
だから、元気なうちは、読んだ本の感想でもブログに書きたいと思ってます。
(死ぬ前に、パームと天冥の標の完結巻を読めたらいいな、というのが、とりあえずのささやかな夢ですね……)

残された時間――と言っても、たぶん年単位の時間が残っているはずですが――思い残すことのないよう、悔いのないよう、とは言えあまり力まず穏やかに、生きていきたいです。






| ●月ノヒカリ● | 病気 | comments(5) | trackbacks(0) |
2015.04.09 Thursday 23:45
読書によって知識を得ることはできるのだろうけど、「知識を得る」ことと「わかる」ことは、どうも別物らしい。
そう感じるのは、ある本を読んでいまいちピンと来なかったとしても、何年も経ってから読み返すと「あれはこういうことだったのか」と腑に落ちることがあるからだ。
つまり、「わかる」ためには、「経験」が必要なのではないだろうか。

つい最近、精神科医の中井久夫先生の著書を読み返して、まさにそういう「ああ、あれはこういうことだったのか」という感覚を味わった。その箇所をここに書き写してみる。

中井久夫先生の専門は統合失調症で、以下に引用するのも統合失調症について書かれたものだ。ただ、治療の「作用」「反作用」という捉え方は、他の病気にも当てはまる面があると思う。
……
 このように考えていくと、そもそも症状というのは病気を推進しているだけなのか、結果的にそうなっているのか、生体の回復の側にも属しているのではないかと考え直したくなります。そんなにはっきり線引きできるのかどうか、こういう疑問を私は持つようになりました。しかし、あまりそういうことを考えると私自身が混乱します。どちらかといえば回復推進的(抗病的)あるいは疾病推進的(起病的)というところで止めています。どちらかが副作用とみなされるわけです。かなり経ってから気づいたのは、作用にはそれと逆方向の(回復を打ち消す)反作用が伴うことがしばしばあるということです。グラフにはっきり出ることもあります。しかし、物理学の場合と同じく、作用点と反作用点が違うから、作用と反作用の法則があっても、ものは動くわけです。面接による治療、アートセラピーその他のハイフンセラピー(これは英語でハイフンをつける治療法で園芸療法、音楽療法、その他です)も反作用点が作用点から離れているという見地から見直してはどうでしょう。妄想を論理的に反駁しても無効なのは、ひょっとすると作用点と反作用点が近いからかもしれません。また、自己免疫を考えると、抗病力あるいは回復力にそういう疾病推進的な面もあると考えてみる必要もあるでしょう。

  (中井久夫『統合失調症の有為転変』P.64〜65)

上記の文章は、とある統合失調症の患者さんが、極期にはきれぎれの言葉しか発せなかったけれども、かなり後になって妄想をちゃんと言葉で語れるようになった。妄想をきちんと話すと妄想の再燃と取られがちだけど、これは回復の一過程と考えていいのではないか――というエピソードの続きとして書かれたもの。

もう一カ所、中井先生の別の本から、「作用」と「反作用」の部分を引用してみる。
 私の知る限り、回復過程における作用と反作用のからみ合いを指摘したものはこれまでありませんでした。回復とは一方向に進む過程と私も考えてきました。実際上そう考えてよい場合も少なくありません。しかし、一般論として考えますと作用には必ず反作用が伴い、この反作用は回復への歩みを打ち消すことによって、いやおそらく時にはそれ自体の持つ力によって回復のコースを慢性化へと曲げてゆく可能性があります。慢性状態のほうが回復途上の状態よりも安定性が高いとすればいったん成立するとワナのように抜けにくくなりかねません。ある治療行為にせよ、薬物にせよ、環境の変化にせよ、本人の自己治療行動、いや夢や思考や症状の変化にせよ、すべて、慢性状態を変えようとする作用は、必ずそれを打ち消そうとする内力を発生させます。これはそう前提してかかってよいことです。では、システムというのは全く動かせないか。そんなことはありません。作用点と反作用点が違うから、システムは動くのです。おそらく作用点と反作用点とが離れていればいる程よいのでしょう。回復初期の身体反応の出現が好ましいのも、作用点から離れた反作用点だからかもしれません。下痢などは後ぐされがほとんどありません(回復後の初期には下痢は良い徴候です)。このように自然治癒力は慢性状態においても働きを止めていません。また、外からの働きかけでも、たとえば絵を描くという作用はきっと別の場所で反作用を生むでしょう。また「ゆりもどし」が回復期や慢性状態からの離脱過程にはしばしば起こりますが、これは反作用として眺めてあわてず騒がずに回復の全構図の中に収めるほうが実り多いでしょう。

  (中井久夫『最終講義』P.65〜66)

上記二つの文章に書かれた、症状と回復の「作用/反作用」の話、自分としては、統合失調症の初発から十年以上過ぎて、回復に向かい始めた今だからこそ、納得できる面があった。

というのも、冒頭の「症状というのは、生体の回復の側にも属しているのではないか」というあたり、思い当たるフシがあるのだ。
私は統合失調症を発症して、その数年後に再発してるんだけど、今振り返ると、実はその再発こそが「回復」の契機となったように思う。再発したとき、統合失調症の症状そのもの(不眠とか思考奪取とか)は、ヘビーで辛かった。でもその再発を経て、初発時のトラウマティックな記憶がもたらす苦痛は、かえって軽減されたのだ。

風邪をひいたときに発熱するのは、「細菌やウイルスを殺すために体温を上げているのだ」という話を聞いたことがある。これについては、どの程度医学的に根拠のある話なのかはわからない。
ただ、病気の「症状」というのは、病気を進行させるだけではなく、むしろ回復を促すために現れるケースもあるのではないか。そんなことを考えさせられた。

といっても、私は別に「だから薬による治療はやめて、自然に症状が進むに任せよう」などと言うつもりはない。
ただ、薬では治すことができない部分もあって(トラウマティックな記憶は、薬を飲んだからといって消えるものではない)、その苦痛を緩和するために、患者自身が見つけたオリジナルな方法が有効なケースもあるのではないか、と思うのだ。

それから、中井先生は絵画療法を実践されているのだけれども、患者が「絵を描く」という行為にも、副作用のようなものがどこかで現れるのではないか、という説も興味深い。
いやそれどころか、患者自身が夢を持つこと、考え方を変えること、自分で治そうと努力すること、そういった行為にもすべて反作用、つまり病気のほうに押し戻す力が働くというのだ。病気にしろ何にしろ、慢性化した状態を変化させることの難しさは、そこにあるのだろう。

『最終講義』によれば、回復が「過程」であるのに対し、(病気の)慢性状態は「状態」であり、ホメオスタシスのように均衡が保とうとする力が働いている、とのこと。
それを変えようとするなら、どこかで抵抗が起こるのは、当然なのだろう。

ただ、慢性状態はまったく動かせないかというとそうではなくて、慢性状態を変えようとする何らかの行為(作用)と、病気のほうに押し戻そうとする力(反作用)は、同じ場所で同時に働くわけではないから、たとえ「ゆりもどし」があったとしても、ちゃんとシステムは動くのだという。

泉谷閑示氏の『「普通がいい」という病』にも、本来の治療というのは「病的な安定」から「健康な不安定」の方にもっていく作業なのだ――という一節があったのを思い出した。

今の状態を変えようとするなら、抵抗する力が働くのも当然のことであって、「ゆりもどし」があったとしても、回復の全構図に位置づけることができれば、それでいい。中井先生の本を読んで、そんなふうに考えられるようになった。

中井先生の『最終講義』中に出てくる、「回復とは、全体として地力がついてくるようなものだ」という一節も、今の私には、深く頷ける言葉だった。
「地力」というのは、ただ薬を飲んでいれば身に付くものではないのだろう。本を読むとか、筋トレなどの「体力づくり」をするのも、もちろんまったく無駄ではないのだろうけど、それだけでは駄目で、生きるための「総合力」が少しずつUPするのが、「回復」に近づくことになるのではなかろうか。そしてその「総合力」には、「健全な自己愛」とか「尊厳」といったものも含まれるのではないか。精神疾患の患者の多くは、まず「健全な自己愛」が損なわれた状態にあるのだから。そしてその「健全な自己愛」こそ、取り戻すのが一番難しいものじゃないかと感じる。

こういう本を読んでも、もちろん病気が治るわけではない。けど、「回復」のイメージがちょっとだけ広がった気がする。
回復のイメージが広がれば、様々な制約のある中で、少しだけ「自由」に近づけるのではないか。
そんなことを願いつつ、日々を過ごしている。

※参考記事
上岡陽江・大嶋栄子『その後の不自由』
順調に後退中


   





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