2016.02.19 Friday 23:19
【当事者研究】なぜ私は「人に会いたくない」のか?のエントリを受けて、皆さんからいただいた「人に会いたくない理由」の当事者研究を、順番に公開させていただいてます。

今回は、1月11日にいただいた拍手コメントです。
私も持病がいくつかあるので、「身体・健康上の理由」で「人に会いたくない」場合が多いです。
でも信頼できる数人には、病気のことを(いきがかり上でしたが)ぶっちゃけてしまったので、付き合いが少しラクにはなりました。
ただ、相手に重荷を背負わせてしまったかもしれないなと後悔も少しあります。なので今は人に自分から言うことはしないように気を付けています。精神的な病気の方の話ですが。

再発している子宮筋腫のことは言える、というよりも言っておかないと生理のことって女性同士でも理解してもらえないことが多いんですよね。言うと決まって「そんなにひどかったんだ」と驚かれます。
まぁ、ひどいときは人に会わないので驚くのも無理はないと思いましたが。

あと、私の場合「人に会いたくない」には波があります。すごく積極的(私なりのですが)に連絡をとれるときと、いっさい連絡をとらない(とれない)ときと。うーん。これが私のテーマなのかな。「なぜ波があるのか」。
ってこれは医者に言えって感じのことでしょうかね?難しいです。考えたのですがいまひとつ答えが出ません。
気持ちのON・OFFをしようとしているのかな。

他の選択肢ですが、すごく単純に「もともと一人で家にいることが好き」ということもあります。ええと、ようはナマケモノですね。ダラダラ大好きです。ってのはダメですかねぇ。

すみません。なんだかまとまりない考えをつらつら書いてしまいましたが、これ以上のことが今は書けないのでこれでお許しを〜<(_ _)>
当事者研究になっていますでしょうか?

ありがとうございます! ちゃんと当事者研究になってると思います。

持病についてですが、ここに挙げられているのは「精神的な病気」と「子宮筋腫」なので、この二つについて考えることにしますね。

まず面白いなーと思ったのは、いや面白いというのは失礼かもしれませんが、「身体・健康上の理由」を一番に挙げていることですね。「精神的な病気」があっても、「心理的な理由」で人に会いたくないわけじゃなくて、「身体的な理由」が一番大きい、ということですよね。
これは他の方からのコメントも含めて感じたことですが、精神的な病気を抱えている人は、「ものすごく疲れやすい」とか、「からだがしんどい」と訴える人が多いように思います。 でも、世の多くの人にとって、精神的な病気は、単に「気持ちの問題」として扱われているような気がするんですよね。「気持ち」だけじゃなくて、「からだ」がしんどいんだ、ということは、私自身も声を大にして言いたいところです。


そしてもう一つ、生理(月経)の問題ですね。
婦人科疾患のせいで「生理が重い」っていうのは、私自身も経験があるので言いますが、あれも相当厄介なモノだ、というのはよくわかります。
今回、私の当事者研究に、生理について書かなかったのには、理由がありまして。実は乳がんが再発した後、治療の一環として、注射で生理を止めてるんですね。だから今の私は、生理の問題からは解放されているんです。がんが再発してよかったことがあるとすれば、それですね。もっとも、今やってる治療が終わったら、また生理でグッタリ、が復活するのかもしれませんが。

婦人科疾患に罹ってないとしても、生理って面倒なものだと思うんですよ。私も十代の頃から、毎月うんざりしてました。
けど、子宮筋腫になってからは、「うんざり」では済まなかったですね。私の場合、過多月経が主な症状でした。特に生理開始から2、3日目は出血多量で、しょっちゅうトイレに行かなければならない。下痢したときのようにトイレの住人になるんだけど、流れるのは血ですからねー。貧血でからだはフラフラ。貧血のときって、体に力が入らないんですよね。でもって、階段を上るとか、お風呂に入るだけでも動悸が激しくなって。だから、毎月のように婦人科を受診しなければならない。

つまり、生理が重いってことは、ひと月のうち4分の1、もしくはそれ以上、体調不良でグッタリしている状態なわけで。
そんな状態のときは、「人に会いたくない」どころか「外出もしたくない」ですよ。
からだがしんどいときは、「人に会いたくない」のは当然のことだと思います。

・・・とまあ、自分のしんどかったときのことを思い出して、熱く語ってしまいました。確かにこういう話、女同士であっても、生理が軽い人とは共有できない悩みかもしれないですね。


あと、「波がある」という問題について。積極的に連絡をとれるときと、とれないときがある、とのことですが。
これについては、心身ともに全くの健康体だったとしても、「今日は誰とも連絡を取りたくない気分だ」という日があってもおかしくはないと思うんですよね。
「もともと一人で家にいることが好き」というのも、私自身もそういうタイプなので、それも別にいいんじゃないかと思いますし。

ということは、こちらのコメントに書かれた当事者研究については、「人に会いたくない」問題というより、「身体および精神の病気」に付随する悩みがある、ということじゃないかな? という印象を受けました。

本当に、病気を抱えていると、「普通に外出できる日」がものすごく限られてしまうと思うんですよね。
ということは、必然的に、健康な人より「人と会うチャンスが減る」ということになるわけで。
まず「病気がしんどい」という大きな悩みがどーんとあって、それに付随していろいろな問題が生じてくる、ということじゃないかな? というのが、上記の当事者研究を読ませていただいた私の感想です。


さて、こちらのエントリについても、ご意見やメッセージ等がありましたら、ご自由にコメント欄や拍手コメントでお寄せください。
いただいたコメントは公開する可能性があります。拍手コメントでいただいたご意見は、コメント欄に転記させていただくかもしれません。公開を希望されない場合は、「非公開で」とお書き添えください(拍手コメントの場合は、「レス不要」にチェックを入れてください)。
よろしくお願いしまっす!

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| ●月ノヒカリ● | 当事者研究 | comments(2) | trackbacks(0) |
2016.01.30 Saturday 23:19
「人に会いたくない理由」の当事者研究発表、お二人目は、コメント欄に投稿いただいたノラさんです。

ノラさんの場合は、「心理的理由」に焦点を当てた当事者研究になってますね。
これぞまさに「非コミュの・非コミュによる・非コミュのための当事者研究」と言えるのではないでしょうか。

特に「金がない」わけでも、「健康上の問題がある」わけでもないのに、「人に会いたくない」と思ってしまう方には、とりわけ参考になる内容かと思います。

【当事者研究】なぜ私は「人に会いたくない」のか?のコメント欄でも読めますが、こちらにも掲載させていただくことにしました。
では、どうぞ。
とても興味深いです。
ヒカリさんのブログ記事の中でこの話題が一番私にとって興味深く、一番乗りしちゃいました。
かなり長くなりますが、お読みいただけると嬉しいです。

私はものすごく「人に会いたくない」ヒトです。
ただ、今の世の中、一見ほどほど社交的に見える人でも、結構「人に会いたくない」という人は案外居るという印象です。
過去に、下記の意見を、いろいろな職場でいろいろな人と話したことがあります。完全同意した人もいましたし、多くは,鉢△砲弔い討呂曚榮碓佞箸いΥ兇犬任靴拭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

|韻法△弔泙蕕覆ぁ覆△泙蟠縮のない話を一方的に聞くだけの場合)。
∩蠎蠅箸粒覆琉磴い魎兇検引け目を感じる。
5い陵く返答ができないので、相手を退屈させてしまうのではないかと思う。
と駘兮亳果、時間対効果を考えてしまう。
イ修發修盂擇靴い隼廚Δ海箸減っている。

^貶通行のコミュニケーションだと予想される場合は、会いたくないし、断ることもあります。
職場の飲み会も、知らない社員の昇進とか異動の話がよく出るのですが、私はそういうことに興味がないし、知らない人についての話なので、楽しく聞けないし、うまい反応も返せません。

∋笋論擬勸ではないので、相手が社員だと、格が違うと感じてしまうことがあります。
学生の時の友達とも、かなり長い間会っていません。卒業して以来、相手は偉くなっていたり子育ての真っ最中だったりして、もう興味も違ったりしています。

私自身が面白い話や気の利いた話をできないので、相手を退屈させてしまうと感じます(そう言われたことはないですが)。また、聞いて欲しいというだけの 相手に対して、ついつい、いろいろ説教ぽく言ってしまうことがあり、後で自己嫌悪になります(相手は気にしていないのかもしれませんが)。何度もそういう ことを経験し、無駄なエネルギーを使いたくないと思うようになりました。

い海譴話線しますが、何かをする時に、お金と時間・労力をかける価値があるのか、考えてしまいます。せっかくの休日や自由時間を、自分がつまらないと感じることに費やしたくないと思うようになりました。

コ擇靴い隼廚┐襪海伴体、激減しています。たぶん歳のせいです。勉強や仕事で課題を克服・完結させた時、良い演奏を聴いた時、楽しいと思えますが、どちらかというと嬉しいとか充実に近いです。
勉強や仕事以外では、家族と美味しい食事、温泉卓球、自然の中でのウオーキングをすると比較的楽しいです。

結構自己中な理由かもしれないですね。
私は、嫌だと思ったら、できるだけ付き合いを止めています。自分にとって大事だと思う相手だけに、時間を作れば良い、という感じです。
職場でのランチ等も、以前は無理やりでも付き合っていたのですが、昼食後の時間を別のことに使いたくなって、行かなくなりました。最初は寂しい気分もあり、何となく孤独感はありましたが、それ以上のメリットがあったのです。変な人間関係トラブルに巻き込まれず、グループに入っていなくても重要な情報のみは別のところから入ってきました。
また、職場とかで仲がよさそうにしていても、どちらかが退職するともう音沙汰がないという話もよく聞き、無理に付き合う必要性を感じなくなりました。

もしかしてこれが、歳を取るということなのかも・・・
長くなってしまい、すみません。ありがとうございます。

ここまででも、ものすごく緻密な当事者研究だと思います。 が、これだけでは終わらなかった。
ノラさんは、問題点を書き出すことで、新たに気づいたことが、いろいろとあったようで……続けて、翌日に投稿されたコメントがこちらです。

再度の投稿、すみません。

こうして書く機会が今までなかったので、いろいろ発見がありました。
私の場合は、非コミュでもあまり実生活上困らないので、非コミュになっていることが分かってきました。(効果が同じなら、人はラクな方に流れる。)
そこで、自分はどういう時に非コミュだと困るのか、考えてみました。

A.自分にとって大事なシーン・大事な人とのコミュニケーションで、先ほど書いた 銑に遭遇してしまう。
B.楽しく談笑している人たちを見ると、うらやましく思う。暗い性格と思われるのが怖い。

対策も考えてみました。どちらも、ものすごく難しいです。
A.結局、私の非コミュに関する悩みは、この「A」の悩みに尽きることが分かってきました。
もう、相手の話を真摯に聞いて、頑張るしかないです。
そういえば、今まで、書籍「できる大人のモノの言い方大全」等を買って読んでみました。しかし、本来の私の性格とは違う過度なおべんちゃら言葉はとっさに口から出ず、あきらめてしまっていました。
このような書籍から、良い表現だなと思ったもの・スムーズに言えそうなものを使えるように予行演習しておけば、徐々にこの悩みが解決できそうな気がしてきました。
これは、簡単ではありません。そんなに簡単なら既に実行できています。ただ、その努力が必要なのだと思います。

Bは、加齢とともにあまり気にしなくなりました。これは、単に表面上の仲の良さを装うのではなく、たとえ少数の人とでも内面でつながることができれば、克服できるかもしれません。
また、暗い性格であると認め開き直ることも必要かもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

非コミュでも困らないのが、仕事の時です。仕事では、仲の良さは、仕事に直結しないからです。仲が良いからといって特別扱いされることはあまりないと思います。多少差があっても微々たるものです。
仲が良いことが仕事の評価等に直結するような職場なら、もう先が見えているので、早く異動・転職するか、組織改革した方が良いと思います。

いやもう、ものすごく詳細に分析されていて、とても面白い当事者研究でした。
「自分で書いて、自分で答えを見つける」というのは、本当に理想的な展開ですね。
対策についても、まずは自分で思いついたことを実践してみるのが、他人のアドバイスに従うよりも、ずっといいんじゃないかと、私は思うんです。

当事者研究というのは、まずは「問題点を書き出してみること」、その後「それを誰かと共有すること」が肝なのかな、と改めて思いました。

いやそれにしても、いろいろと考えさせられるテーマですね。
「そもそも人付き合いというのは、本当に楽しいことなのか?」とか。
昔読んだ学者の本に、「パーティとは基本的に耐えるものだ」という言葉があったのを思い出しました(うろ覚えなので、間違ってるかもしれませんが)。

本当に人付き合いを楽しんでいる層も実在するのでしょうが、「人付き合いってめんどくさい」とか「(端的に言って)つまらない(けど無理して人に合わせている)」という層も、それなりに存在するのかもしれません。

あと、「仕事では非コミュでも困らない」という話は、羨ましいなーと思いました。
私が経験した範囲では、「上司や正社員の人に気に入られるかどうかで、仕事が変わってくる」職場って普通にありましたよ。まあそんな職場はロクでもないのは確かでしょうが、しかし病気持ちだと、仕事を選ぶこと自体が難しかったので。


さて、こちらのエントリについても、ご意見やメッセージ等がありましたら、ご自由にコメント欄や拍手コメントでお寄せください。
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他の方々に送っていただいた当事者研究も、再来週以降になりますが、順次公開させていただきます。
ブログ主はリアルのダメダメ修行があるため、来週いっぱい、コメントの公開&レスが遅れるかもしれませんが、ご了承くださいませ。

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| ●月ノヒカリ● | 当事者研究 | comments(7) | trackbacks(0) |
2016.01.26 Tuesday 22:39
年明けのエントリ【当事者研究】なぜ私は「人に会いたくない」のか? を読んで、ご自身の当事者研究の成果を送ってくださった方、ありがとうございますー。

これから何回かに分けて、皆さんから寄せられた「人に会いたくない理由」についての当事者研究を、このブログに掲載していく予定です。

この後どうするか、いろいろ考えたのですが……私自身、他の人に対してアドバイスをできるような立場にないわけで。
だからとりあえず、皆さんの悩みを「共有する」ことから始めようと思いました。

「人に会いたくない自分」という問題を抱えている人たちが、その悩みの内実として、どんなことに困っているのかを、まずは読んで感じ取っていただけるといいな、と。
そしてそこから、皆さんに「自分自身を語る言葉」を模索していただければいいのかな、と。

というわけで、最初の研究発表はこちら。1月8日にいただいた拍手コメントです。

当事者研究記事ありがとうございます。

病気の大変さって、同じ病気の人にもなかなか理解されない個人的な部分が大きいような気がします。

自分の場合を考えてみました。

〃从囘理由 生活保護母子家庭なので出費が痛い
⊃翰的理由 人と会うことで自分のダメさが浮き彫りになって余計気分が落ち込む
身体健康上の理由 人と会うと精神的に消耗し免疫力が下がるようで、口内炎や皮膚病(できものが出来て完治するまで数週間)胃腸炎に悩まされ風邪やインフルエンザに罹ることが多い

自分は元々内向的な性格で生き辛さを抱えてきました。生き辛さは幼児期の虐待のせいかと思っていましたが、子どもの自閉症スペクトラム発覚で自分も自閉症スペクトラムだと分かりその後統合失調症にもなり、人との何気ない会話にも違う世界の住人のような距離を感じ、傷つけられることも多かったので自然と会わなくなりました。

自閉症スペクトラム(知的手帳が貰えない程度のIQ)でアトピー、てんかん(妊娠中、脳の神経細胞がうまく形成されなかったことによる。ギリギリ知的手帳が貰えない程度のIQ)、二人の子どもがいます。

人と会うのが楽しかったら、2、3日使いものにならなくなっても、多少出費が痛くてもたまには会うと思うのですがそうではないのでめったに人に会わなくなったのでした。お金をかけて苦行して体力気力持ってかれて健康を損なうならもう無理して会わなくてもいいんじゃないかと思うようになりひきこもり生活に。食料の買出しは見切り品が買えて人も少ない夜にのっそり出かけるくらいです。

貧しい団地に住んでいると、生活が苦しいけど生活保護を受けずに暮らしている人にとっては、生活保護のくせに友人とファミレスでお茶するなんぞずるい、けしからん!みたいな目もあるわけで、なんとも息苦しいです。

人と会わなくなって、前は月1で風邪ひいてたのがめったにひかなくなりました。

当事者研究の発表、トップバッターです。ありがとうございます!
ここから先は、本当に蛇足となりますが、読ませていただいて、私自身が感じたことをちょこっと書いてみます。

コメント主さんはまさに、「経済的理由」「心理的理由」「身体健康上の理由」の三つが絡み合って「人に会いたくない」理由を形成しているようで……こういう、「複数の理由が複雑に絡み合っている」問題というのは、とりわけ解決が難しいように思います。

ただ、コメントを読ませていただいて、「経済的理由」「心理的理由」「身体健康上の理由」以外の、第4の理由もあるように感じました。

コメント主さんは、「生活保護のくせに友人とファミレスでお茶するなんぞずるい、けしからん!みたいな目もある」と表現されていますが、これは「周囲の状況にまつわる理由」とでも呼べばいいのでしょうか。
「そんな目なんて気にしなければいい」と言ってしまえれば、これもまた個人の「心理的理由」に回収されるのでしょうが……しかしこのブログは、タイトルに「社会」という言葉を入れているくらいですから、なんでもかんでも個人の問題に還元したくはないのですね。

あと、軽度の障碍をお持ちのお子さんについて。
お子さんのことが、今回の「人に会いたくない」というテーマに、どのくらい影響を及ぼしているのか、私にはわかりません。
ただ、心に大きな心配事を抱えているときは、何であれ「楽しむ」ことが難しくなるというのは、確かにあると思います。

「ギリギリ知的手帳が貰えない程度のIQ」という部分には、個人的に引っかかるものを感じました。
以前、心理学者の渡邊芳之氏がツイッターで、こんな発言をしていたのを思い出したからです。
IQ80だとうちの息子と同程度だから,手帳がもらえるほどではないがふつうに学校を出て働くにも困難が多いというもっとも厳しい人生になるよ。

 https://twitter.com/ynabe39/status/608868548627161088

障碍者手帳(療育手帳)がもらえれば、受けられる福祉サービスの種類が増える、というメリットがあるのですが……手帳がもらえないレベルの障碍を持っている場合、健常者と同じ土俵で競争しなければならないわけで。
それって「フェア」と言えるのかな? というのは、私自身引っかかっていたことです。

私に何ができるというわけではないのですが、コメント主さんの当事者研究、この場でシェアさせていただきますね!


ここからは、読んでくださった皆様へのお願いです。

こちらのエントリについてのご意見やメッセージ等がありましたら、ご自由にコメント欄や拍手コメントでお寄せください。
いただいたコメントは公開する可能性があります。拍手コメントでいただいたご意見は、コメント欄に転記させていただくかもしれません。公開を希望されない場合は、「非公開で」とお書き添えください(拍手コメントの場合は、「レス不要」にチェックを入れてください)。
ただし、誹謗や中傷が含まれるコメントについては、ブログ主の判断で非公開とさせていただきます。

というわけで、皆様ご協力よろしくお願いします!






| ●月ノヒカリ● | 当事者研究 | comments(4) | trackbacks(0) |
2016.01.08 Friday 00:02
はい、前回のエントリで予告した「生き延びるための当事者研究」、さっそく第一回を始めたいと思います。「鉄は熱いうちに打て」って言いますからねー。

記念すべき第一回目のテーマは――
当ブログでこれまでに一番「共感しました」というコメントをいただいたエントリ私が人に会いたくない理由です。
あのエントリは「自分語り」っぽく書いてありますが、それを「当事者研究」にしたらどうなるか? っていうのをね、やってみようと思います。

まず、なぜ私は「人に会いたくない」と思ってしまうのか、上記エントリからは、大きく分けて3つの理由が読み取れます。

(1)経済的理由(出費が痛い)
(2)心理的理由(人と会っても楽しくない)
(3)身体・健康上の理由(体力を消耗する)

で、この3つの理由が複雑に絡み合って、「人に会いたくない」という思いを形成しているみたいなんです。 「複雑に絡み合って」というところがミソです。

例えば、人と会ってランチだのお茶だのするのに二千円かかるとして、確かに無職には痛い金額なんだけど、でも楽しければ別にオッケーだと思うんですよ。誰かと会って、楽しい時間が過ごせたなら、体力を消耗して、その後2、3日くらい使い物にならなくても、別にいいんじゃないかって思えるんです。

問題は、過去わりと長い間、私が誰かと会って「楽しかった」とはまったく思えなかった、ということで。
楽しくないのに、むしろ苦行のように感じるのに、なんでお金を使ってまで人と会って、しんどい思いをしなきゃならんのか?
それくらいなら、一人で家にいて、本でも読んでた方がいいじゃん。

・・・とまあ、だいたいこういう思考回路でした。「でした」っていう過去形なのは、今の私には、「人と会って楽しい」と思えることが、たまにですが、あるからです。
どうして「楽しい」と思えるようになったのか、あるいはまた、どんなときに「楽しい」と感じて、どういうときに「楽しくない」のか――というのも、研究テーマとして面白いんじゃないかと思いますが、ひとまずそれは置いておいて。

「人に会いたくない」理由をよくよく探ってみると、個人的に、自分にとってより切実な問題だと感じるのは、(3)に挙げた「身体・健康上の理由」みたいなんです。

「金がない」とか「人付き合いがしんどい」という問題については、全員ではないだろうけど、非コミュの方々には、それなりに共感してもらえるのではないでしょうか。
ただ、これまでに上記エントリに寄せられたコメントを読むと、自分の「身体・健康上」の悩みについては、他の人とあまり共有できていない、と感じるのです。
だからここで、それについて考えたいと思います。

まず、私が「人に会う」ことを躊躇してしまう「身体・健康上の理由」について考えると、大きく2つに分類できるように思います。
一つは、もし当日風邪をひいてドタキャンすることになってしまったら、相手に申し訳ない、という心配。
もう一つは、私にとって「人に会う」ことは、ものすごく体力を消耗するイベントだ、という問題。
前者は「事前」の、後者は「事後」の問題、といえるでしょう。

前者の「当日風邪をひいてドタキャンしてしまうかも」という不安について。
実際に、大事なイベントの日に熱を出したこと、過去にも何度かあったんです(このブログの過去記事「風邪の日の日記」にも書きましたが)。
だから、例えば予約が必要なレストランやら飲み会やら、ドタキャンすると迷惑がかかる状況というのは、気持ちの上でプレッシャーが大きくて、避けがちになってしまいますね。
けど、冷静に考えると、「風邪をひいて熱を出したから、ドタキャンした」という状況は、普通に人と会う限りにおいては、まあ理解してもらえるというか、それほど大きなトラブルになるわけでもなかったです。
それがわかるようになってからは、前もって予定を入れることも、ある程度できるようになりました。

だから、ここまでは、今の自分にとっては、ものすごく大きな問題というわけではないのです。
私にとって一番大きな問題、それは人と会うときに「体力を消耗する」ってことです。

体力を消耗したところで、数日で回復するならそれでいいじゃないか、と思われるかもしれません。
でも、私にとってはそんな単純な問題ではないのです。これは自分の持病と関係する話です。

私の持病については、過去に「病歴」というエントリに書きました。
今回の話に関係するのは、その病歴のうちの「アトピー」です。

つまり、こういうことです。
多少体力を消耗したところで、乳癌や統合失調症が再発する、とは考えにくい。
けど、極度の疲労やストレスの後、アトピーが激悪化する、というのは、過去に何度も経験してるんです。

「激悪化」というのがポイントです。
軽度のアトピーなら、痒みや手荒れ、肌荒れといった不快な症状はあっても、日常生活は送れます。
でもアトピーが重症化すると、普通の日常生活を送ることすら厳しくなるのです。
それは外見上の問題だけにとどまらない。
症状が酷いときには、家でじっと座っているだけでも、気が狂いそうな痒みや、全身の皮がずる剥けになったような痛みに、一日中耐えなければならない。

しかもその重症化したアトピーは、治るのに半年、場合によってはそれ以上、かかるんです。この場合の「治る」というのは、「完治する」という意味ではなく、「日常生活や外出に支障のないレベルまで回復する」という意味です。

そして残念ながら、このアトピーの重症化に伴う苦痛については、経験したことのない人には、どれだけ言葉を尽くして説明しても、理解されないみたいで。アトピーの重症化を経験した人にとっては、アトピーがそんな生易しい病気じゃないということ、文字通り肌で感じておられるでしょうが……そうでない人にとっては、アトピーは「ただ痒いだけの病気」と思われてるみたい、なんですよね。

ともあれ、ほんの2、3日間で激悪化したアトピーが、回復するのに半年以上かかる。
そういう経験、これまで何度もあったんです。

鮮明に覚えているのは、高校の修学旅行のとき。確か3泊4日ほどの旅行でしたが、アトピーが激悪化して、治るのに半年かかりました。
その他にも、風邪で高熱を出して寝込んでる間に、アトピーがものすごく悪化してしまい、やはり回復に半年以上かかったこともあります。
あと、今だから言えることですが、クラウドシティに在籍していたとき(→過去記事参照)も、アトピーの激悪化を経験しました。あれはストレスが原因だったと思います。

というわけで、私の場合、「人に会いたくない」という気持ちについてよくよく考えてみると、「身体・健康上の理由」が大きい。とりわけ「アトピーが重症化する不安」が根底にあるみたいなんです。
実を言うと、私が「働くこと」を妨げているのも、アトピーがかなり大きな問題として立ちはだかっているように思います。

心身の疲れやすさ、コミュニケーションへの不安、不眠、そういった問題は、私がいま受けている癌の治療や、統合失調症とも関係があるかもしれない。癌や統合失調症についても、再発の不安はずっと付きまとっているし、実際に再発も経験しました。

でも、自分にとって、これまでずっと長い間、日常的に、もっとも頻繁に悩まされてきたのは、アトピーの症状だったんです。
アトピーは確かに、命に関わる病気ではない。そうであっても、半年以上もの間、日常生活に支障をきたすレベルの苦痛に耐えるのは、さすがにしんどい。

解決策としては、今のところ、「日常的な体力作り」と「外出は半日くらいにとどめておく」ということくらいしか、できてないです。
午前中に出かけるときは、午後は休む。人と会うときは、午後からの半日くらいにとどめておく。特に疲れそうなイベント(通院を含む)は、間をあけて入れるようにする。そうやって、「疲れをためないレベル」で活動するように気をつける。
あと、ウォーキングはできるだけ毎日、できないときは室内でストレッチをやる。
そういったことを心がけるくらいしか、できないです。今のところ。


――どうでしょうか。
これまで、当ブログの過去記事「私が人に会いたくない理由」には、「共感しました」というコメントをたくさんいただきました。

でも、ここまでの話を読むと、むしろ「あれ、自分とは違うな…」と感じる人が多いのではないでしょうか。
そう、詳しく見ていくと、「人に会いたくない理由」は、細かい部分において、人それぞれ異なるはずなんです。あるいはまた、その時々によって変化するものではないかと。
だからこそ、「当事者研究」は、一人一人が取り組むことに意義があるのではないでしょうか。

というわけで、「人に会いたくない」非コミュクラスタの皆様も、ぜひ当事者研究をやってみてください。
やり方としては、人に会いたくない理由について、冒頭に挙げた「経済的理由」「心理的理由」「身体・健康上の理由」の3つの観点から捉え直し、それぞれ書き出してみて、どの理由が自分にとって大きなウェイトを占めているのかを考えるところから始めるといいかもしれません。
あるいはまた、他の選択肢もあるかと思います。

ここまで読んでくださった方に。
もしよかったら、ご意見やご感想、あるいはご自身の「当事者研究」の成果等、コメントいただけると嬉しいです。 コメント欄に書き込んでいただいても、拍手コメントでも構いません。
いただいたコメントは公開する可能性があります。公開を希望されない場合は、「非公開で」とお書き添えください(拍手コメントの場合は、「レス不要」にチェックを入れてください)。

ということで、皆様どうかご協力よろしくお願いしまーす♪






| ●月ノヒカリ● | 当事者研究 | comments(8) | trackbacks(0) |
2016.01.03 Sunday 18:46
あけましておめでとうございます。
本当は、拍手レスをUPしなきゃなーと思いつつ、思っただけで年を越してしまいました。いただいたコメントはすべて、ちゃんと読んでます。コメントくださった皆様、ありがとうございます〜&レスできなくて本当に申し訳ありません。

実際のところ私自身、以前よりはリアル生活での活動量も増えてきて、そんなにネットに時間を割けなくなった、という事情がありまして、ですね。
そんな状況でもあえてネット上で発信し続けるとしたら、何を書くべきだろう?
――ということは、少し前から引っかかっていたんです。

今や月に1、2回しか更新していないブログに成り下がってますが、それでもたまーに、過去記事に「共感しました」というコメントをいただくことがあって。非コミュとか、レールから外れたとか、そういう記事に共感される方が多いみたいで。そんでもって、いただいたコメントやメール等を拝読すると、なかなかに大変そうな状況に置かれている方もいらっしゃるようで……。
そういった方たちには、「レス不要」の拍手コメントに対しても、ブログ主として何らかのレスポンスはしたい、という思いはあるのです。

それでですね、実はちょっと前から考えていたことだけど、「当事者研究」をやれたらいいなあと思ったんです。
「当事者研究」というのは、浦河べてるの家という精神障碍者のグループホームで始まった、当事者が自分自身の「困ってること」を研究しちゃおう!っていう試みのこと。
過去ずっと長い間、病気とか障碍というのは、医師や研究者の研究対象だったわけですが、当事者が自分の病気を研究してもいいんだ!っていう、ものすごく画期的なアイデア、それが当事者研究なんですね。
もちろん病気や障碍をお持ちの方だけでなく、誰がやってもいい。支援者がやってもいい。それが当事者研究です。

本当なら、べてるの家みたいに、リアルな場で集まって、グループで話し合えればいいのでしょうが……残念ながら自分の身近には、そういう場はないんです。
仕方ないので、我流になっちゃうけど、とりあえずこのブログ上でやってみようか、と思い立ったわけです。

過去にも、このブログでは、私自身の「困ってること」を書いてきたつもりですが、それは「自分語り」のような形でした。
そんな「自分語り」であっても、読んでくださった方に「共感した」という言葉をいただいたとき、私自身ちょっぴり気持ちが楽になったんですよね。自分が苦しんできたことも、誰かの慰めになったのなら、まったくの無駄というわけでもなかったかもしれないなあって思えるから。
そんでもって、皆さんから寄せられたコメントがあったからこそ、さらに自分自身について考えを深めることができた、という面もあります。

だから次は、もう少し「問題の解決を目指す」方向にシフトしつつ、書いてみたいと思ったんです。
もちろん、そんな簡単には解決しないかもしれない。
でも、解決しなくても、それ以前より10%でも気持ちが楽になったのなら、それはそれでいいんじゃないか。
いきなり「問題を解決する」のは無理でも、自分の手の届く範囲で「できること」を模索してみるのも、いいんじゃないか。

というわけで、ここを読んでくださっている悩み多き皆様に、私は提案したい。
悩むより、自分が困ってることについて、「研究」しませんか?

研究の目的は「生き延びること」です。
ここを読んでくださっている方々の中には、何らかの事情があって、生きづらさを抱えている方が多いみたいですが――それでも、私たちは生き延びなければならない。
何が「生き延びること」を妨げているのか?
生き延びるために、とりあえずいま何をすれば良いのか?
そういうことを、一緒に考えてみませんか。

「いや自分は生き延びるよりも、むしろ人生退場したいんですけど…」と思ってる方もいらっしゃるかもしれません。それでもまったく構いません。ブログ主も過去ずっとそんな感じだったし、いまでも時々そう考えることはあります。
それも含めて「研究」しましょう。

自分が「困ってること」を、困ってる人同士でシェアしあうことには、大きな意味があると思うんです。
もしかしたらそれをきっかけに、今まで見過ごしていた新しい視点に気付けるかもしれない。
あるいは、自分が悩んできた経験が、他の誰かを助けるヒントになるかもしれない。

まあ、いきなりそんな上手くいくとは限らないんですけどね。
私自身、ちゃんと当事者研究のやり方を教わったこともなく、自己流でやるしかないわけですが……それでも、やってみる価値はあるんじゃないかと。

というわけで、今年の目標は、「生き延びるための当事者研究」、です。
ボチボチとですが、ブログに書いていく予定なので、ここ読んでくださってる皆様にも、ご協力いただけると嬉しいです。
よろしくお願いします〜。ぺこり。






| ●月ノヒカリ● | 当事者研究 | comments(11) | trackbacks(0) |
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敗北からの創作 (JUGEMレビュー »)
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